『十六夜』 2

ドラマ『メイクアップトゥナイト』


 もし、もし最上さんに振られたら、俺は再起不能だ。いくら『No、1』と言われようが、好きな女の子一人に告白さえ出来ないなんて…。

 
……最上さん……。
 俺だって人のことは言えない。
 役者として要求されればキスシーンぐらいするし、ベッドシーンだって年齢からいけばや
らなくてはいけない時がある。

 
でもまだ君は、本気の相手との行為もした事ないのに、そんな深いキスシーンも抵抗ないのか?
 そんなに色香を振りまいて、俺を翻弄させるのか?
 君は俺には手が届かない処まで行ってしまうのか?


 最終回で京子の相手役になる予定を組まれ、毎回何シーンか出演していた蓮は、キョーコの姿に翻弄され続けていた。
 本来の出演シーン以外にも、時間がある時はキョーコの姿を目が追った。

「真壁さん。いつもご指名頂き、ありがとうございます」

 そう言いながら、京子の手は蓮の膝からそっと足の付け根に向かって滑らせた。
 その気のあるような素振りで、そっと首を捻らせ甘い瞳で誘惑をする……。

 演技だと分かっていても、本気で蓮の中の男が反応してしまう。

「凛子ちゃんは、男をその気にさせるのが上手いね…」
「そんなこと……。真壁さんこそ…いろんな処で女の子を泣かせてらっしゃるんじゃないですか? 私のこともわ・す・れ・て!」

 ふっと伏せ目になりながら恨めしそうに蓮を見る目は、寂しそうに男を誘っている。

「凛子……」

 真壁は凛子との時間を邪魔されないように、店の中でも一番奥の個室タイプのソファーで、蓮は台本よりも熱く甘いキスをキョーコに重ねた。

 もう限界だ!
 君は俺のもの!
 このドラマが終わる前に、君を俺のものにする!!

 蓮は本気で心に誓った。
 その思いは甘く深いキスシーンだけでも、蓮が本気でキョーコを奪おうとしているのが緒方監督にも伝わった。

 …敦賀君……。そんなに必死にならなくても、京子さんは君の傍に居るんですけどね…。

「気のせいか、敦賀君のキスシーンって、こっちまで熱くならないか?」
「ああ、わかる、わかる。京子ちゃんの色っぽさも、迫ってる感じが」
「スカートから見える太股あたりなんか、綺麗でゾクッとして」
「「「感じるよなぁ…」」」

 演じているはずの役者が揃いも揃って、キョーコ演じる凛子に骨抜きになっていた。
 とっくの昔に自覚もし、周りでも知る人ぞ知る蓮の思いも、凛子に惹かれる男優達に嫉妬のブリザードが吹き荒れて止む事はなかった。

 キョーコは始めの心配が嘘のように視聴率も良くなっていることで、自分の中で凛子が息づいていることがわかった。
 ホステスという職業も、笑顔や愛想笑いだけではない人の心のひだに触れる仕事だとわかると、身体が触れ合うことにしても意味があるとわかってきた。
 ただ、キョーコとしての素に立ち返った時には、キスシーンや身体が密着しなくてはいけない時は、猛烈に恥ずかしさで控え室を転げ回っていた。

 ……敦賀さんの裸を見ちゃった時以来だわ……。

 敦賀さんとのキスシーンも、躰が熱くなる気がした……。
 そして今度の撮りから、敦賀さんとの最終回の収録なのよね…。

 蓮との演技自体はイヤではない。
 その演技力にはやはり勉強するところが大きい。
 妖しく誘う目に、その口づけ……。
 キョーコが名付けた夜の帝王の妖しい色気には、こちらが負けるものかと思ってしまう。
 その色気は男性なのに何処で身につけたのか……。

 真壁は凛子が気に入っていて、どうにか自分のものにしたいと足蹴しく通う客の一人。
 凛子も嫌いではなく、どちらかと言えば好意的に接している客だ。いや、それ以上に好意を持っていると言っていい。
 だが客として割り切ろうとしながら、優しく微笑みかけられれば、その腕の中に吸い込まれそうになるのを横に座って甘えるように肩に凭れた。
 時折求められて交わすキスは、凛子の中の女を刺激して全てを求めたくなる。

 そんな凛子にキョーコは同調していた。
 他の役者達とは違う蓮への思いに、押し隠していた気持ちが溢れて止まらなくなる。

 お互いを見ているうちに、お互いの熱が躰を熱くしていく…。

 ……敦賀さんには、こんな気持ちは迷惑よね……。
 でも凛子としてなら、甘えてもわからないわよね?

                  《つづく》

少し大人なキョーコちゃんですが、
まだ終わりませんので、宜しくです(^^;;
残りは明日に…
            
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