あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお付き合い頂ければと思います。



「キョーコ。元旦の朝のスケジュールは空いている?」



朝日を見に行こうよ


 蓮は付き合いだして間もなく1年になろうとしている恋人に声をかけた。

 キョーコも女優としても若いながらも実力派として売れ出し、スケジュール帳はかなり埋まっているほどに忙しい。
 だが何とか誕生日という記念日だけは、スケジュールを押さえることに成功した。

 でもそれは夕方からのみ。前日はマリアちゃんの誕生祝いから、そのままキョーコの誕生祝いになだれ込むことが恒例となってしまったパーティーも関係して、キョーコは仕事の合間も忙しい。
 キョーコのパーティーが終われば睡魔に誘われてベッドになだれ込むのが良いところだろう。

 
 そんなパーティーの後では昼間の仕事も程々でなければ身体がもたない。

 二人きりのパーティーは、夕方過ぎからとなってしまう。
 蓮はそれでもキョーコとの時間を過ごせるなら嬉しかった。でも出来るなら、もう少し二人での時間が増えると嬉しいと思っていた。

 

「元旦ですか? その日はさすがにバラエティーの収録もありませんよ。皆さん、ご家族で過ごしたいでしょうし……」
「ドラマの方は?」
「それは敦賀さんの予定の方が大変でしょ? 私は年内まではありますが、年明けからのドラマは春のようです」
「俺は元旦のみはお休みだよ。ただし、今の予定通りの収録なら……だけどね」
 
 来年の1月から始まるドラマの収録が、既に12月の頭から始まっている。メインキャストの俺の出番はそれなりに多い。

「だったら、ゆっくり休んだ方がいいんじゃないですか?」

 キョーコが俺を気遣って言ってくれる。

「でも年の始め、最初の朝日を見に行かない?」
「初日の出を…ですか?」
「そう。去年は付き合い始めたばかりだったし、仕事の調整が出来なかったからね」
「でも……仕事が終わってからとなると、疲れていませんか?」
「キョーコと居ると、エネルギー充電できるから大丈夫」

 心配をしてくれる気持ちは嬉しいが、それよりも彼女と一緒に居たい。そして、新しい年を迎える時に共に居たい。

「……敦賀さんは、本当に天然の気障ですね。プレーボーイです」
「そうかな……。それよりも、一緒に新しい年の…新しい朝日を見に行きたいんだ。ダメかな?」

 少しだけ甘えるように言ってみると、キョーコは困ったような嬉しいような複雑な顔から笑みを浮かべた。

「本当に、疲れていたりしたらお休みにしてくださいね」
「わかった。じゃあその日は予約で押さえておいてね」
「はい……」

 
 年末へと向かう芸能界は、撮り貯めるようにあちこちで収録が行われ、ドラマも年末や正月に向けのもの、年明けからのドラマまで、目まぐるしく動いていった。
 キョーコは女優としてのドラマに加え、バラエティーでも活躍をするマルチタレントとして引っ張りだこ。

 お陰で俺はキョーコ不足に陥りそうだ。

 でもそんな俺を見かねた社さんは気を使い、それにキョーコも俺の体調を気遣いお弁当を作っては楽屋に来てくれる。


「ドラマの収録はどうです?」
「何とか順調だよ。上手くいけば、31日も半日ぐらい空くかもしれない」
「ホントですか? よかった。少しは身体を休められますね……」

 ほっと溜息を吐いて身体の心配をしてくれるキョーコに、俺は愛おしさでいっぱいになる。

「君だってドラマ以外にもバラエティーであちこち出てるじゃないか。俺には君の身体の方が心配だよ」
「大丈夫です! 私はタフなのが取り柄ですから!」

 胸を張って言うキョーコに、蓮は笑いだしてしまう。

 女の子でタフが取り柄というのもどうかと思う…。
 だがそれが最上キョーコという女の子、『京子』という女優の最強の取り柄かもしれない。


「笑うことはないじゃないですか……」

 キョーコが拗ねた口調で蓮を見た。

「ゴメン。でも油断は大敵だからね。寒くなると体調を崩しやすくなるから、気を付けること…」
「はい。敦賀さんも無理はしないでくださいね」
「心配、ありがとう」

 

 そして、マリアとキョーコの誕生パーティーは盛大に行われ、キョーコのドレスアップした姿にはミス・ウッズの腕が存分に振るわれたこともあって、蓮にとっては余計な馬の骨が増えたことが心配の種になった。

 キョーコが来年の成人の誕生日になれば、蓮は二人の付き合いを公表するつもりでいた。
 今の芸能界ではそれ程年齢だけをとやかく言うことはなくなってきた。お互いが誠実な気持ちで付き合っているのなら、若いからと言うだけでブーイングが起きる訳でもない。

 ただファンの中には憧れの人を取られたように、相手側に嫌がらせのメールやファックスを送る困ったファンもいる。
 そして蓮の場合、キョーコのファンからの反応もあるが、それ以上に蓮のファンがキョーコを受け止めるかが心配だった。
 二人が事務所の先輩後輩として仲が良いことは周知の事実だが、恋人となればまだそれは別だ。

 蓮自身がキョーコを守るつもりの覚悟もいる。
 キョーコ自身に実力もある芸能人、女優としての力もあるのだが、嫉妬混じりのファンの行動は時には想像以上のことをしかねない。
 それを考えると、キョーコとの交際を発表する時にはもう一つ先のことも考えて言葉にしようと蓮は考えていた。

 
「キョーコ…? 眠かったら寝て良いからね。場所に着いたら起こすから……」
「それはダメです! 私一人寝てしまったら、敦賀さんに申し訳ないです!」

 まだ彼女の言葉は、恋人としてより後輩としての言葉が殆どだ。

「年上の人にタメ口なんて、無理です!」

 そう言いながらも少しだけ砕けてきたこの頃だけど、そろそろ恋人としてもう少し近い言葉が欲しい。甘えて欲しい。

 
 出かける時は、「眠らない」と宣言していたキョーコだが、やはり疲れもあったのだろう……。言葉が聞こえないと思ったら眠っていた。
 暖房を強くして、後ろの席に乗せていた膝掛けや上着を掛けてあげた。

 
 彼女を起こさないようにと気を付けながら、知り合いに訊いた海沿いの高台に付いた。

 前を覆うものもなく、少しずつ白んできた海の美しさに見とれていた。


「キョーコ、キョーコ、起きてごらん。朝日が、初日の出が……素晴らしいよ、キョーコ」

 
 キョーコは俺の言葉で慌てて飛び起きた。

 
「えっ!? やだ、どうしてもっと早くに起こしてくれなかったんですか!? それも、起きているって言っていたのに…寝ちゃっていたなんて……」

 ドライバーの俺を残して寝てしまった事に、キョーコは反省の気持ちと拗ねたような困った顔で俺を見た。

「キョーコも疲れが溜まっていたんだろう…。俺はキョーコと出掛けられるだけで嬉からね。寝顔も可愛かったよ…」

 そう言うと、キョーコは顔を赤くして睨んできた。

「また気障なことを……」
「可愛かったのは本当だよ」
「……一人で運転してらして、疲れていませんか?」
「キョーコの寝顔があったから大丈夫…」
「もう! 敦賀さんの意地悪!」


 拗ねてしまったキョーコの顔も可愛い。俺にだけ見せくれる顔でもある。

 
「それにね……君とまた新しい年を迎えられて嬉しいんだ。あけましておめでとう。今年も、これからもずっとよろしくね」
「……はい…。あけましておめでとうございます、敦賀さん……えっと……蓮さん」
「……名前で呼んでくれた?」

 
 俺は驚いて聞き返した。

 
「その……折角の二人きりなので……」

 言いながらもキョーコの頬は赤く染まっていた。
 呼び名を変えるのは、確かに恋人としては一歩前進か? 少し距離が近くなったような気がする。
 特に母国のアメリカでは当たり前のように名前を呼んでいるのに、日本では「年上の人を呼び捨てにするには…」と、キョーコは特に気にする。
 育った環境もあるのだろう。旅館で仲居の手伝いをしながらの生活では、上下関係に厳しい事が頭にインプットされてしまう。まだ子供の頃から刷り込まれたものほど、その感覚を覆すのは難しい。
 そして今は、その時に培われたキョーコの礼儀正しい部分が、女優『京子』として生かされているのだから、身に付いた何が今の力になるかはわからないものだ。

 それをわかっていて呼んでくれたのなら、キョーコの気持ちは俺を大切に、近くに思ってくれているという事だとわかる。

 俺自身の事で、まだキョーコには言えないでいる事は多いけれど、キョーコの気持ちに受け止める余裕ができたなら、少しずつ話して伝えていきたい事がある。

 俺が少年の頃に、京都の河原で泣いていた幼かった君。
 ツインテールで可愛い笑顔と負けず嫌い。そして泣き虫だった少女は京都の夏の暑さにばてていた俺を、ハンカチを濡らして介抱してくれた。

『キョーコはだめなの。キョーコちゃんって呼んで』
 
 その言葉は、幼いながらもキョーコにはもう特別な存在がいるのだとわかった。
 出会った順番なのか、それ以上に俺が傍に居られる時間も短かった。
 せめてもの俺の存在を残したくて、握り締めていたアイオライトをキョーコに渡した。
 それでも子供の頃の数日の思い出は、いつまで残るかわからないものだ。
 そう思って期待しないでいたのに、君はお守り代わりに大切にしてくれていた。

 ……まだ君との繋がりは、切れてはいないと思えた…。

 そしてアイツとの繋がりも、キョーコの中では芸能人のライバルではあるけれど、気持ちをかき乱される事が少なくなってきたと教えてくれた。
 純粋で澄んだ瞳の君が、昔のままの君が本当の君だとわかっているから……。


「キョーコ、愛してる……」
「……わ、私も…です」

 戸惑いながらもキョーコも答えてくれた。

 今年最初の朝日が、全ての事を洗い流して新しい年へと清らかな気持ちにしてくれるような気さえした。

  朝日に照らされる君は、より輝いて俺の傍にいつまでも居てくれるか心配にもなるけれど、君は嘘を吐けない人だから、その瞳が本心を言っていると思うから……。


「……綺麗ですね……」
「心が洗われるようだね……。キョーコはこんな風に誰かと朝日を見るのは初めて?」

 キョーコは小さく頷いた。
 朝日を見つめるその澄んだ瞳は、澄んだ心を映していると思った。

「こんな景色ならいつまでも見ていたい……」
「この世界に俺と二人きりでも…?」
「……蓮さんとなら……いいかな…」
「……『かな?』なの?」
「あの……他には一緒に居たい人はいませんけど…」
「俺はキョーコ以外には居ないよ」
「……もう、気障ですね!」
「気障だろうが、なんと言われようが、多分…そう思える人はキョーコ以外に現れない。一生……ずっとね」


 出会った時に変わってしまったと思った君だけど、やはり君は変わっていなかった。

 一生懸命で、負けず嫌いで、可愛い人……。

 キョーコは嬉しいと同時に、何故か複雑な顔をしてしまった。

「蓮さん……。嬉しいけど、それって寂しいです。もっと一緒に居て楽しい時間を過ごせる人を作ってください。素敵な時間を作ってください」

 キョーコの表情は真剣だった。

 だから俺も真剣な思いを伝えよう。

「最上キョーコさん」
「は、はい!」
「ずっと、ずっと……一緒に居てくれませんか? 家族になって、ずっと一緒に暮らす、家族になりませんか?」
「れ、蓮……さん?」


 キョーコの驚きにはいくつもの困惑も隠れているだろう。
 でも彼女にも俺の思いの真剣さをわかって欲しかった。
 一人の女性として君だけを愛していて、君と共に歩んでいきたいと望んでいることを…。

 
「君は今年の誕生日に成人するよね?」
「……はい」

 キョーコはまだ一年も先のことを言われ、素直に返事をしたものの不思議に思った。

「そしていつものパーティーがあるなら、その時に発表してしまうという手もあるけどどう?」
「発表と言いますと…?」

 キョーコには「二十歳になりました」という事を、わざわざ言うのもおこがましい気がした。

「それは結婚のお知らせ」
「……へえっ!?」

 今度は訊き間違えたのかと思うキョーコの驚きの声。

「でもその前に、一緒に暮らさない?」
「一緒に……暮らす?」


 少し前から蓮には言われていた事だ。
 だが付き合いだしてまだ1年。
 忙しい合間の逢瀬に、肌を合わせたのもまだ片手ほど。
 キョーコは嬉しいよりも驚きが大きくて、自分の頬を抓ってみた。

 そんなキョーコを見つめる蓮は、キョーコが驚いて話を止めたいところなのに、蓮の雰囲気では断れなさそうだった。

「時々は泊まってくれるけど、そろそろずっと一緒に…というのはどうかな?」
「……ずっと……一緒ですか?」
「忙しいから偶にしか会えない。その時間を少しでも会える時間にしたいんだ……。ダメかな?」
「う……うん…と、ですね……」
「家族になろうよ。そして一緒に暮らし始めるのは、家族になる準備……」
「家族になる準備?」
「ずっと一緒に居る家族の準備期間という感じかな…?」

 おねだりモードの蓮は、子犬が拾って欲しいと鳴くようにおねだり上手だ。
 それにキョーコだってすれ違いの忙しい生活の中を、会える機会が多くなるのは嬉しい。それになによりも蓮の食事に自然と気配りもきく。

 そんな蓮に見つめられると、キョーコもイヤとは答えにくくなってしまう。

「……では、今年初めてのお食事、お正月の料理をしっかり食べて頂けたらOKにしましょうか?」

 言葉で断れないなら、やんわりと引いてしまおうかとキョーコは提案した。

「……キョーコ、企んでない?」

 じとん…と睨む蓮には、普段TVでは見せない素顔の蓮がいた。

「私は社長さんほど器用に計画事を考えていません。ただ、蓮さんの身体の事を考えているだけです」
「本当に?」

 困った表情の蓮に、キョーコは少しだけ意味深な笑みを浮かべて車に乗った。

 

 二人が蓮の家に帰ると、キョーコが用意したおせちがお重の形で蓮のマンションのリビングで二人の帰りを待っていた。

 蓮はプライベートを殆ど開かしていない為、誰かが訪ねてくることはまずない。
 それを考えれば、この食べ物の山はキョーコとの二人分と考えると蓮はげんなりした。

 お重とは言っても一般的な大きさよりも小さなものだが、食に関して細い蓮にとってはかなりの量に見えたのだ。

 
「おせち料理には色々意味があるんですよ」

 蓋を開けると、どう見てもどこかの料亭で作られたとしか言えない、目にも華やかな三段重ねのおせち料理。

「……いつも思う事だけど、キョーコの料理を見慣れてしまうと、普通の料理の基準がわからなくなるよ」

 蓮は自分自身が食に興味のない生活をしていたお陰もあって、見た目だけでも食欲をそそるキョーコの料理の素晴らしさに、時折言葉を失ってしまう。

「そんな事ないですよ。それで、ですね……」

 蓮の言葉を軽く受け流してしまうキョーコだが、どこまでも自分はそれ程でもないと謙遜してしまう。
 実際のところ、見た目の盛りつけだけでなく、食欲をそそる匂いも蓮の好みに合っているお陰だ。何よりも、腕を振るっては味覚を狂わせるような食べ物を出していた母の影響は、蓮の味覚や空腹中枢に影響を与えていないとは言いがたい。

 それが例え愛情のこもったものでも……。
 だがその余りある愛情は、両親共から伝わってきていた。押しつけがましいほどではあったが、だからこそ心配もかけたくなくて、逆に心配をかける結果が『ボス』の手を借りて俺を日本へと旅立たせた。パスポート一つだけを手にして、『敦賀蓮』という、別人の日本人として……。

 
 そしてキョーコはお重を広げながら、おせちの中にある一つ一つに意味がある事を説明した。

「『豆で達者でくりくりと』と言う言葉があるんですよ」

「言葉が転がるようにテンポがいいね」

「そうなんです。昔からの言葉って、思ったより遊び心もあって、面白いですよ」

「成る程ね」

 蓮はキョーコの言葉に小さく頷いては、楽しそうに訊いていた。

「まず、黒豆は『まめで丈夫で健康に暮らせますように』」

「豆一つでそんな意味があるんだ…」

「かぶは、『頭(かしら)に通じて頭を目指すように』。消化にもいいのでご馳走の箸休めにもいいんです」

「色々と奥が深いんだね…」

「栗金団は『金色に輝く財宝に例えて、豊かな年が送れるように』」

「そうか。鮮やかな黄色が金色にも見えるね。この巻いてあるのは?」

「昆布巻です。『喜ぶの言葉にかけて、繁栄を願う』んです」

「この穴の開いているのは、蓮根だよね」

「そうです。まさに蓮さん。『穴が開いていて先の見通しがきく』ので、縁起が良いということなんです」

「へー、訊くほどに面白いね。この芽が出ているようなのは?」

「それはくわいと言って、『大きな芽が出る』から、めでたいとかけている縁起物です」

「日本の縁起を担ぐ習性は色々あるけど、この中だけでもいっぱいだね」

「男の人だとあまり詳しくは知らない人が多いですよね」

 

 蓮はつい気を許して「日本の縁起」と言ってしまった。キョーコはそれを「男の人は」と受け取られて、蓮はほっとした。

 

「あとこれは? 日本式の接待の時に食べた事はあるけど、コリコリした感じがするよね?」

「それは……数の子と言いまして……」

 何故かキョーコが言いにくそうになって、蓮は先を促した。

「『ニシン(二親)から多くの子が生まれるようにと、子宝に恵まれる』事を願うんです」

 
 先ほどの蓮の話のお陰で、キョーコは変に意識してしまってなんとか答えた。

 
「そんな願いも込められているんだね。だったら俺達向きでいいね」

「私達向き?」

「家族になるなら、俺は早くてもかまわない。キョーコさえその気になってくれるならね」

 蓮の言葉にキョーコは焦った。

「あの……私そんなつもりでおせちを作った訳では……」

「うん、そうだろうね。君は一年の区切りとして、お正月に相応しい料理を作ってくれた。そして食べてみても美味しいよ。だからこそ、一年の初めに君と二人きりで食べる食事は、これからもずっと君と食べていきたい。君の笑顔と一緒にならもっと嬉しい……」

「……私で……いいんですか?」

「俺は、最上キョーコという女性としか、共に生きていくことを考えられない」

 

 俺はずっと、あの京都の河原での「キョーコちゃん」を忘れていなかった。
 キョーコも石を宝物にして覚えていてくれた。

 俺と共に過ごした一週間ほどの短い時間。
 俺は妖精のふりをしたり、屈託のない彼女とは手を繋いで歩いたりもした。

 ……君はどれだけ昔の俺を覚えていてくれるのだろう?

 
「あの……こちらでお世話になっても……良いですか?」

 蚊の消え入りそうな声で、キョーコは言った。
 真っ赤になりながらも、恥ずかしそうだけど嬉しさも映していた。

「俺はいつでも大歓迎だよ。キョーコとは、本当の家族に、大切な家族になりたい。だから、まだ伝えていなかった俺のことも知って欲しい」
「敦賀さんのこと?」
「……今君が説明してくれたこと、余りにも知らないと思わなかった?」
「それは、料理をしない方は知らないことも多いと思いましたけど……」
「俺の本当の国籍は日本じゃないんだ。四分の一は日本人だからクオーターではあるけれど、生まれたのはアメリカ。そして十年と少し前、京都に来ていてある女の子に言われた。『あなた妖精?』」

「…まさか…?」

「俺の父親は、クー・ヒズリ。そして俺の本当の名前は、クオン・ヒズリ。そして君が出会ったコーンという名前は、クオンがそう聞こえたから。つまりは俺の名前だ」

 
 驚きでキョーコは蓮から目が離せなくなり、声も出なかった。

「驚かせすぎた?」

 キョーコはこくこくと頷くのが精一杯。

 そしてゴクリと唾を飲み込んで、やっと声を発した。

 
「蓮さんが、クオン・ヒズリで、コーン? クー・ヒズリの、父さんの息子? そんなの、あり得ない!?」

「あり得なくても俺なんだ。俺だってキョーコが『キョーコちゃん』だと気付いた時は驚いた」

「いつ? いつですか?」

「コーンが階段から落ちてきた時だよ。でも『キョーコちゃん』のままの素直な君に納得したよ」

「……愚かな私にではなく?」

「真っ直ぐに自分を作り出したいと言った君にね……」

「本当に……コーンなの?」

 キョーコは恐る恐る訊ねた。

「髪は染めて、目はカラーコンタクト。これぐらいの見かけだけならいくらでも変えられる」

「そうね。私も茶髪だし」

「でも、もっと変わる処もある。心とかね…」

「私も…」と言いかけたキョーコに蓮は首を振った。

「俺の方が、カインでありB・Jの時に見えただろ? 君は勘がいいから見えたはずだよ。それでも君は逃げなかった。逃げずに居てくれた」

「……それは私が、蓮さんのことを好きだと…気が付いたから……。だから力になりたくて、逃げるなんて考えてなかった」

 キョーコの言葉に愛おしい笑みを見せる蓮。

「じゃあこのまま俺の腕の中に居てくれる? 家族になってくれる?」

 キョーコはポロポロと涙を零して頷いた。

 蓮はそっとその涙を拭いながら、優しい口づけをした。

「こんな俺の家族になってくれる?」

「私で…私でいいんですか?」

「言っただろ? キョーコだけだって……」

「私も、蓮さんだけです…」

「家族になろう……。二人で幸せに、ひとつの幸せを作っていこう」

「ひとつじゃなくて…いっぱい作りましょう。素敵な思い出も、いっぱい……」

 
 キョーコの優しさに、蓮は心が温かくなるのを感じた。

 
「俺の大切な家族に、奥さんになってくれますか?」

「はい……」

 
 少し恥ずかしそうに答えるキョーコに、蓮は言葉に出来ない幸せを感じた。

 触れるだけの優しいキスのあと、二人はお互いの身体を寄せ合って目を閉じた。

 
 感じるのはお互いの温もりと重み……。
 二人で始める幸せは、いつか多くの幸せを生むだろう…。

 

  『あなた妖精?』

 

 あの時から決まっていた、二人の未来…?

  純粋だった君にだけ見えた妖精と、君に恋した俺との出会い……。

 
「ねえ、キョーコ」
「なぁに?」

「また朝日を見に行こう。あの溜息が出るような、変わらない美しさを……」

 

    《Fin》

ご感想等は拍手、ペタなどご自由にどうぞ。(でも欲しい…^^



゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


2012年の元旦、初出のお話でした。

 

「ふと気がついて小説が丁度100の数字を刻んでおりまして、

この話が101話目の様です。

他にも妄想含めると……我ながらよく書いたかも…(^▽^;)」


過去の言葉になんとなく気恥しさを感じつつ、初心に戻ってみたいです。


本年もよろしくお付き合い頂ければと思います。



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