十六夜 5

『メイクアップトゥナイト』


想像もしていない言葉に、キョーコは蓮の言った意味が頭を素通りした。
「……私が?」
「そう君が」
「……誰に?」

 まさかと思いながら口にする。

「俺に」
「………」

 キョーコは返す言葉を失い、蓮を見つめる目が大きくなった。

「君の初めてを欲しいとは言わない。でも感じさせてあげることで、声にもっと艶をつけてあげることは出来ると思う。歩く純情さんの君なら知らないだろ? 本当に感じるということを……」

 そんな事をさも有りそうに言っているが、そこから先に進んだらどうするつもりだ!?
 そんなのは言い訳だろ!?
 彼女に触れたいんだろ?

 蓮は自分の言葉と躰が感じている熱に、どう流されてしまうか賭にでた。

「私の凛子に……艶をつけると…?」

 蓮の言うことは当たっている。
 男女のことは知識で知っているだけで、キスがいいところ。それも演技としてのものだけだ。
 それに……。

 キョーコは真っ直ぐに蓮を見つめた。

「敦賀さんになら……」

 私も敦賀さんになら、初めてを……全てを晒してもいい……。
 もうアイツに浚われるような事は、イヤ!

「敦賀さんがイヤでないのなら、初めてを……貰って下さい!」
「…始めてって、最上……」
「今夜だけ凛子と真壁さんになって……肌を合わせることを……」

 キョーコの言葉に蓮は表情を変えた。

「俺はイヤだよ…」

 蓮が切って捨てるように言った。

「……何故? 今、艶をつけてくれるって…」

「俺は、敦賀蓮と最上キョーコとしてならいい。役を教えるのはいいが、結ばれるなら俺と君でなければイヤだ!」

「それ……は……」

 キョーコは蓮の言葉に驚いて口を手で塞いだ。

「俺は、君が好きなんだ…。君を愛しているから、誰にも渡したくなくて、艶をつけると言って……君が俺から離れていかないようにしようとしたんだ……」

「そ、そんな……嘘……」

「嘘じゃない。……ズルい男だろ?」

「ズルくても……いいです。……スキ……。私も敦賀さんが……スキ…」

「ホ…ホントに…!?」

 キョーコが頷いて蓮の腕の中に倒れ込んだ。
 蓮は強く抱きしめた後、キョーコの頤を持ち上げて唇を重ねた。

「夢じゃないよね…?」

「……それは私のセリフです……」

「夢じゃない証拠をくれない? 君と本当に肌を、躰を重ねたい……」

「私にもください……。敦賀さんと一つになれた証を……」

「後悔はさせないよ……」

「しません……。好きな人に愛される喜びを、教えて……」

 蓮はキョーコを抱き上げると寝室に向かい、そして結ばれる二人……。



 その2日後、例のシーンのアフレコが行われた。
 目の前にその時のシーンの映像が流れているだけでも、キョーコは恥ずかしさに伏せ目がちになったが、蓮は愛おしさと過剰なほどの色気を振りまき、夜の帝王になって注目を集めていた。

「……気のせいじゃなく、凛子の声の艶が前より増してませんか? 監督」
「それは京子さんの演技力でしょう…」

 にこっと笑みを浮かべた緒方監督は、スタッフの声にそう言って流してしまった。

 やはり二人には少しばかり刺激が必要だったんですね。
 これで、晴れて二人はお付き合いできるようになるんでしょうかね?

 声を当て終わると二人は視線だけで会話をして、緒方監督のOKがでると再び二人の視線が絡んだ。

 アフレコが最後の二人の仕事となったため、二人には大きな花束が渡された。

「京子さんも素敵な女優さんとして、また前に進みましたね」
「いえ、まだまだです。ありがとうございました」
「敦賀君もまた多くの女性ファンが増えますね」
「どうでしょう?」

 お互いを見交わす視線に、緒方監督には二人の空気が変わったとはっきりと感じた。

「それよりも馬の骨が心配ですか?」

 監督の的を得た言葉と笑顔が蓮には逆に怖かった。


『メイクアップトゥナイト』で京子が大人の女優として評価を得、更にその色香に惑わされたファンが増えた頃、敦賀蓮との交際を発表、電撃入籍までするのはもう少し先のこと…。

      《Fin》

色っぽいキョーコちゃんを目指しましたが、途中から自分の暴走が…(^^;;
何処に行くか分からなくて、マジ暴走でした!(開き直り?)

次のリク作品は3日ほど後で。
間に季節ものの…(^^;;…な、お話をアップします。

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