人類の希望としてのチベット | 日々此れ ラビリンス

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白か黒かだけの二元論が跋扈する世相の中を、もっとグレーに、もっと朧気に、もっと曖昧に見ていこうとする試み。

「チベットの歴史と文化学習会 ~周縁からのチベット~」 
11月27日(土) 文京区民センター

第一部
「民族と自由 ~モンゴルとチベット~」
第二部
「ダライラマの外交官ドルジーエフ ~激動の内陸アジアを駆け抜けたブリヤートモンゴル人~」
第三部
「~被災地~を訪れて」 



日々此れ ラビリンス

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第一部
「民族と自由 ~モンゴルとチベット~」



今回何故この学習会に参加したのか。 それは田中克彦さんが講師の一人として講義するから。

田中さんの著作『ことばと国家』(岩波新書)を学生時代に読んで感銘を受けた。 特に「母語と母国語」の違いについての考察は二十歳前の私にとってとても衝撃だった。 本来誰しも母語を話すのであって母国語でない。例えばアイヌ民族の母語はアイヌ語であるが、母国語となると...アイヌ語なのか、日本語なのか?  mother toungue (母語)にいつの間にか「国」というイデオロギーが挿入されているという事実を教えてくれたのが田中氏であった。

田中氏の専門はモンゴル学。 

モンゴルはモンゴルでも...

・モンゴル共和国(外モンゴル)・・・独立国
・内モンゴル自治区・・・中国側に帰属
・ブリヤート共和国・・・ソ連を経ロシア連邦
・カルムィク自治共和国・・・ソ連を経ロシア連邦 
                *ボルガ川、カスピ海を越えた唯一の欧州部

これらのモンゴル圏とチベットの関係についてのお話だった。毎年訪ねているブリヤートやカルムィクの当地での体験談に交えてチベット寺院の復活する様子は貴重であった。同時に、真の独立とは何なのか?という問いに政治的な独立だけなく、経済の独立の重要性を説いていた。天然資源に恵まれていながら結局のところ、中国に支配される内モンゴル、ロシアに支配されるブリヤート、カルムィクの現状とモンゴル共和国は正反対であるところに、独立しているか否かが鮮明になるという話は示唆的であった。
田中氏著作を読むまでは、隙の無い舌鋒鋭い論客なのかと思っていたが、見るからに優しいおじいちゃんと言った趣きなのは意外であった。 


第二部
「ダライラマの外交官ドルジーエフ ~激動の内陸アジアを駆け抜けたブリヤートモンゴル人」


田中氏とも交友のある学者・棚瀬慈郎氏の講義

本来はインドのチベット地域(ラダック)が専門で20年間毎年ラダック地域で調査している。しかし「この5年間、ドルジーエフに恋してしました」ということでやっとのことで本を出版。棚瀬氏は、演台に居ながらサングラス掛けてるし、声の調子は単調で聞き取り難いいのだが、、、棚瀬氏は本当にドルジーエフに恋をしていたんだなと思った。 自分の持ち時間1時間余りを、訥々とドルジーエフの魅力について語りつくしていた。 仕事のあとに参加して、体調も悪く、途中で寝てしまったりしたのが、それでも氏のことばは、じわじわと響いて来る。

「人類の希望としてのチベットが彼を通して見えてきます」
「私は単なる歴史的事実、過去を振り返ろうしてるわけではありません。彼の業績は現在に通じるのです」
「はっきり言えば、彼の外交は完全に失敗に終わったわけですが、今に生かされるべきときが来ているのです」

ダライラマ13世(現ダライラマの前代)の側近として、チベットの独立を懸けロシア、イギリス、中国の大国と渡り合った一ブリヤートモンゴル人の激動の人生。

棚瀬氏によると彼の功績のひとつは、チベットとモンゴル両民族が結束して中国、イギリスに対抗し政治的独立を達成しようとしたこと。それは「汎モンゴル主義から汎ブッディズムへの昇華であった」

・欲望の抑制 ・非暴力 ・中庸

これらを統合したものが仏教だと氏は言う。冒頭の「人類の希望としてのチベット」の所以である。
ドルジーエフとは河口慧海の『チベット旅行記』を読むとロシアのスパイとして描かれてる人物程度のイメージしかなかったが、棚瀬氏の話を聞いて今までの偏見を恥じてしまう。 後日、棚瀬氏の『ダライラマの外交官 ドルジーエフ チベット仏教世界の20世紀』(岩波書店)を購入した。


今回の講義で知ったこと。
本自体にもパワーがあるが、その本を書いたひとは本以上のパワーが宿っているのという、
当たり前のことを今更ながら実感。

そしてもうひとつ。

今回の講義タイトル「周縁からのチベット」について。物事の本質は中心でなく周縁にある、ということなのでしょう。
何か示唆的でこのタイトル気に入りました。 私も行こう、周縁からのチベットへ。

素晴らしい学習会。
主催者のみなさん、スタッフのみなさんありがとうございました。



ダライラマの外交官ドルジーエフ チベット仏教世界の20世紀/棚瀬 慈郎