ディスプレーデザイナー 3


「まあな。でも、何より売り上げがアップするんだ。『魅せる』事を知っているディスプレーで、服からバック、付随する装飾品まで角度を変えてそれぞれをより良く見せてくれるんだ。彼女の担当した時は、去年と比べて2割り増しだそうだ」
「2割ですか? それはなかなかの腕ですね」
「だろ? これがさ、年季の入った熟年の技ならそれも納得がいくんだが、まだ二十歳に成ったばかりで、修行中の身だからって奥ゆかしいんだ」
 社がキョーコの人柄と腕前を説明していると、キョーコが奥から別の飾りを持って来た。
 仕事に集中しているのか社と蓮の姿も目に入らない様子で、手に持ったデザインノートと持って来た飾りと、そしてメインとなる服やバッグ、ブーツなどを、横目で見ながら確認をしていた。
「……すごい集中力ですね…」
「ちょっと声をかけてみるか……」
 社は声など聞こえないウィンドーの中に、どうやって…と蓮が思っているとガラスを軽くノックした。
 コン、コンコン…
 キョーコは音に驚いて、一瞬慌てて奥に逃げ込もうとした。
 その姿は、蓮には音に気付いて怯えて見えた。
 キョーコは社だと気付いて小さく会釈する。その時小さな溜息を吐いたのが蓮には見えた。
 表情は笑顔と言うにはわかりにくいほどの微かな笑みだ。
 そしてその後ろに立つ蓮を見て、キョーコは驚いた顔をした。
 時間帯はすれ違うが同じ職場に関係する者として、顔を合わせることも皆無ではないのに、社に見せた微かな笑みと比べると大きな表情の変化だ。
 普通ならば、蓮を見てその格好良さに笑顔になって,ウィンドーの前に出てきて自分をアピールする女性が多い。しかしキョーコは初めて会う人物に、その姿に惑わされることなく表情を堅くした。
「蓮! もう少しにっこりしろよ。キョーコちゃんが固まっているぞ!」
「……多分、俺が笑顔になっても変わりませんよ。社さんだとわかる前の彼女は、怯えていました」
「怯える? 人見知りってことだけじゃないのか?」
 顔を合わせた時に、他の社員に訊いた話では、人見知りという説明だったようだ。
「いえ、それ以上でしたよ……。奥ゆかしいどころじゃない感じです。人見知りぐらいなら顔を背けるだけでも、ビクッとして奥に行こうとしていました。逃げるように…」
「……言われてみれば……」
「でも、俺たちの仕事の功労者、縁の下の力持ちですからね。ちゃんと挨拶はしておかないと……」
 そうは言ってもガラス越しで声が聞こえるわけではない。
 蓮はキョーコに笑顔を向けると、右手を胸に当てながら深くお辞儀をして見せた。
 さながらパーティーでダンスを申し出る挨拶のように…。
 丁寧でありながらも大げさにも見える挨拶に、キョーコは驚きで奥に行ってしまった。
「ああ、失敗したかな…?」
 そんなことを小さく呟いた蓮。
「蓮……。お前は限度ってモノがわからないのか? やり過ぎだ!」
 社がモデルまでこなす蓮だから出来る派手な挨拶に、社は呆れた。
 奥に引っ込んだキョーコは、少しだけ外が見える場所まで出てきていた。しかし、その心臓がバクバクと早鐘を打つ事が止められなかった。



 あの人は確かモデルの…『蓮』
 男の人が花の名前と言うのはピンとこなかったけど、『敦賀蓮』はその華やかさと優雅な動き、そして優しい笑顔でまさに『蓮』の花のごとく輝く人。
 仕事の下見としてショーを見に行った時、その長身、足の長さ、美しい顔に、優雅な美しい映画を見た時のような思いになった。
 この服たちを美しく見せ、そしてその良さを知って欲しい。
 だから私はその陰となって支える役目を全うしたい。
 二週に一度が基本的予定だが、今のキョーコには目標のためには多少の苦労はいとわなかった。

 また季節的なモノによっても、今日から別の世界を作り出す魔法のような小さな空間。
 蓮のような表の世界でいる人とはすれ違いはしても、接することはないだろう。
 でも……なんて綺麗な男の人……。そして服達を優雅に着こなす、魔法さえ持っているよう。
 思いもよらぬ形で蓮に会ってしまった驚きで、キョーコは初めて感じる鼓動の大きさに暫く動けなかった。



 蓮と社は、キョーコに向かって手を振ると、邪魔をしてもいけないと立ち去った。
 二人が立ち去ると、そっと陰から出てきてキョーコは仕事に向かった。
 腕時計を見て時間を確認すると、やるべき仕事を確認し直した。
「さ…朝まで時間は少ないわよ、キョーコ」
 ディスプレー用の季節感を出す飾りの小物を、どの様に飾り付けていくか、そしてその空間の中を夢でいっぱいにするか、キョーコの腕の見せ所だ。
 キョーコは袖を捲くって残りの飾り達に手をかけ、一気に主役達をディスプレーしていった。


             《つづく》   4へ


序章と言うか、オープニングかな?

それで三話も使ったら、何話になるんでしょうね?(^▽^;)

ゆっくりお付き合いくださいませ。


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