ディスプレーデザイナー 41
蓮はキョーコに深く訊ねるよりも、キョーコの求めた場所になると優しく言った。
キョーコには誰よりも、どんな物よりも、蓮の言葉の意味が、キョーコの求めていたものだった。
「キョーコは寂しかった。でも言葉に出して甘えられなかった。でも、俺には甘えて欲しい……」
そっと延びた蓮の手は、キョーコの目から溢れた涙を優しく拭った。
「わたし……泣いていたの?」
「君は隠そうとするけど、涙や表情に出るんだね。強くありたいと思うのは悪い事じゃないけど、偶には甘えて欲しい。恋人や家族なら……弱さを見せてもいいんだよ……」
「私は……そんな家族を知らない……。だから、下手なのかもしれない。貴方になら…甘えていいの?」
キョーコはまだ不安げに蓮に訊いた。
「それが恋人として、心を支えたりする役目じゃないかな?」
キョーコは頷きながら涙を拭いた。
安らげる人が……此処に居たんだ……。
心が満たされるような気持ちを、キョーコは初めて感じた。
「今度、ゆっくり訊いてください。私のこと……」
蓮は微笑みながら頷くと、キョーコの作業を手伝った。
時間は仕上がりを7時と予定していたが、始めた時間が遅かったこともありずれ込んでいった。
それでも30分の遅れで完成した。
「終わり……ました。敦賀さんも、お手伝い…ご苦労様でした」
キョーコは蓮にお礼の頭を下げた。
「俺はほんの少し手伝っただけだよ。キョーコこそ、お疲れさま」
「いえ、昨日と、そして今日のディスプレーは、敦賀さんが見守っていてくださったから、怖くなかった。自信を持って出来ました。ありがとうございました」
キョーコは蓮を見て微笑みながら答えることが出来た。
「俺は君を守れた?」
「……気持ちを、心強さをくださいました。敦賀さんが心を支えてくれました」
夜が、人が、男の人が怖かった。
でも敦賀さんが居てくれるなら、心を支えてくれるなら……もう怖くない。
「やはり君のディスプレーには、君の優しさが映し出されているね。君の、最上キョーコの素敵な夢と暖かさが……」
「自分では精一杯やっていますけど、見た人がそう感じてくださるなら、私の思いはこのディスプレーという形になって皆さんに伝わることが喜びです」
「伝わるよ……。必ず…」
笑みを交わし合い、お互いの気持ちも伝わると、蓮は大きな袋を取り出した。
「これを君に受け取って貰えないかな?」
キョーコが何かわからず受け取った中身は、淡いピンクの花が散りばめられたワンピースだった。
「ワンピース?」
キョーコはいつも仕事着として、ジーンズに上着を羽織ってきていた。
それに仕事先とはいえ、スリーサイズなど知らせたことはなかった。
「俺の初めてのレディースものなんだけど、どうかな?」
「……敦賀さんの…初めての女性もの…ですか?」
「いつもの事だけど、社長が言い出したんだ。『レディースものとのコーディネートをしてみないか?』と。あの人の、しないか?…というのは、してみろ! と同意語でね」
「……そうですよね…。初めて見ました……」
『蓮』の服は雑誌で見ている限り、メンズだけしかなかったはず。
キョーコはその服にそっと手を伸ばしてみた。
「正直ね、最初言われた時は気乗りしなかった。でも、キョーコを見ていて、作ってみたいと思ったんだ。君に似合うとびきりの服をね…」
「私にって……。そんな一点モノですか?」
デザイナーが直接手がけるこの世にただ一つの服と言うことだ。
《つづく》