月のしずく…  Side―K-1           



『行かないで……!』

 その言葉だけは言えない……。

 貴方がどれ程の思いで目標としてきたか知っているから……。

 貴方がどれ程の努力で、その目標までの道程を歩いて来たか知っているから……。

「アメリカでの活躍を、楽しみにしています。頑張ってきて下さい…。それと、お土産…よろ…しく……」

 明るく笑って貴方を見送ろうとしたけど、ダメ…。最後に涙が出てきてしまった。

 そんな私の涙をそっと貴方は拭いながら言った。

「頑張ってくるよ…。ずっと会えない訳じゃないから…。1年なんてあっと言う間だ。…笑顔で見送って欲しい…」

 でもそう言う貴方の笑顔も、ちょっぴり寂しそうに見えるのに……。

「私も日本で、頑張ります。『京子』がどれだけ活躍しているか、アメリカにも伝わるぐらい…」

「…うん…。頑張って…」

 貴方も言葉に詰まったみたい…。

 お互いの気持ちを伝えたいならば、抱き締め合いたかった。でも、私達の交際はまだ秘密…。だから、これ以上…2人で別れを惜しんでいる訳にはいかない。

 貴方との別れを惜しむ人達に、私は後ろに身を引いた。後輩という身にしては、かなり図々しい程の別れの挨拶だった。

 そして飛行機を見送りながら、強く思った。

「蓮…。私…貴方に追いつく…。もっと貴方の処に近付くわ…。待っていて……」

 貴方は私の目標だった。だから貴方の処まで行く…。

 それが遠く…海の向こうでも……。





 貴方と付き合い始めて1年。

 最初は『復讐』という旗を掲げていた私に、本当の恋を教えてくれた貴方…。愛する事を教えてくれた貴方…。

 でも、私にとっては余りにも遠い存在……。

そう思っていても、何故か私の前で優しく手を差し伸べる様に近くに居てくれる貴方…。

 ……不思議だった…。

 どうしてこの人は私にこんなに親切なの?

 不甲斐ない後輩が心配なだけ?

 でもそれにしては可笑しいわよ…。だってこんな業界に入りたての…、それも最初は逆鱗に触れる様な対象だった女の子に、いつまで優しく指導をしてくれるの?

 周りの人には平等に接し、とても優しい人だから…迷子の様な私にも優しいだけ?

 そして気付きそうになる『想い』に、私は蓋をしていた。

『…もう恋なんてしない……』

 そう思いながら…心の中で何かが疼いているのを少しだけ感じていた。

 そうすると、再び蓋をする。

『…もう恋なんてしない……』

 …呪文のように繰り返す、その言葉……。

 貴方が誰でも本気にさせてしまう役者だからって、私は惑わされない…。そんな鍵を掛けて…、自分の気持ちに蓋を重ねた。

 でも、突然の貴方の告白に、ときめいてしまう自分が居た。

 いえ、違う!

 この人は演技で相手を本気にさせる人よ!

 私なんかを本気で好きだなんて、それはありえない!

 ………でも、貴方の目は本気だった…。ありえない筈だけど、……その言葉はホント?

 そして貴方の腕の中に納まってしまえば…貴方の温かさが、鼓動が、気持ちのいい香りが私を包んでしまった。

 ………もう呪文は効かない…。

 何故なら、恋を知ってしまったから……。『敦賀蓮』と言う人と恋に落ちてしまったから……。

 人を愛することを知ってしまったから……。

 隠れて付き合うという事も、『敦賀蓮』を相手にしたら仕方のないこと。

 ちょっぴりは秘密にしておきたい気持ち。内緒の秘め事を持っている楽しさもあった。でもその反面、秘密だからこそ…堂々と会えない寂しさもある。

 やがて、貴方の秘密にしておきたい事も、私には…と話してくれる事もあった。

 そして…時は満ちたのか、貴方から神妙な電話が入る。

『……今夜…遅くなってもいいから会えない? 会って…話したい事がある…』

 いつもの穏やかさに、緊張の混じった声…。何かがある事だけが、それだけで伝わってきた。


              《つづく》


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