ミトコンドリアDNA・・遺伝情報として
ミトコンドリアは細胞核にあるDNAとは違う、独自のDNAを持っています。ミトコンドリアがDNAを持っていることは、1963年スウェーデンのストックホルム大学の生物学者、マーギット・ナス氏が発見しました。
ミトコンドリアのDNAは本来のDNAと混乱しないよう、「ミトコンドリアDNA」(「mtDNA」と書きます)といいます。ミトコンドリアには核のようなものはなく、数千ものミトコンドリアDNAがミトコンドリア内に存在することが分かっています。
このように、ミトコンドリアは細胞核のDNAとは異なる独自のDNA(mtDNA)を持っています。核内のDNAが線状であるのに対して、mtDNAは細菌のDNAと同様に環状の形をしています。1つのミトコンドリアの中には数十個のmtDNAがあります。
ミトコンドリアを構成するほとんどのタンパク質は、核内のDNAから合成されています。このことから、ミトコンドリアの祖先の細胞が持っていたDNAは、宿主細胞の核内に移動したと考えられています。
ミトコンドリアは、核内のDNAから作られるタンパク質とmtDNAが作り出すタンパク質が複合体を形成することによって働くことができます。
ミトコンドリアのmtDNAが全て宿主の核内に移動しなかった理由はいくつか考えられています。ミトコンドリアは活性酸素を産生しているために、DNAが傷害されやすい状況にあります。そのため、ミトコンドリアはより安全な宿主の核内にDNAを移動させることでリスクを減らしたと考えられます。
ミトコンドリア内でタンパク質が複合体を形成する際には、mtDNAから作られたタンパク質が目印となり、これに核のDNAに由来する特定のタンパク質が結合します。
ミトコンドリアは全て母親由来
受精の際、精子のミトコンドリアも卵子の中に侵入しますが、そのほとんどは分解・消滅してしまいます。受精卵は分裂して多くの細胞になりますが、その中に含まれるmtDNAは母親由来のものとなります。
そのため、mtDNAの遺伝情報を調べることによって、何世代も前の母親の祖先をたどることができます。
ミトコンドリア・イブ
ミトコンドリアのmtDNAは核内のDNAよりはるかに小さく、そのほとんどが母親から伝えられるため、生物進化の足跡を探るのに適しています。
時計の針が時を刻むように、長いスケールで観るとDNAが変化するスピードも一定の割合で変化しています。
mtDNAの変化は核内DNAより速いため(約10倍)、 mtDNAの変異を調べることにより、それがいつごろ、どこで起こったかを細かく推定することができます。
現代のアフリカ、アジア、ヨーロッパ、オセアニアの人々のmtDNAを調べた結果、全ての現代人の祖先は、アフリカにいた共通の集団の中の女性である可能性が提唱されました。全ての現代人の祖先を遡って辿り着いたアフリカの女性をミトコンドリア・イブと呼んでいます。
しかし、これは、「すべての人類がたった一人の女性から生まれた」ことを意味するわけではありません。同じmtDNAを持つ数十~数百人規模の集団から始まり、世代を重ねて各地に分散していったと考えられています。これは人類の起源の「アフリカ単一起源説」を支持するものです。
ミトコンドリアDNAで人類の起源を探る
DNAの遺伝情報は少しずつ変化しながら親から子供へ伝えられ、進化の歴史を刻んでいます。すなわち、生物間のDNAの塩基配列の違いを手がかりに、進化の道筋を辿ることができます。
mtDNAの変化を生物間で比べることによって、生物の系統関係や分岐年代を推定することが可能となりました。
チンパンジー、ピグミーチンパンジー、ゴリラ、オランウータンなどのmtDNAを調べた結果、ヒトは4種の大型類人猿と共通の祖先を持っていることが分かりました。
まず、オランウータンが最初に分かれ、続いてゴリラ、3番目にヒトと2種のチンパンジー(チンパンジーとピグミーチンパンジー)が分かれたことが明らかになりました。
ヒトに一番近いのはチンパンジーであり、両者が共通の祖先から分かれたのは約500万年前と推定されています。
さらに、チンパンジー、アフリカ人、ヨーロッパ人、日本人のmtDNAを比較した結果、アフリカ人とヨーロッパ人が分岐したのは約14万3千年前、日本人とヨーロッパ人の分岐は約7万年前であると推定されています。
さらに、全ての現代人の共通祖先の起源がアフリカ人であることも分かりました。
また、ネアンデルタール人や北京原人などは、現代人の祖先とは別の絶滅した種であり、現代人の祖先とは交雑していないことも分かりました。
このように言いますと、すべてが母親から遺伝素因を受け継ぐように思われますが、しかし、臨床的には、父親からの遺伝素因を受け継ぐ場合も当然あります。
この理由は、ミトコンドリアの機能に関する遺伝子はミトコンドリアのDNA に乗っているものと核内の染色体に乗っているものがあります。核内にあればメンデルの遺伝法則に従って、父親から遺伝し、ミトコンドリア内であれば母親から遺伝します。
片頭痛が”遺伝的疾患”とされるのは・・
母と娘の間で片頭痛が遺伝しやすいのは、ミトコンドリアDNAに関係があります。
ヒトの精子には16個程度のミトコンドリアが存在します。一方の卵子は10万個といわれています。そして、精子に含まれるミトコンドリアは受精後にすべて死滅してしまいます。父性よりも母性のほうが強いということです。
ということは、ミトコンドリアのDNAに関していえば、卵子に含まれるものだけが子供へと受け継がれます。つまり100%の母性遺伝です。もし母親のミトコンドリアの代謝活性(元気さ)が低ければその影響を当然受けやすくなります。さらに、男性に比べて女性のほうが脳内セロトニンの合成量がもともと少ないわけですから、片頭痛の症状が発生しやすいのです。母から娘へと片頭痛が遺伝してしまうのには、こういう理由があったのです。
ミトコンドリアDNAは傷つきやすい
細胞は増える時に、自らの遺伝子をコピーします。このコピーですが、時々間違ってコピーされることがあります。この間違いを塩基置換といいます。 また、コピー時だけでなく、何らかの刺激などで、DNAの配列が変わってしまう塩基置換もあります。塩基置換は致命的なときもありますが、なにも影響がなかったり、少し影響したりする場合があります。塩基置換は生物が環境に適応するのに、とても大切なことです。もし遺伝子が完璧にコピーばかりされていたら、環境が変化した時、その生物はそれに適応できずに絶滅してしまいます。
mtDNAの塩基置換は通常のDNAと比べると5~10倍早いとされています。人とチンパンジーのDNAを見てみましょう。チンパンジーは人と同じ祖先から進化したといわれています。DNAを比べてみると1%しか違わないということが分かります。一方、ミトコンドリアDNAを比較するとその違いは9%とDNAと比べると多いことが分かります。チンパンジーも人も同じ祖先から進化したことを考えると(決して、チンパンジーが人間に進化したのではないのですよ)、mtDNAの方が同じ期間に塩基置換がより多く行われていることがわかります。つまり、最近Aという種がBとCという種に分かれた場合、DNAをみてもあまり違いがないのに対し、mtDNAはDNAの5~10倍違いがあるため、比較しやすいということになります
ミトコンドリアと活性酸素
ミトコンドリアは酸素を使ってATPを産生します。この際、体内に取り込まれた酸素の数%反応性の高い活性酸素やフリーラジカルになります。すなわち、ミトコンドリアは生体内における主要な活性酸素の産生部位でもあります。
正常な状態でも活性酸素は産生されていますが、電子伝達系や呼吸酵素系の活性が低下すると、電子伝達系から電子がもれて活性酸素が生じやすくなります。
ミトコンドリアは活性酸素を多く産生するため、mtDNAに突然変異が起こりやすい環境を作り出しています。しかも、mtDNAは核DNAと比べて修復能力が低いため、mtDNAで突然変異が起こる割合は核DNAの約10倍と考えられています。
このように、ミトコンドリアDNAは活性酸素によって傷つきやすい特徴があります。
このようにして傷つけられたミトコンドリアDNAの数が一定数を超えくるとエネルギー産生能力が低下し、「後天性ミトコンドリア病」が発生してくることになります。このようにして片頭痛は発症します。
また、ミトコンドリアで生じる活性酸素は細胞の自殺(アポトーシス)や老化の原因にもなります。mtDNAの変異が増えると、細胞はアポトーシスを起こしやすくなります。老化した細胞では、呼吸機能の低下と連動して活性酸素が生じやすくなり、これにより傷ついた細胞が除去されます。
ミトコンドリアとアポトーシス
アポトーシスとは細胞の自殺のことを意味します。
体から出る垢の大半は、皮膚細胞がアポトーシスを起こした結果生じたものです。オタマジャクシがカエルになる時に尻尾が無くなる現象もアポトーシスです。オタマジャクシと同様に、人間の赤ちゃんも胎児のときは尻尾がありますが、生まれる前にアポトーシスでなくなっています。
アポトーシスにはミトコンドリアが深く関わっていることが明らかにされています。ミトコンドリア内に局在するシトクロムC(電子伝達系の構成成分)やアポトーシス誘導因子(AIF)が細胞質に放出され、これが細胞死を誘起します。
ミトコンドリアからシトクロムCが細胞質に放出されるとカスパーゼという蛋白分解酵素が活性化され、細胞が自殺します。
臓器の細胞がアポトーシスにより減少すると、残された細胞が機能を代償しようとします。そのため、生き残った細胞にはより大きな負荷がかかるようになります。この代償能力が不十分であれば、個体の機能も低下し、様々な不具合が起こりやすくなります。
ミトコンドリアと老化
ヒトは約60兆個の細胞からなりますが、老化に伴いその数が減少します。
ミトコンドリアは大量の酸素を消費しており、その過程で多くの活性酸素を発生します。これにより細胞が酸化障害され、mtDNAに損傷が蓄積するとミトコンドリアの機能も障害されます。
異常なミトコンドリアが多い細胞では必要なエネルギーが産生できなくなり、アポトーシスを起こしやすくなります。特に、エネルギー代謝が盛んな骨格筋や神経細胞では、ミトコンドリアの劣化に伴うアポトーシスが原因で機能も低下します。
お年寄りの体が小さくなったり機能が低下するのは、このようなミトコンドリアの劣化やアポトーシスが原因の1つとなっています。
このように、細胞内では、ほとんどの遺伝情報はDNAとして「核」とよばれる細胞小器官の中にあるのですが、ミトコンドリアの遺伝情報の一部だけが特別に、ミトコンドリアDNAとしてミトコンドリアの中に存在しているのです。ほとんどの遺伝情報は核の中のDNAにあり、ミトコンドリアDNAはそれほど大きな働きはしていないように思われますが、近年、このミトコンドリアDNAの変異が、老化や加齢に伴う病気に大きく関わっていることがわかってきています。
このようにミトコンドリアDNAは、ガン、糖尿病、パーキンソン病、アルツハイマー病、ミトコンドリア病、片頭痛と関与しています。
このミトコンドリアDNAに関する知識は、片頭痛を理解するための基本になっています。とくに片頭痛が”遺伝的疾患”とされている鍵を握っています。