「イチゴ泥棒」 | アジアの季節風

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アジアの片隅から垣間見える日本や中国、あるいはタイを気負うことなく淡々と語る

 私は生まれ故郷の実家がある家のすぐ近所の田舎道を夕方一人で歩いていた。


 歩きながらふと道の横にある畑を見ると、イチゴの背の低い木(本当はイチゴは木ではないのだが)があって、そこにびっしりとイチゴが埋まっているのが見えた。


 しかも大きさが半端ではなく大きい。中には大人の握りこぶしくらいの大きさのものまである。それらがみんな真っ赤に熟しているではないか。


 ≪美味そうだな≫と私は思わず舌舐めずりし、≪食べたい!≫と真剣に思った。幸い辺りを見回すと誰も人通りはない。


 ≪ええい、盗ってやれ!≫と思って私は道から畑の中に入って行った。そして誰にも見つからないように腰とひざを曲げて自分好みのイチゴを探しながら歩いた。


 すぐ近くにその畑の持ち主の家がある。その持ち主は私より少し年上だが勿論顔見知りだ。だから見つかったらエライことになるのは分かっていた。


 しかも私はこんなにいい歳をしてから、イチゴ盗りだなんて言われたらそれこそ皆の笑い者だし恥だ。


 私は慎重に木の陰に隠れながら移動した。そしてついに見つけた。私の好みのイチゴを。


 ところが私がそのイチゴの方にそっと手を伸ばして採ろうとすると、そのイチゴは何故か周りのイチゴと共にすーっと向こうに行ってしまうではないか。


 私が不思議に思って手を元に戻すとそれらも同じように元に戻ってくる。


 何かおかしいぞ、と思ってもう一度同じことをやってみるがまた同じことの繰り返しだ。


 私は益々おかしいと思い、頭を下げてそのイチゴの奥の方を覗きこんだら、つい1メートル先にその畑の持ち主がこちらを向いて二ヤリと笑っていた。


「わーーーーっ!」と大声をあげた途端私は目が覚めた。真夏の昼の夢だった。夢でよかった。