ディスプレーデザイナー 33



 キョーコは困った顔で蓮を上目遣いで見上げた。


「その顔……君も無自覚だけど、俺を煽りかねないから気を付けて…」


 蓮は口元を覆いながら、キョーコから視線を反らせた。


「煽る?」
「……可愛すぎて、キスしたくなる…」
「……そ、そんな事無いです。可愛いなんて……」
「そこが無自覚なんだよ。君の魅力は、俺だけが知っていればいいけどね」


 そう言われてキョーコは顔を赤くして俯いてしまった。


「前にも言いましたけど、敦賀さんは気障です……」
「誰にでも言ってる訳じゃないよ。そう思う人にしか言わないからね」


 キョーコは蓮から視線を逸らし、窓の方を向いてしまった。その表情は恥ずかしそうでありながら、はにかむような笑みに変わっていった。
 蓮にもガラスが鏡代わりをして、キョーコの表情が見えた。




 クリスマスのディスプレーは、蓮が付き添う形で行われた。
 まさかデパートの中まで入ってくる輩は居ないと思うが、キョーコよりも蓮の方が心配だった。


「敦賀さんって心配性ですね」
「俺は君が心配なだけだよ」


 蓮がさらりと本心を告げる。
 押しつけないと言いながら、蓮はキョーコへの本音を隠すことなく口にする。
 これでは会う毎に告白されているようなものだ。


 しかし仕事中のキョーコはディスプレーに集中し、殆ど声を出す事なく、蓮を意識の外に追い出したかのように黙々と動き続けた。
 時折デッサンした図面と照らし合わせながら、しかし置いたイメージとの違いを感じると、眉をひそめながらデザインの場所を変えていった。


 蓮は少し離れた位置から静かにキョーコを眺めていた。
 前回、キョーコのディスプレーを見た時は、ある程度終わりかけていたせいか、キョーコの表情には堅い緊張感は感じられなかった。
 だがやはりプロ。
 若くともキョーコはこの空間の為に神経を研ぎ澄まして、プロの仕事としてクリスマスの世界を作り上げていく……。


 ほんの数時間前まで冬だった空間は、きらびやかなクリスマスの世界へと姿を変えた……。


 キョーコの魔法にかけられたかのようだな……。


 蓮が心の中で溜息を吐いた。


 キョーコの手から、運び込まれて置かれていく小物達が、冬を一気にクリスマスの世界へと誘っていく……。


 彼女は俺のようなデザイナーの表舞台とは違うと言うけれど、デパートの入り口を華やかに飾る仕事は、美しく幻想的にさえ見える世界を作り出す様子は、デパートの表舞台だろう……。


 窓際の飾りや床や壁を飾り付けると、キョーコは一息吐くようにディスプレーの空間から降りてきた。


「一区切りかい?」
「はい。ちょっと休憩です。お腹も空きましたし、エネルギー補給です」


 蓮は腕時計を見ると二時を回っていた。


「気分転換にコンビニに行ってきます」
「では着いていくよ」
「直ぐそこですよ?」
「その気の緩みが危ないんだよ?」
「……はい…」


 キョーコは蓮の心配してくれる気持ちを嬉しく思い、素直に返事をした。
 キョーコは蓮の存在を空気のように当たり前に感じている事に気付いた。
 夢中になってディスプレーしている間も、いつもと同じ様でどこか心強かった。


 ……敦賀さんが居てくれることで、こんなに安心できたんだ…。


 キョーコは微笑みながらデパートを出た。
 都会の夜は眠ることを知らないように、何処かに明かりが付いている。
 何処か道を曲がれば別の明かりがある。
 キョーコはデパートの通用口から直ぐ見えるコンビニへと歩いて行った。
 蓮もキョーコを追いかけるように通用口を出ていくと、影からキョーコに近付く男が見えた。


「キョーコ !!」


 蓮の声に振り返る間もなく、キョーコの後ろから男が襲いかかってきた。


「キャ    !!」


 キョーコは暗闇が襲いかかってきたかのように、叫んでうずくまってしまった。


 見知らぬ男に抱きつかれ、身体を触られたおぞましい感触……。


「いや、いや、いや……」


 間一髪で間に合った蓮が、キョーコを庇うように腕の中に抱きしめた。


「キョーコ! 大丈夫!! 俺が居るから!!」
「敦賀…さん……」
「お前は何故彼女を襲った!? 彼女を狙っていたのか!?」


 蓮が男を問いただしていると、先日の警官がキョーコの叫び声に走り寄って来た。
 キョーコを抱きしめて庇う事しか出来ない蓮は、援軍が来たことでほっとした。


「お前はあの時の!!」


 男を捕まえた警官の言葉に、蓮は知った顔だと驚いた。


「この男を知っているんですか?」
「この男ですよ。前に彼女を酔って襲ったのは……」
「コイツが?」


               《つづく》


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