月のしずく… K-5


 それからの蓮は只でさえのハードスケジュールが、更に朝から深夜までのオーバーワークになった。

 キョーコは少しでも蓮の体調を…と気を使い、お弁当や夜食など、キョーコの出来る範囲でのフォローをしようとした。

「君だって忙しいのに、無理しないで…」

 恋人の言葉に、キョーコは優しくて…切なさで…涙が出そうだった。

 無理ではない。ただ想う人の役に立ちたい。そして出来るなら、傍に居たい…。

 キョーコも仕事が無ければ、行ってしまう恋人の近くに一秒でも多く居たい…。

 でもそれは、「プロ」であるなら許されぬ事。

 恋人に訊いても同じ事を言うだろう……。「それが俺達の仕事だ」と…。

 それでも…恋しい気持ちが勝る……。

 だからせめても…と、僅かでも良い…役に立ちたいのだった。

 


 1ケ月はあっと言う間に過ぎ去って、貴方は機上の人となった。

 本当は…貴方を止めたかった。でも、止めるなんて出来ない…。それが分かっていた……。

 独りになって…零れ落ちる涙をどうする事も出来ずに、…泣いた……。

 こんな風に泣くなんて……いつ以来だろう…?

 独りがイヤで、貴方が恋しくて…、ただただ貴方を想う気持ちは止められなくて……。

 貴方が傍に居てくれるだけで、私はどれ程満たされていたか…独りになって初めて本当の寂しさを知った。

 昔、子供の頃に母に振り向いて貰えない寂しさよりも、ショータローに一人置いて行かれてしまった時よりも、もっと…ずっと寂しさを感じた。

 多分それは、本当に愛し愛されることを知ってしまったから…。二人で一つだと知ってしまったから…。

 一人では半身をもぎ取られたような寂しさだから……。

 ……バカね…。あの人は…蓮は、帰って来てくれると言ってくれたのに…。それも一年で、必ず帰ると言ったのに…。

 自嘲的にキョーコは想った。

 それでも心の中にぽっかり空いた穴はとても大きくて…、今は零れ落ちる涙が溜まる場所になってしまう。

 それだけ貴方の存在は、私の中で大きかったのね……。私の中で、貴方は居て当たり前の存在になっていたのね……。

 貴方は戻って来ると言ったけど、でも行ってしまった……。

 私は待つだけ? ただ貴方を恋しく待っていればいいの?

 ……それは違う…。

 私は貴方を追い掛けなければいけない。

 貴方を理想として…俳優として、私はもっと貴方に近付かなければダメ。貴方の後輩として、貴方を追い掛け追い付くほどに成長して、貴方が自慢出来るほどの後輩にならなければダメよ。

 キョーコは涙を拭って、頭を上げた。

 直ぐには無理……。それは分かってる。でも必ず貴方の隣に立てる存在になるわ……。貴方の隣に立っても、その存在を誇れるような…そんな存在。そんな俳優になる。

 貴方に凭れただけの後輩じゃなく、貴方と対等に演じられる俳優として…。



そして…貴方が日本に返って来るまで、後二ヶ月。貴方が日本を飛び立って、十ヶ月が過ぎた。

「貴方が帰って来る前に、私の方が此処に来ちゃった…」

 最上キョーコ、つまりは女優「京子」はアメリカという地に降り立って、その広い大地を見つめた。

 貴方が生まれ、育ち、飛び立った地…。そして今又…貴方は自分の力を試すべく、この地へ戻って来ると頑張っていた。

 その姿は、日本でも時折ニュースとして流される事もあった。

 でも貴方からの連絡は、約束通りメールだけ……。

 …分かってる…。私だって貴方の声を訊けば…、ワイドショーなどで流れる貴方の声を訊くだけで…、切ない程に愛しくて仕方がないのに……。

 本当は逢いたくて、逢いたくて仕方がないのに……。

 夜になれば…切なさに枕も濡れる日もあるのに……。

 ……ただ逢いたい…。愛しい人に、ただ一目でも逢いたい……。逢いたくて……。

 ……貴方に逢いたいという気持ちが、願いとなって…貴方に届けばいいのに……。

 貴方を想う気持ちは願いとなって天つ彼方へ…飛んで行き、貴方に届けばいいのに…。

 貴方を思う…恋しい気持ちは、空を…海を越えて貴方に届いている?

 貴方に貰った温もりも…貴方の腕の中の温もりも、時間が経てば…冷めゆく愛の温度(ぬくもり)……。

 切なくて…寂しくて…、自分で自分を抱き締めてみる…。

 私はメールでは元気で頑張っている振りをする。

 貴方は忙しくても、日本の時間に合わせてメールをくれる。

 誰かのようだ…と思ったら、それはマリアちゃんのお父さん。マリアちゃんの時間に合わせてメールを日に二度送ってくれる。

 貴方はそれでも忙しすぎる時は、二、三日に一度にもなったりもした。でも、それでも充分過ぎる程に嬉しかった。忙しい時間を割いてくれるメールには、貴方の気持ちが籠もっていたから

 私は私で、貴方という高みを目指して演じ続けた。

 時には喜びに満ちた女の子…。時には絶望の中を生きる女の子…。そして寂しい中も慈しみを忘れない女の子を…。

 そうやって一つ、又一つと演じながら…、貴方への階段を上って行く気がした。


       《つづく》



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