オバマは何をまちがえたのか~土台なきレガシーの崩壊(2017大統領退任演説) | ユマケン's take

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デビュー作オンリー作家による政治・文化エッセイ。マスコミの盲点を突き、批判を中心にしながらも
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感動の名演説でありながら、それ以上に空しさを突きつけるものだった。

 

 それが僕の率直な感想である。この演説をニュースで見た世界中の人々も、少なからずそう感じたのではないか。

 8年前の2009年1月、アメリカの首都ワシントンで、バラク・オバマは大統領就任演説を行い、DCモールに集った数十万人もの聴衆を熱狂させた。しかし、その時、その聴衆の中で、同じオバマ大統領による最後の公式演説が、これほど空しく響くものになると予想した者は、一体どれだけいただろう。

 

 

 

 

 

 2017年1月11日、オバマ大統領は地元シカゴで8年の任期を締めくくる退任演説を行った。それはやはり名演説だった。スピーチの天才ぶりをいかんなく発揮する感動に満ちたものだった。だが、それが素晴らしいものであればあるほど、それ以上に空しさが膨れ上がってくるのはなぜだろう。


 多くの人は、オバマの理想と現実の間にギャップがあるからだと思うだろう。だが、実際、そこにはそれ以上のギャップがある。つまり、今世界の現実とは理想からかけ離れてること以上に、理想を持つこと自体も難しいほどの窮地に追いやられているということである。

 明日食べるものがなければ、今日人は殺し合う必要性にも駆られる。

 ハードな貧困の前では他者尊重や多様性の理想も、ただのきれいごとに成り下がる。アメリカをふくむ世界の多くの人は、おそらくそういう空しさをオバマ退任演説から1番に感じ取ったのではないか。

 

 また恵まれた立場にある政治家が

くだらない正論を語っている。

 

 数ヶ月前のトランプの大統領選勝利によって、恵まれた側の多くもそういう声なき人の声を聞けるようになったのではないか。僕もまたその1人であり、オバマの演説をこれほど苦々しく受け取ったことはこれまで1度もなかった。

 

 

 

アメリカ

 

 

 退任演説の中、オバマは8年間で達成したレガシーを取り上げた。

 

地球温暖化阻止への政策転換。

リーマンショック後の世界恐慌の回避と経済の建て直し。

国内2千万人に医療保険を与えたオバマケア。

ゲイマリッジの全米州での法的認可。

キューバやイランなど、かつての敵国との和解。


「アメリカは8年前よりもさらによく、強い国になりました」

 そう自信たっぷりに語り、最後に力強くこう口にした。
「大統領としての最後のお願いは8年前、皆さんが私にチャンスをくれた時と同じものです。皆さんに信じて欲しいのです。変革をもたらすのは私ではなく、あなた方の力なのです。So, Yes we can, Yes we did. Yes we can


 それを聴いた地元シカゴの大観衆は「Four more years,<あと4年してくれ>」と絶叫し、感動のあまり涙する者たちも数多く映し出された。

 だが、それも外から見れば、寒々しい光景にも見えるものだ。恵まれた者たちだけが互いを称えあうお気楽なパーティだと見た人が、世界中に数多くいたことだろう。

 

 

 

 

 オバマが演説で語ったよう、8年前よりアメリカがよくなっているのであれば、なぜその演説からわずか数日後に、ドナルド・トランプが新大統領になるのだろう。米国内の大いなる不満や怒りを吸い込むことで、この醜悪なポピュリストは世界最高の権力者にまで成り上がったのだ。

 

 そうしてチェンジ、変革は成し遂げたと最後に強く語ったのは、何よりもオバマが自分自身にそう言い聞かせたかったからではないか。
 それによって、オバマは世界中の政治家と根本的に異なる者ではないことを印象づけた。つまり、彼もまた現実的に出た結果を直視した上で自らの根本的な過ちを公に認められない――真の内省心を持ち合わせていない――ありふれた政治家の1人だったのだ。


 先に挙げたオバマのレガシーはすべて、次期トランプ政権によって覆される可能性が非常に高い。まさにトランプのカードのように次々と裏にひっくり返されることが容易に予想される。それは第一に、トランプのあまりに愚かな個人的資質がもたらすことではない。

 

 そうなるのは何よりも、

オバマ政権の8年の失政がもたらすことなのである。

 

 つまりは、オバマの自業自得ということだ。もしその政権運営が良ければ、彼の意思を次ぐ政治家が大統領候補として台頭し、多くのアメリカ国民の支持を得た上で次期大統領に選ばれていたハズである。
 オバマ自身に、失政の自覚は薄い。大統領選でのトランプ勝利後、彼はメディアにこういった言葉を語った。
「アメリカの歴史は常にジグザグだ。改革がすんなり前に進むことはなく、時には後退することもある」
 この言葉には、トランプの勝利を歴史的なサイクルと捉え、自己責任を回避しようとする気持ちが表れている。


 歴史的に見れば、オバマの8年とは、壊滅的だったブッシュ政権の8年の延長として位置づけられることになるのではないか。

 オバマは期待が大きかっただけに失望も大きかったのではとフォローする見方もある。だが、純粋にフラットに見ても、彼の8年は失政だったと結論づけられるものだろう。

 

 何よりも、次期大統領に選ばれたトランプという人物の極まった愚かさが、その失敗の度合いを示している。

 

では、オバマは一体何をまちがえたのだろうか。

 

 

 

アメリカ

 

 

 オバマ大統領は8年間、数々の理想を掲げ、退任演説でも列挙した通り、それを幾つも現実的に成し遂げてきた。だが、実際、控えめに言っても、アメリカも世界も8年前より良くはならなかった。

 

 その最たる要因は、よく言われているよう彼に実行力や交渉力がなかったためではない。先のレガシーにある通り、オバマ政権は数々の困難な課題を克服してきた。特に、徹底した個人主義のアメリカで、社会主義の最たる制度である国民皆保険、オバマケアを実施し、それを軌道に乗せたことは、類い希な交渉力や実行力のたまものと言えるだろう。

 

 オバマ失政の最たる要因は、最重要課題の設定を誤ったことにある。

つまり、政権自体が、その最も優先すべき課題を抜きにした

土台なき理想によって成り立っていたと考えられる。


真の最重要課題とは“格差是正”である。

 

 現代のアメリカ人の多くにとって、それは最も切実に求められる理想だったハズだ。だが、任期中、オバマは格差是正に対し、本格的に取り組むことはなかった。

 

 それよりも優先したのが、GDP(国内総生産)の増加である。

 

 彼は退任演説で自らの業績として、真っ先にリーマンショックからの経済再生を挙げ、自らの政策が大幅な雇用アップと失業率ダウンをもたらしたことを誇らしげに語った。だが、GDPはもはや豊かさの基準ではなく、現実とは大きなギャップがある。トランプを大統領に押し上げたのは、危機感を抱く中間層と不遇にあえぐ低所得者層だった。


 遅くとも任期7年目、2015年初頭から、オバマ大統領はGDPから格差是正に経済政策の主軸を転換するべきだった。経済成長を目指すよりも富の公平な再分配を、政権のNO1プライオリティにすべきだった。

 そうできなかったのは、結局オバマもアメリカ人だったという事からではないか。好きなだけ自由に欲望を追求し、世の中が勝者と敗者にハッキリと分かれる。結果的に、彼はこのカウボーイ資本主義の伝統を守り続けたことになる。
 

 オバマはこの8年でみごとに恐慌危機を克服して、国内経済を建て直した。

 

だが、それはリーマンショック以前の経済状況

――つまりは貧富の差を限りなく広げ、周期的に恐慌の危機を

もたらす20世紀型資本主義――への後退だったに違いない。

 

オバマの経済再生が国際的に見てもほとんど評価されて

いないのは、多くの人がそこを見抜いているからに違いない。

 

 

 

 

 格差是正へのターニングポイントは幾つもあった。

 

 2009年、オバマ大統領就任の年、強欲な富裕層を糾弾するため無数の市民によるNYウォールストリート占拠デモが起こり、それは世界中の大都市に飛び火した。

 同年、オバマはそれに応え、ウォールストリートへの金融規制強化法『ドッドフランク法』を成立させた。だが、それもデリバティブなど極度に悪質な金融商品を排除するだけのもので、金融資本主義という現代のガンを治すことはなかった。


 2014年、『21世紀の資本』を掲げたフランスの経済学者トマ・ピケティの登場で、世界中の人々が、政治介入抜きでは格差を半永久的に広げる資本主義の闇を、明白に把握することになった。

 さらに16年、大統領選挙前の民主党の予備選で、格差是正を掲げるサンダースが共和党候補のトランプに並ぶほどの一大センセーションを巻き起こした。


 だが、そういった数々の時代的な潮流の変化があっても、オバマは最後までチェンジできなかった。もしかすれば就任当初から格差是正の必要性を深く認識しながら、それでも時期尚早だと判断していたのかも知れない。だとすれば彼は未来を読み間違えたのだ。

 

 


 その代わり、オバマは地球温暖化対策に大きく傾いていった。それもまた、現代社会における最たる課題の1つである。だが、それは長期的な政策課題であり、人はその成果を実感しにくい。それよりも、格差是正という切実で短期的に達成できる理想を掲げた方が遥かに有効だった。

 

 富裕層に大々的な累進課税をかけ、大企業の国際的な税逃れを規制し、

そして低所得者層にベーシック・インカム(最低限の生活費給付)を始める。

 

 オバマが、それくらい思い切った政策転換を試みていれば、今世界はどうなっていただろう。もちろん、それは実現性に乏しい。アメリカでは上下両院とも共和党が支配しており、そんな政策が通るハズもない。

 だが、少なくともオバマが真剣にその姿勢を見せていれば、多くの疲弊したアメリカ国民は大統領への見方を変えていただろう。そうして、大統領選挙において、もう一度民主党の候補者に変革のチャンスを託していたのかも知れない。

 

 オバマが大統領任期中、達成した数々のレガシーも

トランプ次期政権を前にして、今や風前の灯だ。

その最たる原因は、最も大切であり最も優先すべきだった課題

格差是正に対して

オバマがほとんど何もしなかった事にある。

その土台なきレガシーは、いずれ崩壊の危機を迎えるだろう。

 


 理想の追求とは、家の建築にも例えられる。

 

 どんな家もまず土台を頑丈に作っておかなければ、いくら豪華な屋敷を建ててもすぐに壊れてしまう。格差是正は地球温暖化とセットになった現代世界の最たる課題である。

 オバマは、オバマケアやゲイマリッジといった政策で大きな屋敷を建てながらも、政権の土台から格差を抜き取ってしまったため、その後、トランプという台風によって崩壊の危機を迎えることになった。

 

 もしオバマが、オバマケア成立に注いだ情熱のすべてを、格差是正に注いでいれば、トランプが大統領になるという最も恐るべき事態を防げていたかもしれない。何しろ、このポピュリストを1番に支えたのは、格差拡大に危機感を抱く中間層だったのだ。

 オバマケアやゲイマリッジなどは、格差是正という最重要課題の後に回すべきものだった。オバマの次に彼の意思を継ぐ大統領が生まれていれば、その任期の中で、それらが達成されていた可能性は高い。

 

 このオバマが直面した悲劇的な事態は

理想や課題の優先順位を誤れば、

それまで築き上げてきた数々の優れた功績も

すべてゼロになってしまうという恐るべき真実を伝える。

 

 

 

 

 

 そして、それとまったく同じことが次期トランプ政権にも言える。そもそもトランプ個人は、理想の土台がないどころか、理想や理念という政治家としての土台そのものを必要としていない。彼が持っているものは、ただ私利私欲を満たすだけのディール(取引)だけだ。

 巧みなポピュリズムによって大衆を味方につけた上で、自らの事業の国際的な拡大に走る。そんな政策を続けるハズであり、その土台なき政権は常にメディアや世論やデモの強風にさらされてアッチコッチに揺れ続けるだろう。


 オバマ退任演説の翌日、トランプは大統領戦後初の記者会見を開いた。

 

 そして、そこでさっそく次期政権の貧弱さを露呈する形になった。ロシアとの癒着、大統領職と自身のビジネスとの利益相反。この2つの爆弾を抱えたトランプは、最初の会見から新大統領としての所信表明をすることさえ許されなかった。会見の大半は、山積する問題への釈明にさかれた。

 

それはまさに、言い逃れを続ける犯罪者とマスコミの

間で繰り広げられた中傷合戦とも言えるものだった。


 今後、トランプが弾劾されて大統領の座から引きずりおろされる可能性は充分にある。だが、そうなってもアメリカの政権基盤は共和党にあり、少なくともこの4年は、アメリカ国内外に大きな悪影響を及ぼす事態はさけられないだろう。オバマが成したレガシーの大半を打ち壊すこともまた共和党の基本方針であり、世界はオバマ以前の世界に後退させられることになるだろう。


 

アメリカ

 

 

 バラク・オバマとは、いったいどんな人物だったのだろう。個人的に言えば、僕は10年ほど前に彼を知ったことで、アメリカを始めとした国際情勢に興味が湧き、さまざまな知見を得て世界観を広げることが出来た。

ひとことで言えば、

オバマは争いを好まない理想主義者である。


 大統領任期中、彼が格差是正に取り組めなかった第一因は、激しい政争を避けたかったからかも知れない。

 経済とはアメリカ政治の中でも、最もカネが集中する領域であり、その分、利害の対立も激しい。オバマが富裕層への大々的な累進課税などを掲げれば、たちまち政権は火の車になっていただろう。

 

 同じく軍事もまたアメリカでは巨大産業である。政権初期、09年のプラハ演説でも示した通り、オバマは核不拡散を掲げながら、結局、終盤にきて莫大な予算を組んだ新たな核開発にゴーサインを出した。それもまた激しい政争を回避したかったためかも知れない。


 悪く言えば臆病なエリート、良く言えば、こころ優しき賢者。

 

 8年の任期を終え、オバマは最終的にそんな印象を残した。しかし、彼は歴史から消し去られたり、不名誉を着せられたりするような大統領ではなかったハズだ。

 現実を直視しない理想家は、確かに空しい存在でもある。だが、理想なきリアリストよりは遥かに良いハズだ。結果さえ出ればいいというトランプにも通じる強欲な者たちはこの世にはいて捨てるほど存在する。


 バラク・オバマ。このこころ優しきハワイアンは何よりも

理想を語ることの尊さを世界中に示してくれた。

理想を持つことさえ難しいハードな現実の中で、

その言葉に耳を傾けることは果たして間違っているのだろうか。

それをバカらしいと吐き捨てるだけでいいのだろうか。

 

むしろ厳しい現実の中でこそ、

理想を掲げることに大きな意味があるのではないか。

 

 オバマの8年は失政として歴史に刻まれるだろう。だが、オバマの高潔な人格、そしてその名演説の数々は数十年たっても、まちがいなく世界中で語り継がれるものになるハズである。

 

 

 

 

 

そして、オバマの最たる功績とは、

政治を身近なものにしたということにあるハズである。

 

 特に政治的な関心の薄い10代、20代の若者に対し、オバマは世界中で政治の世界へ導く存在となったに違いない。

 僕自身もオバマを知る以前、10年以上前は「政治なんてダッセー」とほざくだけのケツの青いガキだった。もしオバマが存在しなかったら、今も僕はテロや格差や温暖化について深く考えようともしない、社会人としての本質的な義務感に欠けた者になっていたのではないか。

 ビートルズは、僕に世界のカルチャーへの扉を開かせた。同様にバラク・オバマは、僕に世界の現実、国際政治の扉を開かせる存在となった。

 

 オバマは今後、作家活動に専念するという。おそらく回顧録の執筆にかかるのだろう。彼はすでに豊富な著作物を出版している。一方で、熱心な読書家でもあり、分野を超えてSF小説など、さまざまな本を愛読書としてメディアに紹介もしている。

 もしかすれば、今後彼はフィクションの世界に足を踏み入れるかも知れない。

 政治家として果たすことの出来なかったオバマの理想。それを創造の世界でぜひ見てみたいと思うのは、僕だけではないだろう。■