メラノプシン | きくな湯田眼科-院長のブログ

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横浜市港北区菊名にある『きくな湯田眼科』

対光反応は網膜視細胞で捕らえられた光情報を元に起こる現象です。しかし、それ以外にも対光反応に関係する経路があるのです。



古くから網膜色素変性で視覚を失った人でも対光反応が残っていることが知られていました。これらはわずかに残った視細胞の反応と考えられていましたが、近年になり網膜には錐体・杆体以外に第3の光受容体があることが分かって来たのです。



1928年Clyde Keeler (1900-1994)は遺伝的に杆体を欠損したマウスで盲と考えられるにも関わらず対光反応を含め、いくつかの光に対する反応が残っていることを発見しました。



このことから、彼は網膜に視細胞以外に光を感ずる細胞があると推測しました。後にキーラーは、このマウスの杆体欠損がたった一つの遺伝子の変異で起こっていることを解明し、やがて網膜色素変性症を引き起こす遺伝子の発見につなげました。



1999年遺伝子工学的に杆体・錐体を欠くマウス(ノックアウトマウス)の実験で、Freedman, Lucas らはcircadian rhythm(日内周期)が残っていること、眼球を摘出するとそれが消失することを報告しました。このことはキーラーが指摘したように、網膜に視細胞以外に光を感ずるセンサーがあることを示唆していました。



一方1998年に、Provencio, Jiang らがカエルの皮膚色素細胞の研究で、光に直接反応し皮膚色素を再配分する新しいオプシン分子を発見し報告しました。彼らはこれをメラノプシンmelanopsinと名付けましたが、同年マウスの網膜神経節細胞にもメラノプシンが含まれていることを発見しました。 更なる研究で、このメラノプシンを含む神経節からの神経線維はサーカディアンリズム(日内周期)に関係する視交叉上核 suprachiasmatic nucleus (SCN) に投射していることを報告しました。



下の図はサーカディアンリズムを調節する視覚入力と脳での反応経路を表したものです。



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視交叉上核の位置です。


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これらの所見は、このメラノプシン含有神経節細胞が80年前にキーラーが予測した錐体や杆体以外の第3の(謎の)光感受性細胞であることを強く示唆していました。



2002年 David Berson らは視交叉上核に逆行性軸索輸送を利用したトレーサーを注入し、トレーサーが発現した神経節細胞がメラノプシンを含み、パッチクランプ法を用い、薬物で錐体・杆体反応をブロックしても光に反応することを示しました。さらに彼らは、これらの細胞を機械的に単離させた後にも光感受性があることを示し、こうしてこのメラノプシン含有神経節細胞が光感知細胞であることを確実にしました。



この新しく発見された光感知細胞は、マウス網膜神経節細胞の1%程度しか存在しませんが(霊長類では0,3%程度)、内因的光感受性網膜神経節細胞 intrinsically photosensitive retinal ganglion cells : ipRGCsと呼ばれています。



ipRGCsの光感受性はメラノプシンにより為されていますが、カエルの皮膚色素細胞から発見されクローン化されたメラノプシン遺伝子(OPN4)は、ヒトを含む多くの動物に発現していることが示されました(Provencio, Rodriguez ら 2000)。



こうして杆体・錐体を失ったヒト(例えば錐体杆体ジストロフィー)でもipRGCsにより対光反応が残り、何らかの光反応を示す理由が明らかにされたのです。



メラノプシンはロドプシンなど他のオプシンと同様に、Gタンパク連結型受容体 G-protein coupled receptor に共通な7回膜貫通性のアミノ酸配列を持つタンパクで、青系統の光(480nm)に最も感受性を持ちます。



メラノプシンのGタンパクを介する伝達様式は、杆体ロドプシンのGタンパクを介する伝達様式とは異なっています。ロドプシンはcGMPを介するのに対し、メラノプシンはIP3を介する反応です。



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ipRGCsは、いくつかの点で視細胞と異なる反応を示します。



①視細胞の過分極型の反応と異なり、脱分極型(スパイク状の活動電位が見られます)の反応を示します。


②感度がかなり低く、強い光にしか反応しません。(しかし、最近、1光子にも反応すると言う文献もあります。)


③反応が遅く、また長時間反応が続きます。視細胞と異なり順応(反応が弱くなること)しません。


④受容野が広く、網膜全体の光をおおざっぱに感知するのに役立っていると考えられます。
(解像度はこのためかなり落ちます)



下の図は赤色と青色の光での対光反応をみたものです。メラノプシンによる反応は青色で見られ、順応が見られないことが分かります。



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ipRGCsの発見は網膜色素変性症などの治療に役立つ可能性を秘めています。生理的状態では網膜神経節細胞の少数にしか見られませんが、神経節細胞のメラノプシン遺伝子を発現させる方法などで、多くの神経節細胞を光感受性に変えることなどで、視細胞が失われた場合でも、視覚を得る可能性があり、今後の研究が期待されています。