先週の日曜日のことになりますが、
九州国立博物館に行ってきました。
今回の展示は、九州国立博物館開館4周年記念特別展。
『邪馬台国もここからはじまった
“古代九州の国宝” 』
地元九州の古墳や遺跡から発掘された国宝がたくさん展示してありました。
邪馬台国というと、畿内説と九州説が特に有名で、未だに確定されてないので、古代のロマンを発信し続けてる・・っていうか。
関西にゆかりのある方でしたら、畿内説を推されるでしょうが、やはり九州人は、九州説を支持したいというか・・・・。
いろいろ、想像しながら会場に入りました。
広い会場に、九州各地で発掘された国宝、国宝級のお宝が集められていました。
(写真は九州国立博物館より提供を受けています)
☆国宝・古墳・・・というイメージのなかった鹿児島からは貝で出来た装飾品
(写真は九州国立博物館より提供を受けています)
☆宮崎といえば・・・埴輪
(写真は九州国立博物館より提供を受けています)
そして、私たちの住む佐賀・唐津からもたくさんの国宝が・・・・。
(写真は九州国立博物館より提供を受けています)
この中に、唐津市浜玉町の谷口古墳から出土された銅鏡も・・・。
説明できないほどたくさんのお宝がたくさん展示されていました。
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魏志倭人伝に書かれている、伊都国といえば、福岡県糸島郡(現前原市)、末盧国といえば、唐津市近辺というイメージが小さい頃からあります。
末盧館(まつろかん) という展示施設が、稲作発祥の地といわれる、菜畑には、あります。
私の実家のあるすぐ前の丘も、実は古墳でした。末盧国王の王墓ではないかと、当時騒がれたものですが、でてきたものは、銅鏡が一枚でした。小さい頃、何も知らず、遊びまわっていた野山は、実は古墳だったのです。
父が青年の頃、山を耕せば、ガラス球がざくざくとでてきた・・・と、言ってたものですが、考古学に興味と知識のない田舎の人は(父も)、ガラガラと掘っては捨てていたそうです。その中に、国宝級のものがあったかもしれないのに。
また、息子が卒業した高校は佐賀にありますが、吉野ヶ里の近くで、寮を新しく整備する時、土地捜しに四苦八苦だったそうです。唐津もそうですが、佐賀も、うかつに掘ると、遺跡とかが発見されて、調査対象になってしまって、何も建てれない・・・と、学長先生がこぼされてました。
こんな風なので、古墳とか、邪馬台国論争とか、かなり興味があります。
果たして、卑弥呼さんは、どこに眠ってらっしゃるのやら・・・・。
(写真は九州国立博物館より提供を受けています)
この特別展も、あと、一週間・・・・。
興味があられる方で、まだ行かれてない方・・・。
まだ、間に合いますよ・・・。
ぜひ、行かれてはどうでしょうか?
余談ですが、主人も私も、大人になってから、車で太宰府に行ったことがありませんでした。(九州国立博物館は太宰府天満宮の近く)
福岡県人は必ず太宰府には行かれるそうですが(総務課長曰く)、子供3人も居て、受験をたくさんさせたのに、受験祈願に行ったことがありませんでした。
ナビが頼りの、初めての場所した。(アハッ)