ディスプレーデザイナー 19




「なんか、俺ばかり話しちゃったね……」
「いえ、とても参考になるお話を訊けました。いろんな事を前向きになれる素敵な事ばかりで、私も頑張りたくなりました」
「キョーコさんは十分頑張っていると思うけど?」


 その言葉に、キョーコは首を振った。

 蓮は自分の学生時代の事を、弱い部分もさらけ出す事で、キョーコに自分を知って欲しい面もあった。
 キョーコには、『敦賀蓮』もデザイナーとモデルを兼務しているとは言っても、只の普通の男でもあると伝えたかった。
 キョーコにはその強さに憧れを抱く存在として一歩近付いたところまでに留まった。


「私なんてまだまだです。こちらで専属の指名を頂けただけでも、私には大きな一歩です。でもそれだけで甘えていてはいけないと思っています」


 キョーコのディスプレーにかける思いが、蓮にも社にも伝わってきた。


「私がこちらの宝田デパートでの専属指名を受けた時、露骨に妬んだ人もいました」


 少し寂しそうにキョーコが言った。
 嫉み、妬みは人を小さく見せる。
 同じ事務所の先輩なら尚の事……。そして、仲間と思っていた人ならば、距離を感じて寂しくもなる。


「だがこの仕事は、君が自分で、自分の実力で勝ち取って指名を受けたんだろう?」


 小さくキョーコは頷いた。


「……実力は、自分でもわかりません。でも一度受けた指名からの4ヶ月は……私なりにディスプレーの空間を素敵に飾ることを誇りに思うほど、頑張ってきました。私の夢の空間を作り出せる事を、楽しいとも思ってきました」
「そうだろうね……。俺が初めて君のディスプレーをじっくりと見た時は、この空間に優しさと冬が近付く中に暖かさを感じた。それは、此処を飾り付けた君自身を映し出していると思った」


 蓮は感じたままをキョーコに言った。


「私自身を……ですか?」
「人は何かを作り出す時に、自分の個性が出ると思うんだ。センスとしての光だったり、暖かさだったり、良さはそれぞれに違うけれどね」
「そう…ですね。そうかもしれません。先輩でも、私の至らない部分を指摘して、私の為に教えてくれる…厳しくても優しい人もいます。だからその言葉は、私を成長させてくれる力として、私のディスプレーが輝くほどの力を持ち続けられるように、精一杯作ってあげていきたいんです」


 頬を赤らめて俯くキョーコとは違い、真っ直ぐな力強い目が……キョーコの作り上げていく作品達への強い思いだと感じさせた。
 キョーコは年齢よりも幼い部分と、強く逞しいほどに大人びた部分を持っていると蓮は思った。
 キョーコの育った環境や、怯えた何かを守る為に付いた処世術だろうか……。
 彼女の良さを壊さないように、でもキョーコの中に眠る怯えた部分を軽くしてあげたかった。守ってあげたかった。


 蓮はそう思うと、今まで付き合ってきた彼女達に、俺は何をしてあげていたのかと思った。
 付き合うとは言っても、殆ど心を通わす事を怠ってきたのだと気付いた。
 だからこそ、彼女達の言葉が今になって蓮の心に突き刺さった。


 ……ごめんね。
 でも今は、キョーコさんに対する気持ちと君達への気持ちが、違うものだったとわかった。
 今まで俺の知っていたと思った思いは、『Like』で『Love』じゃなかった。
 こんな初歩的な事がわからずに、付き合わせてごめん。
 でも俺みたいな奴を思ってくれて、ありがとう。


 仕事半分雑談半分の親睦はそれなりに深まった。
 社は蓮を見て、始終いやらしいほどの笑みで嬉しそうだったが、その笑みはキョーコが居なくなれば遊ばれるとわかっていた。
 だが、それでも今のままなら少しずつ話してくれる。
 二人きりは緊張するという条件にも、社さんが居ることで和んだのだから丁度よかった。

 忙しい人間には光陰矢の如し…。

 蓮と社を交えたキョーコのおしゃべりは、仕事の面での発見もあり、キョーコは手帳の隅に星のマークを書き入れた。


「色々と教えて頂いて勉強になりました。服を作るのには、デザイナー、パタンナー、縫製をメインとするそれぞれのお力と才能がいるんですね」
 キョーコがそれぞれの才能を誉めると、蓮は頷きながら答えた。
「それを言うなら、ディスプレーデザイナーである君は、デザイン、パーツ制作、デコレーターと3つの才能を持っているじゃないか? パーツについては発注もするみたいだけど、そのデザインは君がするだろ? 空間を飾り付けて、ディスプレー空間を別の場所のようにしてしまうのは素敵な才能だよ」


 蓮の飾る事のないストレートな言葉は、キョーコには嬉しいのを通り過ぎて…恥ずかしい程に感じて、また真っ赤になって俯いてしまった。


           《つづく》


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