渡辺和子 さんの著書
『心に愛がなければ』PHP文庫の中に
こんな一節があります。
29歳まで非常にやり甲斐のある仕事についていて、
それを辞めて入った修道院の仕事は、
単調なものでしかなかった。
覚悟の上とは言いながら、
毎日のこととなるといつしか
”つまらない”という思いが、
顔にも態度にも出ていたのだろう。
年輩の修道女がこう言ってくれた。
「この世の中に雑用という用はないのですよ。
あなたが用を雑にした時にそれは生まれます。」
かくて私は、
一つ一つのことに愛をこめて行うことを学んで行ったのだった。
「愛がなければ・・・・・・・無にひとしい。」
全財産を人に施しても、
また自分の身体を焼かれるために渡しても、
もし愛がなかったら何もならないと言い切る
聖パウロの言葉は、
反対に”愛があれば”ほんの僅かの施しも、
小さな小さな業も、価値あることを言おうとしているのだ。
星の王子も言っている。
「たいせつなものは目に見えない。
かんじんなことは
心の目で見ないと見えない。」
ラブレターも、恋人へのプレゼントも、
この目に見えない愛を何とかして
相手に伝えようとする手だてに過ぎず、
文字も便箋も品物も、
愛がこめられるまでは、
単なる字、単なる商品に過ぎないのである。
目に見えるものに心を奪われ過ぎている
私たちは「主よ、見えるようにしてください」
と祈ることを忘れてはなるまい。
ユピロ菌は「雑用」の話を読んで
すごく衝撃を受けた。
目から鱗の状態であったことを思い出す。
渡辺和子さんのこの本の、この章の結びに
この一言がある。
「小さなことに一つ一つ愛をこめていこう」