ドボンとはまらせて頂いた罠リクです。
かなりお時間を頂きましたが、いかがでしょうか?
このタイトルで、ラストは………?

「最後の夜に…」 前編


「敦賀さん。ハリウッド作品への出演決定おめでとうございます! 映画の本場ハリウッドからなんて、凄いです! それもいきなり準主役なんて、重要な役のオファーがくるだなんて、流石敦賀さんですね!」


 キョーコが同じ芸能プロLMEの尊敬する先輩の快挙を喜び、蓮のマンションで腕を振るって高級ホテル並のディナーを作ってお祝いの言葉を述べた。
 だがキョーコを知る者ならどこか違和感を覚えるだろう祝いの言葉。蓮を尊敬し今回のハリウッド進出に対しての言葉ではあるが、なにかぎこち無さの残る挨拶に、蓮も素直に嬉しいだけではないキョーコの変化を感じた。


「有り難う。でも、映画のオファーをもらっただけで、まだ撮り終えた訳でもないし、途中でクビになることもあるよ。ハリウッドは特に厳しい世界だからね」


 蓮は昔…子供だったと言っていい頃、首を言い渡されていた自分を思い出してそう答えてみた。
 何度もダメ出しを出され、監督の親指が首を横切った。


「敦賀さん。そんなありえない想像しないで、もっとお祝い気分を味わいましょうよ。今夜は久しぶりに敦賀さんの為に腕を振るったんですよ? 敦賀さんなら絶対に素敵に演じて監督を唸らせて、あちらの方々を驚かすに決まってるんですから!」


 キョーコには蓮が失敗する事など考えられないとばかりに、蓮の演技がハリウッドの多くの人を魅了する事しか想像出来なかった。
 人間的にも素晴らしい先輩。そして役者としても相手に演技させるほどの演技者であり、目標の人だ。


「・・・うん、有り難う」


 蓮はキョーコが本心で喜び、精一杯の応援をしてくれている事は伝わってきた。
 しかし撮影の間の数ヶ月は、殆どアメリカに行ったままで、キョーコに会う事が出来ない事が寂しかった。
 今までも仕事を優先し、キョーコと会う時間などない日も続いたのに、今更になってキョーコとの距離を寂しく思う事になるとはーーーーー…。
 あれほどハリウッドに返り咲く事が夢だったはずなのに、それよりもキョーコと離れる事が寂しいと思う日が来るとは、あんなに熱望していた夢よりも大きなものが出来ることになるとは驚きだった。


 そしてキョーコは、蓮の失敗を想像する事はなくとも、心に小さな痛みを感じていた。


 敦賀さんは、また追い付けない程に遠い人になっちゃうんだーーーーー…。


 そう思いながらも寂しい気持ちを振り切って言った。


「では、乾杯しましょう! それにしても、敦賀さんとお酒を飲むのは初めてですね」


 微笑みながらも何処か寂しそうに見えるのは俺の欲目か?
 俺が遠くに行く事を、喜びと同時に寂しく思ってくれているのか?


 蓮はキョーコを愛おしく見つめるが、その視線の意味を受け止めることを止めてしまったキョーコには、蓮の思いは簡単には伝わらない。
 キョーコが二十歳になったばかりの春に、俺はハリウッドへの一歩を記すことが決まった。
 彼女も高校を卒業する前から仕事も忙しくなり、なかなか俺のマンションでの一緒の食事も出来なくなっていた。今年の冬から春にかけては俺も彼女も連続ドラマの撮影で忙しくてすれ違いばかり……。さすがに敏腕マネージャーの社さんでも、彼女と会える時間調整は難しかった。
 俺はハリウッドへの仕事の調整の為にハードスケジュールを余儀なくされ、仕事場ですれ違う事はあってもまともな会話も少ない生活。


『キョーコちゃん不足のお前は見てられないな…。早く告白して、もう少しキョーコちゃんから会いに来てくれたり、せめて毎日電話してキョーコちゃんの声で不足分を補える関係になれ!』


 そんな事を社さんに言われる事が何度あったか…。
 分かっていても、彼女は俺を役者としての先輩以上に見てくれている自信がない。先輩として尊敬してくれる気持ちは素直に嬉しいと思う。だがそこには、男と女としての関係が成り立っていない。少なくとも彼女は望んでいないように感じた。
 それともそれ以上になる事を恐れている?
 俺とは同じ場所に立ちたくないのか? それともまだ傷は癒えていないのか?


「うん、乾杯」
 蓮とキョーコのグラスがチン!…と音を立てた。
「これからは、こういう機会が増えるかな?」


 ハリウッドに行こうとも、キョーコとの関係が離れるとは思っていない蓮は、キョーコと共にいる時間が少なくなるとは思っていなかった。
 そして大人の女性としても、共にお酒が飲めるといいと思って言葉にした。
 ところがそれを否定するようなキョーコの言葉に、蓮は驚いた。


「…今日の敦賀さんは、おかしいですよ?」

「え? 何が」


 素直な気持ちに一歩近づいたのに、何故彼女はそんな言葉を?


「さっきから有り得ないことばかりを仰ってます」


 キョーコは困ったような寂しい目で蓮を見つめて言った。


「え?」


 キョーコの言葉の意味するところがわからずに蓮は驚きの声を上げた。


「あちらでクビになるかもとか」
「ああ」
「こんな機会が増えるとか」
「え?」
「敦賀さんがクビになることも、私とこうしてお酒を飲む機会が増えるだなんてことも、有り得ませんから! …あ、食事が冷めますから、どうぞ、召し上がってください。最後なので、今日は腕によりをかけたんですから…」


 キョーコの言葉に蓮は慌てた。


「ちょっと待って!! お酒を飲むことが有り得ないってのもだけど、最後って何が? 何が最後だと言うんだ?」


 それは蓮にとってキョーコとの縁が切れてしまう言葉だった。


「はぁ? 最後は最後ですよ…。だから今日以後、一緒にお酒を飲むこともありません」


 蓮にとってはショックな言葉だった。
 これ以後食事やお酒を飲むことも一切無いと、キョーコが言っているのだ。


「どうして?」


 キョーコに問わずにはいられない。
 蓮にとっては少食で栄養を取れる食事を提供してくれるキョーコとの会える理由が無くなってしまう。勿論仕事や事務所で会う事はあるだろうが、蓮の仕事量を考えれば、ゆっくりと話せる時間は少ない。キョーコも実力の若手として認められた分忙しさが増してきている。
 そして何よりも、キョーコとの会話をしながらのキョーコの手作りの食事が、蓮にとっての栄養であり休息なのだ。


「どうしてと言われましても、別にどうもしません。敦賀さんがお忙しくなれば、私如き後輩との食事の時間など減るのは当たり前です」


 そうよ。敦賀さんと一緒にいられる時間は、これからもっと減っていくんだもの!
 敦賀さんはこれからもっと忙しくなっていく。偶にはお弁当ぐらいの差し入れはできるかもしれないけれど、海の向こうには出来る訳ない!
 ハリウッドでの成功で、日本に帰ってきた敦賀さんのスケジュールは前よりもぎっしり埋まって、私に会う時もすれ違って声もかけられないぐらいになるに決まっている!
 今までの先輩と後輩以上に、ずっと離れて、本来の大スターと駆け出しの女優に戻るだけ……。
 キョーコは蓮だけが大きく飛び立つと信じているが、いつもの自分がステップアップして女優として花開いてきたこともすれ違う忙しさの原因だとは気付かないままだ。


「いや、意味がわからない!」


 蓮の頭の中でキョーコの言葉が混乱をきたす。
 俺と君の距離はそんなに簡単に離れるものなのか?
 ただの先輩と後輩で終わるだけの、そんな柔な結び付きしかないのか?


「確実にそうなると思います。そうだ、今日はあまり時間がありませんので、今言わせていただきますね」


「ちょっ…」


 キョーコの言葉だけで終わらせたくなくて、蓮は声を出したがいつもの良い後輩らしくなく、蓮の言葉を遮ってキョーコは話し出した。


 今はっきりと言わなければ、自分の中の弱い心が本心を言ってしまいそうで怖い。
 目標に向かって羽ばたいて行く先輩を、笑顔で祝福する後輩を演じきらないと、崩れ落ちる心が「行かないで欲しい」と言ってしまいそうで、でも言うことは許されないただの後輩でーーーーー…。


「敦賀さん、長い間お世話になりました。これまで敦賀さんのお陰で、私は女優を続けてこられた様なものです。本当に感謝しています。色々と有り難うございました。あちらとの行き来が始まると忙しさにも拍車がかかると思いますが、どうかお身体に気を付けてお仕事を完遂してくださいね。これからはこうしてプライベートでお会いすることはないと思いますので、どうしても今日お礼を申し上げておきたかったんです。すみません、食事中に」


 キョーコは勢いで言い切ってしまうことで、蓮とはもう会う事はないと区切りをつけようとした。
 本当は忙しくて会う事は叶わなくとも、目は、心は追いかけるだろう。でもそれでは何時までも蓮に甘える後輩のままだ。
 もう追いかけたくても追いかけない。
 役者としての目標ではあるけれど、夢の向こうの人だから…。
 蓮は手の届かない場所に行ってしまうのだから……。


 キョーコは最後は椅子から立ち上がり、テーブルの横で深く頭を下げていたが、今がまだ食事中だったことを思い出し、素早くまた席についた。
 そして、待たせてしまった食事に戻ってもらおうと、向かいの席に視線を向けると、蓮の表情が予想とは違っていた。
 先程の会話中浮かべていた、呆れたような表情や戸惑った様な表情ではなかった…。
 何故か真っ青な顔でこちらを見つめる先輩俳優の姿があった。


「どうされました? 敦賀さん」


 思いも寄らない蓮の表情に、キョーコは戸惑いを隠せなかった。


 本当は…一気にまくし立てる様に言って笑顔を作らないと、心の中の痛みが顔にでてしまいそうで怖かった。
 会えなくなる寂しさも、先輩の活躍を思えば仕方のない事だし、活躍の場が増えれば素敵な女性との出会いも増えて、スクープのない敦賀さんも誰かをエスコートする姿が目撃されれば、こんな後輩と会ってその女性を心配させるわけにはいかないものね。


「君はーーーー…俺の何を見てそう言うんだ?」
「何を見て? 敦賀さんの活躍と、その……横に並ぶべき女性が現れたら、私なんかと会うお時間はなくなります」


 キョーコはそれが本来の蓮との距離だと、当たり前のように言った。
 蓮はLMEの、芸能界のトップ俳優で、普通に考えればキョーコのようなぽっと出の、芸能界で言えば新人の中の新人の時から、こんなにずっと親しくしてもらっている方がおかしいのだ。
 純粋に演技することの素晴らしさを教えてもらい、時にはアドバイスももらって、女優「京子」として成長してこれた敦賀蓮という目標は、キョーコにとって離れがたい存在。
 気付けば心の奥で先輩以上の存在になっていた……。
 でも今言わなければ、離れると宣言しなければ、区切りもつけずに心に線を引き、距離をはっきりと付けなければ、蓮の隣に立つ誰かの存在を知った時に、私の心は宙ぶらりんなまま、置き去りにされてしまう……。
 アイツに捨てられた時よりも、もっと心の中の空間は広くて、心が寂しくてバカな女になってしまう!


 …もう…もうイヤだもの…。寂しくて、強がってみたって、心の傷は簡単には治らない。心の隙間は埋まらない…。
 だから自分で鍵をかけたけど、箱の鍵は何度も壊された。
 もうこれ以上壊されるのはイヤだから、敦賀さんから離れます。


「君は…、君の目は俺が何を見つめているか知ろうとしてくれないのか?」

          《つづく》

ちょっと頑張ってる蓮様です。(^^;;
キョコの思っている「最後の夜」になるのでしょうか?
ちょっとだけ意味深っぽい蓮のセリフの続きは明日までお待ちを…。

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