月のしずく…   K-2


「どうしたの?」

 誰にも訊かれないようにと、貴方のマンションを選んでソファーに腰掛ける2人。

 貴方が何か大切で重要な事を、私に伝えようとしているのは分かった。

「俺の本名がクオン・ヒズリであり、目標がある事は前に言ったよね?」

 この一言で貴方がこれから言おうとしている事が殆んど分かった。そして予想が当たった…。

 私はコクリと頷いた。声を出す事は出来ない…。それどころか顔を上げる事も出来なくなってしまった。

「来月から1年、ハリウッドとの契約でアメリカに渡ることが正式に決まった。『敦賀蓮』としてアメリカに渡り、目標であるアメリカの地での俺の俳優としての力を試してくる」

 そこで、言葉に詰まっている貴方…。目標に一歩近づいたのに如何したの?

「ただ……」

 言葉を詰まらせた貴方の声は微かに震えていた。

 そっと顔を上げてみると、目標に向かう嬉しそうな表情ではなく…何故か辛そうな、寂しそうな目…。

「…俺は、『敦賀蓮』として目標を持って生きてきた…。父を越える俳優になり、そして成功するという夢…。でも、キョーコと離れる事が何より辛い。寂しいんだ…」

「……れ…ん…」

 その大きな胸に、私は吸い込まれるように包まれた。

「俺はね、『敦賀蓮』としての目標よりも…君を取ってもいいと思う程、君を愛してる…。君無しの人生は考えられない程…」

 苦しそうな声の中、私は嬉しさも感じた。でも…。

「それは…それはダメよ、蓮! 貴方は貴方の実力を…、『敦賀蓮』の演技の素晴らしさを魅せ付けて来なければダメよ!」

 少し寂しさの混じった目で、蓮は言った。

「君は強いね……」

「…強くないわ。でも…私のせいで、貴方が道を間違えでも…したら…」

 私もそれ以上は声に出せなかった。

「君を選ぶ事が間違いだとは思わない。でも、『敦賀蓮』を名乗る以上…俺は遣るべき事は遣らなければいけないとも思っている…。だから……、アメリカには行くよ…」

「……はい…」

「暫くは寂しいと思う…。もしかしたら俺の方が寂しいかもしれないな…」

 貴方の目が切なさで細くなる…。そして遙か遠くを見る目になる……。

「…………」

「だから…電話はしない。声を聞くとより会いたくなりそうだから…。連絡はメールだけにさせて……」

 私はコクリと頷いた。

「……未練たらたらだね、男のくせに…。でも、君を愛しているから…今君が生きている世界から無理やり連れて行かないこの気持ちだけは分かって…。出来るなら…君を浚って連れて行きたいんだ…本当は…」

 言葉が終ると同時に、私の唇は塞がれた。熱の籠った口付けに、呼吸さえままならぬ想いの丈に…意識さえ手放しそうになった。

「憶えていて…。俺は君の元に必ず帰って来る。君を残して行ったりしない…。もう2度と……」

 絞り出すような声は、貴方の真実?

「……それは、コーンとしてさよならを言った事があるから?」

「…そう…。あの時の俺には選択肢は無かった。でも今は…自分の道は自分で決める…」

「ホン…ト…?」

「ああ…。必ず戻って来る。君の隣を歩く…。君と共に人生を生きる……。それが俺の幸せだから…。君を愛して分かった、生きていく幸せだから…」

 キョーコの胸を痛い程の気持ちが締めつける…。

 そして、胸に秘めていた言葉を口にした。

「だったら…貴方の温もりを……下さい…」

「えっ?」

「貴方の温もりを…身体に刻み込んで……。貴方が居ない時も…貴方を忘れないように……。貴方の事を…この身体に刻み込んで…。お願い…!」

 涙を零しながら言うキョーコに、蓮は驚きで僅かに目を大きくして腕の中の存在に目をやった。

「…キョー…コ?」

「……貴方を…強く感じさせて……。忘れる事が出来ないほど……」

 まだ私達は一つに成った事が無かった。付き合い始めた頃、私が高校生だったから、蓮は私の全てを手に入れることを躊躇していた。

「……君は…、言っている事の意味が…分かっているの?」

 私はコクリと頷いた。

「私…そこまで子供じゃありません…。貴方のモノに…して下さい……」

「…後悔…しない?」

 答えの代わりに私は貴方に抱き付いた。

「後悔させない為には……帰って来て…。『敦賀蓮』として成功して帰って来て……。待っています…」

「…後悔なんかさせない…。でも、…初めては辛いよ? 君が泣いても…止められないよ…?」

 ガラス細工を壊してしまう様に、貴方は心配して声を掛ける。

「それでも…貴方を下さい。私を貴方のモノにして……」

 蓮はキョーコの頬を包むと、再び熱く口付けた。

 それが始まり…。私達の次の始まり……。



       《 つづく》

   でも限定なのでアメンバー様以外は《K-5》へ…


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