来るか、ゼロ原発の未来/福島原発事故<パート2>
世界的に見れば、今は原発ルネッサンス(Nuclear Renaissance)といわれる時代だ。どの先進諸国でも、化石燃料から自然エネルギーにシフトチェンジする前の中間のエネルギー手段として、積極的に原発を採用している。原発がクリーンエナジーとして誤解され、その数を増やそうとしているのだ。今、原発は世界中に450基近くある。日本には57基があり、アメリカ、フランスに続く世界第3位の数だ。そして、CNNによれば、現在建設中の原発は世界中で150基以上(日本でも2基が建設中)。そして、建設提案中の原発はその倍以上、300基以上あるという。
だからこそ、この先、福島原発が大事故を起こし、世界中の人と国と環境を汚染したとしても―少なくとも先進諸国の人々は―それに怒れる立場にはない。原発事故を起こした日本人の一人として、責任逃れをしたいワケではない。世界中に原発がある限り、こういう事故は、世界中どこで起こってもフシギではないのだ。
オイルや天然ガスといった化石燃料から自然調和型エネルギーへの過程で、なぜ原発ルネッサンスが起きたのか? それは、世界の過剰なエネルギー需要が全く止まっていないからだ。つまり、人類はエネルギーへの貪欲さをガマンすることなく、新たなエネルギーパラダイムに移りたいのだ。そんなゴーマンで都合のいいことが叶うワケはない。化石燃料という間違った選択から、自然調和型エネルギーという正しい選択に移る過程で、最も必要なのは、節約と忍耐だ。新たな変化とは、同時に古いものを捨てることだ。その過程で、それまで享受してきた様々な恩恵を諦めねばならない。その喪失と忍耐の一時代を経て、ようやく新たなより良い時代がやって来る。 新たな変化を起こすためには、絶対にガマンが必要になる。人類は今、原発を使って、大きな代償を払うこともなく、新たなエネルギー資源にありつこうとしている。そのツケが今、回ってきているとしか言いようがない。
“必要とする以上のエネルギーを欲する”。その現代人の貪欲さのシンボルが「原発」に違いない。原発とは、途方もないエネルギーを無理やりに強引な手段で生み出す。その内部(格納容器や冷却プール)で行われている事は、地球の生態系とはまったく相容れないものだ。今、それが外に出てくることで、世界中が大騒ぎになっている。僕らは今、その罪の報いを受けている。
こういう事態が起きても、CNN報道などに出てくる専門家の中にはまだ、今回の福島事故を参考に原発の安全対策を強化すればいいという声をあげる者がいる。それは本当にバカげている。福島の放射能漏れ事故、また東北地震や津波に対しても、日本政府は繰り返し「想定外」という言葉を使っている―それを盾にして、あらゆる非難を回避しているとも言える。 しかし、そもそも自然に対して、何かを想定しようとする態度そのものが間違っているのだ。
自然に対しては、想定内も想定外もない。自然は常に無限の可能性を秘めている。だからこそ、自然災害によって巨大な二次被害が推測されるものは、作るべきではない。自然環境と共に生きる限り、原発というのは最初の最初から人類がコントロールできるものではないのだ。
しかし、ポジティヴな面もある。大いにある。この歴史的大事故によって、明らかに世界が好転するだろう。世界中で原発ルネッサンスの流れが止まり、自然調和型エネルギーへの移行が健全にスムーズになるだろう。すでにドイツでは、それが現実になりつつある。16日、ベルリンでは大規模な反原発デモが起こった。それによって、メルケル首相は原発推進政策を白紙に戻し、新たな代替エネルギーがないか検討する声明を出した。こういう流れが、世界中で巻き起こることを祈っている。
もし、この福島原発事故の被害が現段階(レヴェル5)でストップしても、世界中の人々が原発の必要性を問い始めるだろう。事故後一週間以上、世界中に与えた放射能の恐怖は、人々の記憶に刻まれたハズだ。もう2度と、こんな恐怖に脅えたくない、もうこんな被害を自然環境に与えたくない。そう多くの人々が思う事だろう。もちろん一方で、そうならない人もいる。
エネルギーという点で、今後、先進諸国は大きく二分する。1つはドイツのように、この福島事故の悲劇を教訓に、できるだけ早く原発を失くそうとする国。もう1つは、この事故の過失を参考に新たな安全基準を設け、原発を変わらず推進してゆく国。少なくとも、中国は後者に回ることだろう。果たして、日本はどちらに加わるのだろう。その選択は、今後の世界の原発の行方に大きな影響力をもたらすに違いない。原爆と原発の大惨事に見舞われた国が、今後、原子力とどう向き合うのか?その答えは、これ以上ないほどにカンタンなものだ。

原発を必要としない生き方。それには心がけだけでなく、ライフスタイルや産業構造の変化が必要になる。しかし、それはそう大きな変化ではない。PCやケータイやiPodを捨てるような事ではない。1人1人が、必要以上のエネルギーを求めないという意識を持ちさえすれば、その具体的な道筋は自然と開けてくるだろう。今、関東地方一帯では、計画停電が実施中だが、企業と個人が節電に努めたため、連日停電時間は縮まっている。「やろうと思えば、できるじゃないか」という事だ(笑。これが日常化し、それを誰も努力だと感じなくなった時、原発などいらない時代が始まるだろう。
原子力によるとてつもない災害。今回の事故で、それが同じ日本で2度繰り返されることになった。一度目は他国の愚かさによって、そして皮肉にも2度目は自国の愚かさによって。66年前、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下は大悲劇であると同時に、世界中に大きな教訓をもたらした。それ以来、60年以上、人類は戦争で核兵器を使ったことは、ただの一度もない。それと同じ事が、
この福島原発による大事故後に起こることを期待したい。エネルギー政策として原発を使う国が1つもなくなる事を、ゼロ原発の未来を信じたい。

















