ディスプレーデザイナー 29
人は一人では生きていけない。支え合って、愛し合って生きていく。
それが人間という生き物が、心を持って生きていく生き物なのに……。
もう一度抱きしめたかった。
……強く、強く……。
もう一人ではないと伝えたかった。
でも今の彼女にどれだけ近付いていいのかわからない。
彼女の寂しさに付け込むようで、考えてしまった。
それでも俺が居るとだけ、温もりを、存在を伝えたかった。
「俺はキョーコさんが好きだよ……」
キョーコの家を入って直ぐの玄関で、キョーコは蓮の言葉に固まった。
そして信じられない言葉を耳にしたかのように振り返った。
「今の君は寂しそうで、寒そうで、抱きしめて暖めてあげたくなる」
「わ……わた……」
キョーコが返そうとした言葉よりも早く、蓮が一瞬だけ抱きしめた。
「つ…敦賀……さん?」
「……大丈夫。君に嫌われたくないから、無理を言うつもりはないよ。でも一人きりじゃないと伝えたかった。俺がいつでも一緒だと、何かあったら共に居ると、覚えていて欲しい……」
「……敦賀さん…?」
キョーコは困惑していた。
玄関の明かりは薄暗くて、でも蓮の言葉に、僅かに見える表情にも、嘘は見えない。
だが、先程の恐怖、そしていきなりの告白に、優しくだが抱きしめられた。
「あんな風に怯えた君だから、恋人なら一緒に居て上げる事でその心を癒してあげられるけれど、まだそうはいかない。君は軽々しく恋人と同じ関係を取るタイプじゃないだろ?」
キョーコは蓮の言葉に頷いた。
「今の君は、俺から逃げたくても固まっているだけだってわかってる」
そう言うと、蓮はキョーコの身体をそっと放した。
「君を好きだけど、君の気持ちの宿らない身体だけが欲しいとは思わない。君が俺と共に居たいと言ってくれたなら、君を離さない。だから忘れないで欲しいんだ。俺が君の傍に居る事を……。君は一人じゃないって事を……」
「……一人じゃ……ない?」
「俺でよければ頼って欲しい。前を向いて歩く君が、時には誰かに頼りたくなったとしたら、その時に一番に力になりたい。それを覚えていて欲しいだけだよ……」
蓮の優しい微笑みに、キョーコの目は再び潤んで両手に顔を伏せた。
静かに涙するキョーコに、蓮は優しく背中をさすった。
暫く伏せていた顔をキョーコが上げると、そこには嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
「ありがとうございます。敦賀さん。もしかしたら、頼ってもいいですか?」
「君に頼られるなら本望だよ」
「……その時は、お願いします。でも……」
「俺の気持ちが重荷になるなら忘れてくれていいよ。ただ俺は、君の力になりたいだけだ。それ以上に思わなくていい」
キョーコの気持ちを察して、蓮は余計な事を考えずに頼って欲しいと言葉にした。
そして頼られたからと言って、キョーコの気持ちに寄り添う気がないのなら、自分の気持ちなど忘れてかまわないとまで言った。
今の蓮には、キョーコを守ることが一番の気持ちだと思ったのだ。
そしてキョーコの気持ちが落ち着いた様子を感じ取ると、蓮は「おやすみ」とだけ言ってキョーコの部屋を後にした。
蓮が帰るとキョーコは部屋の中で一人考えた。
キョーコは、蓮は全てではなくとも自分の身に起こった事をある程度は知っていると予想がついた。
だから……壊れものを扱うように優しいんだ……。
敦賀さんほどの人なら、私みたいな女に話しかけなくても両手に余るほどの魅力的な女性が近付いてくるはずなのに、どうしてだろう…?
キョーコは不思議に思いながら、一人ではないと言われた気持ちが嬉しかった。
もうずっと……一人だとばかり思ってきたのに、傍に居ると言われただけで、心が温かくなった。
思わず涙が零れて止まらなかった……。
優しくて心の広い人……。
でもいつまでも私の傍に居てくれるのかはわからない。
私なんかにはもったいない人よ。すぐに飽きちゃうわ。
頼り過ぎちゃダメよ……。
離れて行ってしまった時、当たり前に思っていた事で、もっと寂しくなるんだから……。
その夜以来、蓮はキョーコのボディーガードの様に付き添うようになった。
キョーコがデパートに来る日は、仕事を早めに繰り上げてキョーコが帰る時間には付き添えるように調節をした。
これには社も何事かと気にしたが、蓮のキョーコへの思いが本気である為の行動ならば、それなりの意味があるのだと蓮に手を貸した。
デザイナーとしてのスケッチなどは、キョーコが現れる時間になると打ち合わせの部屋に現れ、同じ部屋の片隅で仕事をしながら打ち合わせにも参加した。
「お仕事は大丈夫ですか?」
心配そうにキョーコが訪ねると、蓮は真顔で答えた。
「……今の俺には、君の方が心配なんだ…」
蓮の気持ちがキョーコにも痛い程に感じられた。
これ程に心配された事など、今までになかった気がした。
《つづく》
出来れば明日から連日アップでラストスパートします。(予定)