ディスプレーデザイナー 24



 キョーコはそれ以来、蓮と社のいる部屋へと時折顔を見せる様になった。
 時間のない時は、それこそ顔を見せて挨拶をするだけの時もあった。
 蓮もモデルとしての仕事で出かけてしまう時もあり、社とだけ話して帰る事もあった。
 だがその話の内容は、社が蓮に伝える形で「元気そうだったよ。キョーコちゃん」…そう締めくくられて蓮には伝えられていた。
 蓮は自分が話せない時間を社に取られた気がして面白くないと思う一方、彼女も忙しい時間の合間に足を運んでくれる事が嬉しくもあった。
 すれ違っているようで、少しずつ近くなってきた距離を蓮は感じた。


 そしてウィンドーを挟んでの夜の出会いから1ヶ月が過ぎようとしていた二人。
 秋から冬へと季節も深まってきていた。
 ウィンドーの中は一足早く冬になっていた。
 しかしその冬の寒さの中にも、キョーコの暖かさを感じさせる小物の飾り、ディスプレーされたコートやマフラーなどがその寒さから守ってくれるような……そんなウィンドーの空間が広がっていた。


『アナタを寒さから守ってくれる、暖かなものはどれ?』


 そう語りかけるようなディスプレーは、人々の視線を優しく誘っていた。



 12月に入る前に、キョーコはクリスマスと共にお正月の飾り付けの両立で、暫くは蓮達の仕事場に足を運ぶ暇もなかった。 


 ……時々……あの優しい笑顔が見たくなる。
 照れてしまう程に輝く笑顔。でも優しくて、心が温かくなる……。
 包み込まれたように、守られているように、ホッとする。
 ……あの時以来、男の人だと思うと緊張する事が多いのに、敦賀さんには安らぎも感じてしまう。
 不思議な人……。
 私がそう感じるだけなのかな?
 敦賀さんの邪魔でなければ、あの優しい笑顔をずっと見ていたい……。
 優しさに触れていたい。
 あんなに優しい人だから、みんながそう思うのよね……。


 そんなキョーコの思いが、蓮を遠い人だと決めつけていた気持ちを知らない間に近付けていたのだと、キョーコは気付かないで横を向いてしまっていた。


 今はこんな風にお話も出来るけど、違う世界の人だから……。
 それに……また一人っきりになってしまうのはイヤ……。それなら最初から一人の方がいい。
 敦賀さんには、そんな思いを忘れさせてしまいそうで…怖い……。


 その言葉を呪文のように、キョーコは心の中で唱え続けた。


 そして季節は冬本番へと、木枯らしを冷たくしていった。
 そんなある日、蓮とキョーコは久し振りに通用口でばったり会った、。
 互いの胸の中の気持ちは同じせいか、嬉しそうな笑みを浮かべて偶然を喜んだ。


「今日の打ち合わせは遅くなったんだね」
「敦賀さんこそ……」


 時間は閉店時間を回った7時を過ぎていた。
 故にデパートの入り口はとうに閉められ、デパートの従業員以外でも此処しか出入りは出来なくなっていた。


「では、今夜は君を送って行ってもいいかな?」
「まだそんな時間じゃないですよ」


 蓮は先日の約束通りと、キョーコを送っていくと言い出した。
 そして通用口へと行こうとしていたキョーコが蓮に先を譲った。


「敦賀さん、お先にどうぞ」
「イヤ、こういう時はレディーファーストで…」
 さり気なく普通に言ったつもりの蓮の言葉に、キョーコは少しだけ困った顔をした。
「どうしたの?」
「その……失礼な事かもしれませんが、その言い方はずるいです。それに少し気障だと思いませんか?」
 そう言われてみると、キョーコの言葉に今までも思い当たる節があった。
「わかった。俺にはそのつもりはないけど、似たような事があったから、そう言うことは俺には当たり前になっているんだと思う」
「すみません。生意気をいって…」
「いや、謝る事じゃないよ。俺自身では気付かないから言って貰えて嬉しいよ。学生の頃に交換留学で向こうに行ったりもしたし、俺の父がハーフ、つまりは俺はクオーターということもあって、日本人感覚が人より違うらしい」


 そう言いながら蓮とキョーコは二人並んで通路を歩くと、お互いの忙しさを思って無理をしないようにと言葉を掛け合った。
 そして通用口から外に出れば、冬の風が吹いていた。
「寒い……」 
 首を竦めて寒そうなキョーコが呟いた。
 蓮はさりげなく自分のしていたマフラーを掛けてあげた。
 ふわりと暖かなモノが首を包み、キョーコは驚きの声を上げた。
「敦賀さん!!」
「暖かくない?」
「そうではなくて、これでは敦賀さんが!」
「俺は車で帰るだけだから大丈夫。表通りまでは一緒に行こう。この裏道だと暗いし、なにより女性一人で帰せないからね。それとも送って行った方がいい?」


          《つづく》


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