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過去記事リンク集

こちらでは、評判よかった記事、自分で気に入った記事など並べています。




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  • 24 Jun
    • 感謝できることを増やすには②

      感謝できることを増やすには?① こちらの続きです。 感謝の反対は当たり前 当たり前ではないんだと気付いたとき、感謝が出てきます。 逆に、感謝していることでも、当たり前になったとき、感謝は消えてしまいます。 「人は自由な選択をしている」 アドラー心理学で言えば 「他者はあなたの期待を満たすために生きているのではない」 メールやLINEですぐ返事がないとイライラしたり怒る人がいます。 「人は自由な選択をしている」 返事がくるのは当たり前じゃないですよ。 返事をするかどうか?いつ返事をするか? 相手の自由な選択があります。 返事があるだけでありがたいことなんです。 自分のために時間や手間をかけて返事をしてくれた。とてもありがたいことです。 ブログのコメントで返信するときに、はじめの一文は、 「コメントありがとうございます」と書いています。 コメントもらえるのは当たり前じゃないと思ってるので、コメントがもらえたら、ありがたいなぁと感謝の気持ちが出てきます。それを言葉にして書いているわけです。 「人が親切にしてあげたのに“ありがとう”もない」と怒る人がいます。 「人は自由な選択をしている」 ありがとうを言うか言わないかは、相手の自由な選択があります。 もし、“ありがとう”を言ってくれる人がいたら、とてもありがたいことなんです。 “ありがとう”を言われるのが当たり前じゃないんですよ。 変えられないものと変えられるものを考える。 他者の自由の選択は、自分では思い通りコントロールできません。 これは諦めるしかありません。 海外のニュースで最近みた話。 お店に強盗が入ってきました。 レジの人に強盗が銃をつきつけます。 「金を出せ!」 しかし、レジの人は強盗に向かっていって銃を奪ったんです。 それで強盗は逃げていきました。 動くな!金を出せ!とか、銃を向けて相手をコントロールしようとしても、相手には自由の選択があるんです。 銃を向けられてお金を出す人の方が多いと思いますが、お金を出すという選択をしたということ。 お金を出すか出さないか? お金を出さないと殺されるかもしれない。お金は渡したくないけど、殺されるよりはマシだということで、お金を出す、という選択をするかもしれない。 銃を向けてさえも、相手には自由の選択があって、相手には相手の考えがあって選択をしています。 自分の思い通りにはならないんです。 人はどんなときでも自由な選択があります。 自分の期待通りに動かないことがあっても当然。 他者はあなたの期待を満たすために生きているのではないのだから。 当たり前ではないんだと気付いたとき、感謝が出てきます。 当たり前じゃないことに気付いていけば、感謝が増えていきます。 逆に、感謝していることでも、当たり前になったとき、感謝は消えてしまいます。 「人は自由な選択をしている」 「他者はあなたの期待を満たすために生きているのではない」 これが腑に落ちれば、イライラや怒りは消えていき、感謝が増えていきます。 「こうやってくれると嬉しいです」 自分の希望を言って、その通りに動いてくれた人がいても、それは自分に協力してくれたんです。 自分が相手をコントロールしたとは思わないことです。 協力してくれてありがとう。 最後まで読んでくれてありがとうございます。 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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  • 23 Jun
    • 悪口を言ってしまったときの反省の仕方②

      悪口を言ってしまったときの反省の仕方① 上記の続きです。 悪口や愚痴を生み出す原因は自分にある このような考え方をします。 悪口を言うか?言わないか?という前の段階には、 悪口を生み出す段階があります。 悪口を生み出さなければ、言ってしまうこともないですし、言わないで我慢することもないですよね。 僕自身の経験の話 前回書いた、友達に「悪口言ってるよ」と指摘された話。 そこで反省するのは、「言わないように気を付けよう」ではなくて、 「生み出した原因を改善していこう」と反省します。 そのときの生み出した原因は、「ある人のせいにしてた」ということでした。 「あの人が悪い。あの人のせいでこんな酷い目にあった、酷い酷い」って、自分が被害者になってたんです。 「自分以外のせいにする」考え方が原因だったわけです。 「あの人が悪い」という考え方がなければ、その人の悪口は生まれない。 次の話。 「今日はAさんはあんなこと言ってた、こんなこと言ってた酷いよね」 Aさんを悪く言ってた人の話。 その人は、Aさんのブログやツイッターを見て、色々言ってたわけです。 「昨日もあんなこと言ってたんだよ!」とかね。 そういうときに、「悪口を言わない方がいいよ」と言い方もあるかもしれないけど、 僕はこう言いました。 「Aさんのブログとかツイッターは見ない方がいいんじゃない」 自分で“悪口を生み出す原因の行動”をしているので、そこを変えていけばいいわけです。 毎日それを見るということは、“自分で悪口の材料を集める”ことをしているということです。 お気に入りに登録して毎日見てたそうなので、まずはお気に入りを削除するところから。 気分がよくないものは、見る時間触れる時間を減らしていく。 気分がよくなるものは、見る時間触れる時間を増やしていく。 気分がよくないものをたくさん見たり触れていれば、悪口が生まれやすい。 気分がよくなるものをたくさん見たり触れていけば、良口が生まれやすい。 まとめ 悪口を言うか?言わないか?という前の段階には、 悪口を生み出す段階があります。 そこを反省して改善していく。 悪口が生まれる原因は、自分の考え方や価値観、行動などにあります。 日々反省して改善していく。 自分のできる範囲で、改善できるところから改善していく。 悪口は言わないようにしよう、ではなくて、 悪口は生み出さないようにしよう。 同じテーマの記事一覧 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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  • 22 Jun
    • 悪口を言ってしまったときの反省の仕方①

      僕も昔、悪口を言ってしまったことがあります。 友達に「たまには発散しなよ」 と、言われて色々話してたら、 「自分では気付いてないかもしれないけど悪口言ってるよ(笑)」 と指摘してくれました。 それで、(;゚ロ゚)ハッと気付きました。 教えてくれてありがとう。 ここで、悪口言ってしまったときの反省としてよくあるのが、 「言わないように気を付けよう」 これはあまりいい反省の仕方ではない。 理由は、「言わないように気を付けよう」というのは、「言わないように我慢しよう」ってことですよね。 我慢続けるのは大変ですよ。幸せな考え方ではない。 前回書いたように、言わないように我慢しているのは大きな不利益がある。 目指すところはここです。 我慢する必要もなく、悪口を言わない(言う必要がない)のが幸せ。 「悪口が口から出た」という結果には段階があります。 直前の段階には、「言うか?言わないか?」という選択があります。 「悪口が口から出た」ということは、「言うか?言わないか?」の段階で、「言う」という選択をして、「悪口が口から出た」という結果に繋がったわけです。 「言わないように気を付けよう」という反省は、この選択を変えていこうという、反省して改善する考え方ですね。 僕がお勧めする反省の仕方は、「言うか?言わないか?」よりも前の段階の話です。 そこに反省して改善できるポイントがあります。 続きます。 テーマ「悪口」で分類したので、興味ある方は他の記事も覗いてみて下さい。 最近またブログ更新するようになって下記参加ランキング上がってきました! いつもクリックありがとうございます。 論理・道徳 2位 名言・格言 2位 心理学 4位 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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  • 21 Jun
    • 悪口を言う事によっての利益と不利益は?

      悪口について 悪口や怒りは出したほうがいい? 我慢してたら辛いから発散した方がいいの?という話 色んな考え方、色んな心理療法 そういう考え方もあるよね、という話。 色んな考え方はありますが、僕は悪口や怒りは出さないのがいいと考えています。 「悪口を言うのは悪いことだから言わない方がいい」 という考え方ではありません。 良いとか悪いという考え方はしない。 原因と結果です。 悪口を言っているとどういう結果が予測できるでしょう? お時間ある方はやって見て下さい。 悪口を言う事での利益と不利益を書き出して見て下さい。 悪口を言わない事によっての利益と不利益を書き出して見て下さい。 「利益」という言葉は、「幸せ」という言葉に置き換えてもいいですね。 例えば、 悪口を言う事での不利益は、 「自分の評価が下がる」「人相が悪くなる」「信頼を失う」「聞いた人に嫌な気分にさせてしまう」とかね。 自分のことですから、自分の考えでいいんですよ。人によって違うと思います。 これによって、自分はどっちが利益が多いか、どっちが幸せかってのが見えてきます。 カウンセリングでも使われる手法で、客観的に自分を分析するのに使えます。 良い悪いとか正しい間違いより、幸せかどうかの判断が大事です。 みなさんどうでしょうか? ①悪口を言った方が利益が多い、幸せだなぁって人 ②悪口を言わない方が利益が多い、幸せだなぁって人 どっちが正しいじゃなくて、人それぞれ考え方は違うので、自分と反対の考え方の人がいたとしても、相手はそれで幸せなんだなぁって捉え方が健全です。 僕は②ですから、そういう考え方でブログを書いています。 補足。 「悪口を言わない方が利益が多い」と言っても、「我慢して言わない」ということだと、不利益が大きくなってしまうと僕は考えています。我慢してたら身体に負担がかかります、病気という結果が現れるかもしれない。これは大きな不利益です。 悪口を言わないとしても、悪口を我慢して貯めてたら全然幸せじゃない。 我慢する必要もなく、悪口を言わない(言う必要がない)のが幸せ。 最後に心理学の話。 オハイオ州立大学 スコーロンスキー博士の実験 被験者に人の悪口を言っている人の映像を見せた。 その結果被験者はどう感じたか? 「悪口を言われてる人」の印象はほとんど下がらず、逆に「悪口を言ってた人」の印象ばかり悪くなっていたのです。 「あの人があなたの悪口言ってたよ」と伝えることでも、伝えた人の印象が悪くなります。 悪口を言った本人ではないのに、伝えた人に投影されてしまうんです。 悪口は間接的でも不利益があるという話。 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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    • 色んな考え方、色んな心理療法

      悪口や怒りは出したほうがいい? 上記記事の続きになります。 「悪口や怒りがよく思い浮かぶ人」という前提条件があれば、ずっと我慢して苦しいより発散した方がいいよねって結論になります。 僕がブログで書いていることは、その前提条件を変えていこうという話です。 根本改善していこう。そうすれば、悪口や怒りを出す必要がなくなります。 どっちの考え方が正しいというのはないんですよ。 心理カウンセリングの話 カウンセリングの原則は、共感することなんですね。 悪口だろうが怒りだろうが愚痴だろうが、肯定的に聞いてあげる、共感してあげる。 ただ、カウンセラー自身も吐き出したり、言い合うことは、それはまた別の問題で、そのカウンセラー自身の価値観とか生き方の話になります。 共感しない心理療法もあります。 例えば、論理療法やアドラー心理学。 自分に原因があり、それを変えていく。 アドラー心理学の日本の第一人者岸見先生のこういう話があります。 『「あなたのせいではない」という言い方をしてはいけない』 あなたのせいじゃないですよっていうような共感とは真逆な考え方です。 『責任を他者に転嫁するお手伝いをするのではなく、「すべてが自分から始まっている」ことを理解してもらう必要があります。』 『すべては自分に責任がある』 話を戻して、 世界共通のマナーで言わない方がいいと思いますが、我慢したら辛いですから発散することも大切ではないでしょうか? この質問に対する僕自身の答えは、発散しなければいけない考え方や価値観を変えていったほうがいいでしょう。となります。 あくまで僕の考え方はそうですよって話。ブログで書いてることはそういうことです。 発散するのがいいんだ、お互い言い合うのがいいんだって考え方も否定はしません。 最初に書いた前提条件で考えた場合は、否定どころか同意できる考え方です。 それで楽に人もいるわけですし、「悪口や怒りがよく思い浮かぶ人」とか、「悪口や怒りは出るのは仕方ない」と考えている人だったら、そうせざるを得ないということも言えます。 考え方や価値観は色々あって、どの考え方が正しいなんてものはない。 心理療法もたくさん種類があって、どれが正しいなんてのはない。 どれが正しいというのはないですが、個人的にこれがいいなってのはあるわけです。 それを発信してるだけなので、これが正しい考え方だ!ってことで発信しているわけではない。 これ重要ですね。 正しい間違いはない、良いも悪いもない。原因と結果はある。 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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  • 20 Jun
    • 感謝できることを増やすには?①

      「ありがたいなぁ」とか、感謝の気持ちが湧き上がることが多ければ幸せですよね。 幸福度が高い人ほど、感謝も多いものです。 感謝できることがたくさんあれば、いい気分でとっても幸せです。 ▼感謝できることが増える価値観の話 「人は自由な選択をしている」 この価値観が身につけば、感謝できることは増えます。 幸福度高い人たちほど、「人は自由な選択をしている」ということが腑に落ちています。 自分も他人も、人は自由な選択をしている。 では、どうして、人は自由な選択をしているということが腑に落ちると、感謝できることが増えるのでしょうか? つづきます。 人の自由を受け入れる。 人は自由なんだ① 人は自由なんだ② 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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    • 悪口や怒りは出したほうがいい?

      この記事 世界共通のマナー を読まれてのメッセージですね。 心理カウンセラーの○○さん(某有名なカウンセラー)のお弟子さんたちは、悪口や怒りは出し方がいいとブログで書かれてましたよ。それでお互い言い合ってるそうです。 世界共通のマナーで言わない方がいいと思いますが、我慢したら辛いですから発散することも大切ではないでしょうか? たしかに、我慢してたらいつか爆発するかもしれません。 心と身体は繋がってますから、心が無理すると身体に病気として出てしまうこともあります。 「悪口や怒りは出していけない」と、ずっと我慢して苦しんでいる人もいるでしょう。 そういう人たちに、「我慢しなくて出していいんですよ」って話は、心が楽になる処方箋になるでしょうね。 ただ、この考え方は、ある“前提条件”があっての話になっています。 上記の話は、僕がブログで書いている考え方や結論とは違います。 前提条件が違えば、考え方や結論も違ってきます。 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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  • 18 Jun
    • 世界共通のマナー

      人の噂話や悪口を言うのは世界共通のマナーのタブー という話のブログを見かけました。 世界共通ということは意識してなかったですが、言われてみるとたしかにそうだなーと思った話。 悪口は言われたら嫌な気分になる人は多いでしょうし、自分のことではなくても聞いて嬉しい気持ちにはならないですしね。 不平不満愚痴も、言わない方がいいというのが、世界共通と言えるでしょう。 嬉しい、気分がよい、悲しい、気分がよくないなど、人間には共通した感情がありますよね。 口元の表情筋の使い方は世界共通だという研究もあります。 ジャングルの奥地の文明が入ってないような部族でも、感情が口元の動きに出ることがわかっています。 面白いですよね。 メリタリストDaiGoさんは、口元の動きをみて、相手の心を読むことをやっているそうです。 心理学的には他の身体の動きだけで、人の感情を読むことは出来ないと言われています。 唯一読める部位は、口元だけということです。 マスクすると落ち着くという人がいます。 無意識でも、「口元から心を読まれない」という安心感がある心理の場合があるということです。 女性ではすっぴんを隠すためにマスクする人もいますよね。 ちょっと出かけるのに化粧するのは面倒だし、すっぴんのままもあれだし、マスクは手軽ですっぴん隠しに便利だという人もいます。 話を戻します。 世界共通のマナーという話、 「マナーのいい人はどうしているのか?」 これをまず“知ること”が大事だと思います。 知らないことはできないですからね。 まず知ること。 例えば、テーブルマナーでも、まず知る。 こういうことをやるんだと知る。 それを見習ったり、あるいは人に教えてもらったりして学ぶ。 それで自分が身につけられるわけですよね。 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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  • 17 Jun
    • 努力は必ず報われる?

      ブログネタ:努力は必ず報われる? 参加中 私はそうとも限らない派! 以上、ここまでがテンプレ 努力は必ず報われるとは限らない。 理由のひとつは、努力の方向が間違っていたら、いくら努力しても報われないから。 僕は学生時代にスポーツで、努力の方向は本当に大事だなぁと学びました。 バスケットのマイケル・ジョーダンのこんな話もあります。 わかりやすい格言を紹介しておこう。 何事をなすにも、正しい方法と 間違った方法があるという格言だ。 たとえば、毎日8時間シュートの 練習をしたとしよう。 もし、この場合、 間違った技術で練習を続けていたとしたら、 間違った技術でシュートする 名人になるだけだ。 努力は必ず報われるとは限らない。 しかし、やるならなるべく報われる可能性高めたいですよね。 そのためには、努力の向ける方向が重要だと考えています。 僕のブログのテーマで言えば「幸せ」。 幸せになりたいという人が、間違った考え方や価値観でいくら努力しても、幸せになれないって人も見てきました。 「この人本当に努力家だなぁ」って人でも、間違った方向に努力を向けてたら報われないんですね。 よくブログで書いている「ギブ&ギブ」でも、報われる人と報われない人がいます。 何か間違っていたら、いくら努力しても報われないんですね。 努力は必ず報われるとは限らない。 あとは、『努力は必ず報われるとは考えない方がいい』という考え方があるので、 「努力は必ず報われる?」のお題に対しては、「そうとも限らない」に投票しました。 ただ、「努力」とは?「報われる」とは?この言葉の定義によっては、「努力は必ず報われる」と言えることもありえる。 だから、「努力は必ず報われる」という人がいても、その人なりの考え方があって正しいのだろうと思います。 このお題で色んな人の考え方を知るのも面白いと思います。 下記から投票して見れます。 努力は必ず報われる?報われるそうとも限らない 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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  • 15 Jun
    • 自分が原因だと考えられない人は自分が正しいと考えている人

      時事ネタから ↑前回のつづきです。 常に答案用紙が採点されて返ってきてるという話でした。 前回とりあげた、お母さんの話。 「子どもは私の言うことを聞いてくれない。私のことを信頼してくれないんです。」 うまくいってないということは、赤点の答案用紙が返ってきてるようなものです。 じゃあ回答変えたほうがいいですよね。 また同じ回答してたら、また同じ赤点の答案用紙が返ってきちゃいますからね。 しかし、素直に回答変えよう(自分を変えよう)とは納得できないお母さん。 それはどうしてか? 自分が正しいと思っているからです。 自分は正しいから、自分を変えようとは思いもしない。 これは自分以外のせいにする価値観です。 子どものせい。 子どもとの関係がうまくいってないのは、子どもに原因があると考えてるわけです。 「子どもが私のことを信頼して、私の言うことを聞いてくれればうまくいくはずなんです」 子どもが原因と考えている限りは、うまくいきませんよね。 自分の思い通りに人はコントロールはできませんから。 お母さんの考え方を、別の言葉にするとこうなります。 「私はあなたを信頼しないけど、あなたは私を信頼してね」 すごく理不尽な考え方なんです。 子どもにあれやこれや口出すのは信頼してないからですよね。 心配で口出すとか。心配しているということは信頼していないということです。 そういう話をすると、お母さんは、自分が子どもを信頼していなかったんだと、気付いたというお話でした。 いくら自分は正しいと思っていても、答案用紙にバッテンつけられて返って来てるんだから、何か間違ってるんだよね。 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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  • 14 Jun
    • 時事ネタから

      アンタ柴田の元妻はすごい美人?ナイナイ岡村「そうじゃないとこうならない」 珍しく時事ネタから 上記ニュースから、僕はここを注目しました。 「ベッキーとゲス(の極み乙女。)のおかげだよね。逆をいけばいいわけだから」 うまくいかない人の逆をやればいい。そうすればうまくいくよね。 すべてがこう単純に逆をやればうまくいくとは限らないですが。 うまくいかなかったらそれと同じことしない方がいいのはわかりますよね。 ▼人生は常に答案用紙が返ってきている 例えば、実際にあった話から。 「私は子どものためにがんばってる。」 「子どもは私の言うことを聞いてくれない。私のことを信頼してくれないんです。」 お母さん視点の話です。 子どもとの関係がうまくいってない。 これをテストに例えると、お母さんの「考え方ややり方」が答案用紙に書いたお母さんの回答です。 それに対しての結果(現実)「子どもとの関係がうまくいってない」これが返って来た答案用紙です。 うまくいってないなら、テストでは赤ペンでバッテンもらったということ。 ということは、お母さんの「考え方ややり方」が間違ってたと言えるわけです。 こういう話をすると、「私は間違ってません!」と言う人もいます。 もし、あなたの考えが正しいとしたら、うまくいってるはずじゃないですか? うまくいってないってことは、間違ってるということじゃないですか? 目の前の現実は、採点された答案用紙のようなものです。 「私は間違ってない」といって、同じ回答したら、また同じように赤ペンでバッテンつけられて返って来るだけです。 ずっとうまくいってないなら、ずっと同じ間違った回答をしているということです。 例えば、答案用紙にこれが正しいと思って「○」と書いたとします。 答案用紙が返ってきてそれが間違ってたとわかったら、今度は逆の「×」と書けば正解になりますよね。 これが最初の話であったように、逆をすればいいんだよねって話の例えです。 ○×問題なら単純です。 次に算数の問題で「10」と回答したけど、間違ってたとします。 「10」の逆ってなんだ?これはわからないですよね。 こういう問題も人生のテストではあります。 正解がすぐわからないこともあります。 すぐ正解できなくても、まず大事なことは、自分の回答が間違っていたと認識することです。 「10」は間違っていたんだな。それが認識できれば、「10」以外を書くという発想が生まれます。 自分の回答が間違っていたと認識できないと、ずっと「10」を書き続けることになります。 ずっと同じ赤点の回答用紙が返って来ることになるでしょう。 原因と結果。 結果(現実)を変えるには、原因である自分を変えることです。 常に答案用紙が返ってきている それを見て間違っていたとわかったら、自分の回答(考え方やり方)を変えてみる。 ちょこっとつづきます。 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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  • 13 Jun
    • 起きた出来事は中立だから解釈し直せる

      前回のつづきです。 まず、 「あくまでひとつの解釈である」 と考える。 起きた出来事は中立です。 良いも悪いもない、正しいも間違いもない。 それを知ったからといって、本当の意味で、起きた出来事を中立で認知することはできません。 解釈のバイアスから逃れることはできない 自分の解釈があって認知していると自覚することです。 自分が嫌な気分になる出来事、不幸だと思える出来事が起きたとしたら、それはあくまで自分がそういう解釈をしているだけなんだと考えます。 では、他の解釈は出来ないだろうか?考え直してみる、解釈し直してみる。 例えば、ネガティブな解釈をポジティブな解釈に考え直していく。 解釈をし直すというのは、解釈のバイアスをポジティブにするための過程です。 その過程の先には、最初からポジティブな解釈が出来やすくなります。 (脳内ではどういう変化が起きるかはまた別で書きます。脳科学の話) ここで大事なポイントは、 起きた出来事は中立である これを理解することです。 これを理解せずにやろうとするとどうなるのか? 例えば、ネガティブな出来事を無理矢理ポジティブに思い込もうとしたり、ネガティブから目を逸らしたりすることになるでしょう。これは心に不健全な考え方です。 「この嫌な出来事は、どう考えても嫌な出来事だし、この出来事が中立の出来事とは信じられません」 中立なんだと信じようとか思い込もうとする人はいるんですが、信じるのと理解することは違いますよね。 先に書いたように、中立の出来事として認知することは出来ません。 「中立の出来事だと確認できないのに、なぜそれが中立の出来事だと言えるのか?確認できないものは信じるかどうかしかないのではないか?」 確認できなくても理解することは可能です。 例えば、空に浮かぶ白い雲があります。 必ず色眼鏡をかけないと見れないとします。 そうすると、雲の色が何色かは直接見て確認はできません。 黒い色眼鏡をかければ、黒色の雲に見えました。 青い色眼鏡をかければ、青色の雲に見えました。 黄色い色眼鏡をかければ、黄色の雲に見えました。 色眼鏡の色がそのまま雲の色として見えるなら、雲に色はついてない、白い雲だとわかるはずです。 この世界で起きる出来事も同じようなことが言えます。 「ものごとには良いも悪いもない。それを決めるのは当人の考えひとつだ」 ハムレット 第二幕第二場より ある人が嫌な出来事を体験したとします。 同じ出来事を別の人が体験したとき、良い出来事であるという人だっていることもあります。 元々嫌な出来事とか良い出来事など色が付いているわけではなく、自分で色をつけて見ているだけということが言えるわけです。 「いやいや、白い雲は確認しなければわからない、起きた出来事も中立を確認しなければそうだとは言えない」 という人は、論理的思考が苦手な人だと思われます。 AとBを比べたら同じだった A=B BとCを比べたら同じだった B=C であれば、AとCは比べなくても同じだと言える。 A=C これが単純な論理的思考です。 こういう考え方がわからないとか苦手な人は、無理して出来事の解釈を変えようとはしない方がいいかと思います。無理に思い込むとか思考をねじ曲げるようなことをせざるを得ないからです。 「起きた出来事は中立である」と、理解し納得してから、別の解釈を考えてみる、探ってみる。 別の解釈が見つからなくても、探すだけでも意味があります。 別の解釈を考えるとき、脳は前頭前野が働きます。 例えば、嫌な出来事で嫌な気分や怒りなどの感情が出ているときに、前頭前野を働かせることによって、そういった情動の活動は鈍くなります。 そして、新しい脳内ネットワークが構築されていきます。 記事に猫画像貼ろうかと探してたら見つけた猫写真集。 前を向きニャさい!: 猫写真で綴る「ポジティブ」に生きる為の48の秘訣/雨樹一期写真事務所 ¥価格不明 Amazon.co.jp 幸不幸は、財産、地位、あるいは職業などによって決まるものではない。何を幸福と考え、また不幸と考えるか――その考え方が、幸不幸の分かれ目なのである。たとえば、同じところで同じ仕事をしている人が二人いるとする。この二人は、大体同じ財産と地位を持っているにもかかわらず、一方は不幸で他方は幸福だというような場合がよくある。なぜか? 気の持ち方が違うからだ。 人を動かす デール・カーネギー著 今後書きたいことメモ ・論理的思考が出来るようになるためのトレーニングの話 ・ネガティブ脳とポジティブ脳その違い、脳内で何が起きてるのか?脳科学の話 ・論理療法が合う人合わない人、心理カウンセリングを受ける前に知っておきたいこと 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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  • 11 Jun
    • 幸不幸は自分の解釈

      我々は主観の世界に生きている。 主観:その人ひとりのものの見方 客観的な世界ではないとういこと。 つまり、みんな違う世界に生きていると言えます。 心理学では、認知のバイアスや、解釈のバイアスとも言います。 バイアスというのは、偏り、偏見という意味です。 偏見を持って世界を見ている。 解釈のバイアスから逃れることはできないとも言われます。 ありのままの世界を解釈なしで認知することは出来ないということですね。 例えば、 人と待ち合わせをしましたが、相手が約束の時間になってもなかなか来ません。 こういう場合、「私は相手にとって重要な人間ではない」「私は相手に軽く見られている」など、ネガティブに解釈する人もいます。 「電車が遅れてるのかな?」「二度寝したのかな」という解釈する人もいます。 同じ出来事でも、人ぞれぞれ解釈が生まれて、それによって生まれてくる感情も変わってきます。 不安や抑うつなどの症状の人は、ネガティブに解釈する傾向があるのがわかっています。 不安な世界に生きている。 解釈のバアイスはクセです。 思考のクセです。 クセですから、修正することも可能です。 ケンブリッジ大学の認知バイアスを修正する実験があります。 ネガティブに解釈する訓練するグループ、ポジティブに解釈する訓練するグループ。 2つのグループで訓練する実験が行われました。 その結果、その人本来のポジティブネガティブの性質は関係なく、訓練どおりの性質になりました。 本来ネガティブな解釈する人でも、訓練によってポジティブに解釈できるようになるということです。 元々ポジティブかネガティブかは遺伝子で決まっています。 どの遺伝子が作用しているかは特定されています。 ネガティブ遺伝子持っている人が、例えば訓練などによってポジティブに変わったとします。 するとネガティブ遺伝子はOFFになってるんです。ONとOFFのスイッチがあるんです。 現代の科学はそこまでわかってきたんです。面白いですよね。 有名な方では、メンタリストDaiGoさん。遺伝子検査でネガティブ遺伝子があるのがわかったんですが、全然ネガティブな方ではないですね。 自分自身で変えてきた人ですね。 話を戻します。 幸せな人は、幸せな世界に生きている。 不幸せな人は、不幸せな世界に生きている。 言い方を変えると、 幸せな人は、幸せな解釈をして世界を見ている。 不幸せな人は、不幸せな解釈をして世界を見ている。 自分はあまり幸せじゃないなとか、不平不満愚痴が多い人は、自分の解釈のバイアスによってそうなっていると言えます。 不幸な人は自分のせいですよって責める話じゃないですよ。 これも解釈ですよね。 責められてると感じる人は、自分が責められてると解釈して気分悪くなってしまう。 僕が言いたいことは、幸せな世界は自分で創れるということです。 1990年、イングルハートによる分析。(『こころと体の対話 精神免疫学の世界』p.86) 1980年代から幸福感に関する心理学的・精神医学的な研究が盛んになってきた。 ある程度以上裕福な先進諸国においては、個人の経済的裕福さと幸福感との間には関連性が見られなくなる 様々な統計的データによって明らかになったことは、幸福感の基線を決めるのは、環境の客観的な条件ではなく、個々人の内的特徴(「信仰心」や「ものの考え方」など)である、ということである。 幸福はものの考え方や解釈によって決まるということはわかったと。では、具体的にどうすればいいんだ?という話ですよね。 ケンブリッジ大学の認知バイアスを修正する訓練を受けましょうってのは、一般的ではないですよね。 一人で出来ることで、こう考えていくといいですよって話を次回書きます。 僕自身の身近な話で、バイアスの修正が出来た人が何人もいる考え方です。

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  • 21 Apr
    • 他人は変えようとしないためには?

      他人は変えられない、変えられるのは自分だけ。 他人を変えようとしていては、幸せになれない、なんてことも言われます。 変えられない他人に対してイライラさせられると思い不満や愚痴も出るでしょう。 結果、周りからも不満を言われる人間になれます。 「それはわかってますが、つい他人を変えようとしちゃいます(考えちゃいます)」という方もいます。 そう考えずに済む価値観をひとつ。 それは、「自分が正しい、相手が間違っている」。 これを改善していくこと。 「自分が正しい、相手が間違っている」 心理療法では、イラショナル・ビリーフ(非合理的な信念)と言います。 絶対的に正しい、間違っているなんてことはありません。 基準、立場、条件、時代、色々な要素によって、初めて正しいと間違っているという判断が生まれます。 その判断による「正しい」という結果は、あくまでひとつの見方です。 過去の他人との言い争いなど思い出してみるとどうでしょう? きっとあなたが正しかったでしょう。 相手もそう思っていたことでしょう。 だから、言い争いが起こるんです。 「いいえ、私はこれこれこうで、私の方が絶対に正しいんです!」 と思うかもしれませんが、相手は相手で同じような理由や言い分、正しいという証拠や根拠があったりするものです。 自分は正しい、相手も正しい、ということもあります。 「自分が正しい、相手が間違っている」 という考えが出るうちは、どうしても相手を変えたくなります。 間違ってる相手が変わるべきだ! 当然そう思ってしまいます。 ですから、そう思いながら、相手を変えようとしない、というのは非常に難しくなるんですね。 「自分が正しい、相手が間違っている」 これを持ったまま、「相手を変えようとしないようにしよう」、というのは無理があります。 相手を変えようとしない、他人を変えようとしない。 それが難しい、我慢しなきゃいけないとか思う人は、他の原因(非合理な信念など)がある可能性あります。 僕のブログに書いてる話はすべてそうですが、無理したり我慢してやるものではないです。 もし、「これは無理したり我慢しなきゃできないよ」って話があったら、それは別の価値観を変えていく必要があるかと思います。 「自分は正しい、相手が間違っている」と考えてしまいやすい人の価値観が変わるかもしれない話? 過去記事リンク貼っておきます。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 自分も正しいが、相手も正しいとしたら? 自分も正しいが、相手も正しいとしたら?② あくまで自分の見地であると認識する

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  • 18 Apr
    • 人のせいにしないと決めたら最初の選択から変わる

      自分の人生は自分で責任を持つ。何があっても誰かのせいにしない。 本当にそう決めたら、最初の選択から変わってくることもあると思います。 「最初の選択?」 例えば、Aさんに「あそこのパン屋さんでお勧めはアンパンだよ」と、聞いてたとします。 それであなたがパン屋さんに行って何も考えずに、お勧めされるままアンパンを買って食べた。 そしたらあまりおいしくなかった。 「あーお勧めしてくれたAさんのせいにする?なんだーおいしくないじゃんってくらいには思うかもしれませんね(笑)」 まあパンくらいの問題ならAさんを恨むほどじゃないかもしれないですけどね(笑) これは例えであって、もっと大きな問題のときは、恨むほどのことになることもありえます。 誰かのせいにするときは、「あの人がああ言ったから私はそうしたんだ」って不満言ったり、後悔することがあります。 でも、誰に何言われようが、結局決めたのは自分でしょって話です。 それが自己責任の考え方ですよね。 ただ、誰かに言われるままにして、あとから後悔して、それをその人のせいにしないと考えるのは、結構大変だと思うんです。 それは自分で決めてないからです。ある意味他人に決められたのに、他人のせいにせずに自分のせいだと考えるのは無理があるでしょう。 だから、最初から、結局決めるのは自分なんだって自覚すること。 そして、自分で決めることなんだから、誰かのせいに出来ないとしっかり認識すること。 これが大事だと思います。 「最初から自己責任と自覚しておくんですね。」 アンパンの話で言えば、あくまでAさんの提案であって、その通りするかどうかは自分に選択の自由があります。 そのパンを食べて、もしまずかったという嫌な結果を受け取ってしまうのは、自分ですからね。 困るのはAさんじゃなくて自分なんですよね。 結局、その選択の結果は自分が受け取ることになる。 「もしまずかったら、Aさんがお金払ってあげるとか責任取ってくれるわけじゃないですもんね。自分の責任を放棄しない。自分の幸せを放棄しないってことですね。」 そうです。 最初から誰かのせいにしないと考えていれば、パン屋さんに行って、自分でちゃんと考えるはずです。 Aさんに言われるがままに何も考えず買うことはないはずです。 Aさんの提案、アドバイスも参考にして、自分で決める。 「Aさんのせいに出来ないと考えたらそうなりますね。たしかに最初の選択は変わってくるかもしれません。最初から結局自分で決めるんだって考えてたら、誰かのせいに出来なくなりますね。 誰かのせいにしないようにするんじゃなくて、誰かのせいに出来なくなるってのが少しわかってきました。」 そういうことです。 人のせいにしない考え方価値観は、人のせいにしないように我慢するとか、自分のせいだと無理して思い込むとか、そういうことではないんですね。 話を戻すと、『すべては自分が引き起こした結果』という捉え方をしていれば、誰かのせいに出来なくなるんです。 人のせいにするのが難しくなります。 「どうしてもそこは納得出来ませんが・・・・。すべては自分が引き起こした結果とは考えるのは難しいです。」 これは、思い込むとか信じるとか、そういう次元の話ではなくて、理解の問題ですから、これから説明していきます。 つづきます。 このシリーズは下記テーマになってます。 テーマ「責任転嫁しない」

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  • 05 Apr
    • あの嫌な人と会わないといけないときは?

      ~しなくちゃいけないという思い込み 上記の続きです。 「今日あの嫌な人と会わないといけないから嫌だなぁ」 「どうしても会わなくちゃいけないんです」 ってときはどうすればいいのか? アドラー心理学的な考え方で言えば、過去は関係ない どうしてその人と会うのが嫌なんですか? 過去が原因のはずです。 過去に、嫌なこと言われたとか、嫌なことされたとか。 過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」にはなんの関係もない。 その嫌な人とは、「今日始めて会うんだ」と思って会う。 過去に嫌なことを言われた、嫌なことをされたとしても、今日も同じことを言う、やるとは限らない。 そう思ってみると、別の見え方が出来るようになってきます。 過去にこだわっていると、バイアスがかかって見えるんですね。 同じ言動でも、嫌な人だと思ってる人の言動は、悪い方向に受け取りやすくなります。 それでますます嫌になるわけです。 例えば、褒められたとします。 嫌な人に褒められたらどうでしょう?嫌な人が素直に褒めるわけないと考えるかもしれません。嫌味言われたと受け取るかもしれません。 相手の真意はわかりませんが、嫌な気分になる受け取り方をしやすくなるでしょう。 そういう気分で相手に接すれば、相手に対して好意的な接し方も難しくなります。 「嫌なこと言われた人に対して好意的に接するなんて無理!」 と思われるかもしれませんが、嫌なこと言われたというのは受け取り方の問題ですからね。 相手の問題ではなく自分の問題です。 この人は過去にこういうことがあったから、きっとどうせ嫌味だろうとか考えない。 始めて会う人で、素直に褒めてくれたとまっすぐ受け取る。 そうすれば、いい気分になり、相手に対しても好意的な接し方ができやすい。 それで相手の反応も変わるかもしれません。もちろん変わらないかもしれない。 しかし、悪い受け取り方をしていて、相手からいい反応が返ってくるのは難しいでしょう。 なんでも好意的に受け取った方が得。 どうせ相手の心なんてわかりようがないんです。 自分の心が健全に保たれる受け取り方や解釈が大事です。 相手の本心とかどうでもいい。 だから、相手の問題じゃなくて自分の問題。 どういう未来にするかは自分で創れる。 自分の問題、自分次第だから、相手は関係ない。 厳しいことを言われたとしても、「私の為に言ってくれたんだ」と受け取れば、自分の成長にもなるかもしれないし、相手に対して好意的に接することが出来るでしょう。 そうした方が相手からもいい反応が返ってくる確率は上がります。 結局自分の為です。 あとは、思考の順序の話。 まず相手のことを考える。 なんでそういうこと言うんだろう?なんでそういうことするんだろう? 嫌な人の嫌な言動を理解しようとする。 脳の前頭前野を使う。これが非常に重要です。 嫌なこと言われた、嫌なことされた、と言うことが多い人は、自分のことしか考えてない場合が多いです。 自分のことを考えてはいけないということではなくて、順序が大事です。 まず相手のことを考える、それから自分のことを考える。 まず相手のことを考える方が、相手に対しての評価が上がるんです。 以前も書きましたが、20%以上評価が上がるという調査結果もあります。 嫌なこと言われて、「酷い!」って反射的に頭に浮かんだり、それを口にしてしまう人は、まず自分のことを考えている思考のクセになっていると思われます。 まず相手のことを考える、というのを意識していけば、思考の順序は変えていけます。 クセなので、直せるものです。 思考の順序を訓練していけば、嫌な気分になることは相当減っていきます。 ☆このブログ記事の紹介などは、事前に連絡頂かなくても大丈夫です★ ★紹介の際、リンク貼っていただけると嬉しいです☆ 多くの人に役立てるようにランキング参加しています。 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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  • 30 Mar
    • ~しなくちゃいけないという思い込み

      「今日あの嫌な人と会わないといけないから嫌だなぁ」ってことありますか? そういう人は会わない方がいいですね。 無理して会わない、嫌な人に無理して合わせない、断る勇気、嫌われる勇気。 嫌われてもいいじゃない、嫌な人なんだから。 と、言っても、「どうしても会わなくちゃいけないんです」と言う人もいるでしょう。 正確には「会わなくちゃいけない=会わなくちゃいけないと思い込んでいる」なんです。 思い込み、信念。 心理療法では、イラショナル・ビリーフ(非合理な信念)と言います。 ~しなくちゃいけない、~ねばならない、~すべきである これは苦しくなってしまう思考です。 そういう思考があったら、まず言葉を変えていく方法があります。 例えば、 「どうしても会わなくちゃいけない」って頭に浮かんだら、 「どうしても会わなくちゃいけないと思い込んでいる」 こう言い換えると何か気付くことが出てくるかもしれません。 ~しなくちゃいけない、~ねばならない、~すべきである ~しなくちゃいけないと思い込んでいるんだ、~ねばならないと思い込んでいるんだ、~すべきであると思い込んでいるんだ。 そう言葉を変えると、頭が働きます。 え?思い込み?じゃあなんだろう? 「いやいや、私のは思い込みじゃありません!」って反論したくなる人もいるかもしれませんが、強い思い込み、信念ですから、当然、本人の認知では真実にしか見えないものです。 どうしてもこれは真実なんだと思っていたとしても、もしこれが思い込みだとしたらどうだろう?ってちょっとでも疑問を頭に投げかけておく。そうすると潜在意識が働いてくれるので、答えを拾ってきてくれるかもしれません。 それで、「あっ思い込みだったんだ」ってなったらラッキーですよねってくらいでもいいですよね。 思い込みだったんだと気付けば楽になれることもあります。 それでも、多くの人は、 「今日あの嫌な人と会わないといけないから嫌だなぁ」 「どうしても会わなくちゃいけないんです」 って場面はあると思います。 そういうときはどうすればいいのか? 「その嫌な人がいなくなればいい、あの嫌な人がこうしてくれればいい、ああしてくれればい」って考えが浮かぶとしたら、それは相手を変えようとする考え方ですよね。 いつもブログで書いてることですが、他人は変えられない、変えられるのは自分だけ、です。 次回は、具体的にこう考えるといいんじゃないかなって話をします。 ☆このブログ記事の紹介などは、事前に連絡頂かなくても大丈夫です★ ★紹介の際、リンク貼っていただけると嬉しいです☆ 多くの人に役立てるようにランキング参加しています。 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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  • 27 Mar
    • 自分の幸せは自分で責任を持つ

      誰のせいかは捉え方次第 ↑こちらのつづきです。 「そうです。友達が遅刻したのは事実です。そのせいで私は待たされたんです。友達のせいというのは事実です。」 友達が遅刻してあなたが待ったのは事実でしょうが、それを友達のせいと考えたのは、あなたがそういう捉え方をしているだけです。 ですから、あなたの捉え方次第で、誰のせいかは変わります。 「んー、よくわかりません。」 誰のせい、誰の責任かは捉え方によって変わる。 これを別の例え話で説明しましょう。 あなたは会社で、あるプロジェクトのリーダーを任されたとします。 Aさん、Bさん、Cさんと一緒にチームを組みます。あなたがリーダーで指揮を取ります。 仕事を進めて行くと、Bさんが大きな失敗をしてしまいました。その結果プロジェクトも成功しませんでした。 さて、プロジェクトが成功しなかったのは誰のせいですか? 「それはBさんでしょう。Bさんが失敗したせいで成功しなかったんですよね。」 Bさんが失敗したのは事実です。しかし、Bさんのせいだというのはあなたの捉え方です。 リーダーであるあなたのせいという捉え方もできます。 リーダーの指示で仕事をやってたわけですから、指示していたリーダーの責任ということもできます。 捉え方によって、誰のせいか、誰の責任かは変わります。 「言われてみるとそうですね。組織だったら上司やリーダーが責任を取るのは当たり前の話でした。」 組織だったらそうだってこともあるんですが、言いたいことは、誰のせいとか、誰の責任というのは、捉え方によって変わるということ。 「誰かのせいだ!」というのは、捉え方の一つに過ぎない。絶対的なものではない。 組織ではリーダーが責任を取る、最終的には経営者・社長が責任を取るとか、社会的な常識とか基準によって決まるようなこともあります。 「一社員の不祥事で社長が謝罪会見とかしますもんね。」 そうです。社長が「この件は社員のせいで起きた不祥事ですから、私のせいではありません」なんて言ったら、責任放棄してると言えるでしょう。 社長が責任を持って、今後そのようなことが起こらないように、責任を持って改善していこうとしますよね。 何があっても100%自分の責任という考え方は、自分の幸せに責任を持つということでもあります。 誰かのせいにするってことは、自分の幸せを放棄するってことになるんです。 自分に起きた不幸を前にして、『これは私の責任ではありません』と両手を上げて責任を放棄すること。 それは、自分の不幸に対して無力になります。 社長だったら、『社員の不祥事は私の責任ではありません』と両手を上げて責任放棄してて結局会社が潰れました。それでも『会社が潰れたのは社員のせいです』と不満や文句を言ったり、恨んだりする人生も自由ですが、それって幸せじゃないですよね。 責任を持とうが持つまいが、結局自分が引き受けることになるんですよ。 「これは私のせいじゃありません、私に責任ありません」というのは、私は自分の幸せを放棄して無力になりますって言ってるのと同じことです。 不幸をそのまま受け取ります、これからも受け取り続けます、ということにもなる。 「話の最初にあった、自分が幸せになる考え方ということですね。 幸せになるために、誰かのせいにしない。 『人のせいで起きたことなら、人のせいじゃないですか。なんで反省しないといけないの?』 というのも別の見え方がしてきました。 『人のせいで起きたこと』というのは一つの捉え方をしているだけで、絶対的なものではないということなんですね。 だから、それを自分のせい、自分の責任だと捉えて反省することは可能だということですよね?」 そういうことです。 自分の人生で起きたこと、自分のことなのに、その責任を放棄する、知らん顔してても、他者はあなたを幸せにしてくれません。 いくら誰かのせいにしても、その人はあなたを幸せにしようとは考えてないでしょう。 アドラー心理学で言えば、「他者はあなたの期待を満たすために生きていない」のですから。 そしたら、自分がなんとかするしかないという結論になるはずです。 自分の人生をより良くしていくためには、自分が責任を持って何とかしていくことです。 この話を最初から読む? 下記から一覧表示されます。 テーマ「責任転嫁しない」 フレッド・ラスキン(スタンフォード大学臨床科学研究員) 誰かを恨むこと、責任転嫁とは、自分の幸福に責任を持たないということの表明です。 責任を持てない自分の代わりに、誰か他の人に権限や責任を譲ってしまうことです。 短期的には有効な対処法でしょう。 例えば、自動車事故にあった直後に、「相手のせいだ、相手が悪い」というのは、有効なわけです。 責任転嫁の問題は、それがどれだけ続くか、ということです。 長期的に有効な他の対処法と同様、責任転嫁も交感神経を刺激し、肉体を消耗させます。 また感情的な経験に関係した心の習慣が出来てしまいます。 恨みはやがて怒りとなり、私たちの視野は狭くなり、怒りの対象への恐れや、無力感を抱くようになります。 怒りの対象を思い出すと、怒りや恨みが呼び起こされ、対象となる人や出来事を、そうした感情抜きには見られなくなってしまいます。 【アドラー心理学入門 KKベストセラーズ 岸見一郎著】 自分の生き方として見るとき、アドラー心理学は非常に厳しいものであるといわなければなりません。 昔も今もすべては自分に責任があるというような考え方は容易に受け入れられてこなかったのではないか、と思います。 自分の人生は他の誰も代わってくれませんし、うまくいかないときも自分に代わって問題を解決してもらえるわけでもなく、うまくいかないことの責めを自分以外の外的なもの、あるいは過去の出来事、才能、そういったものに帰することを断固拒否するのです。 自分には何もする余地がないとすれば不幸(あるいは、不幸だと思える事態)を前にしてただ手をこまねいて待っているしか私たちには残されていないことになります。 そうではなく自分が人生を創っているのであって、自分がこの人生の主人公であることを知ったとき、人は自分が動くしかないことを学ぶことになります。 ☆このブログ記事の紹介などは、事前に連絡頂かなくても大丈夫です★ ★紹介の際、リンク貼っていただけると嬉しいです☆ 多くの人に役立てるようにランキング参加しています。 1日1クリックして頂けると嬉しいです♪ いつもクリックありがとうございます! にほんブログ村 人気ブログランキングへ

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  • 26 Mar
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幸せ、健康、心理学などに興味あります。 尊敬する心理学者は、心理学の三大巨頭のひとりアルフレッ...

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マスターの教え


自分はすべてを知っていると思っている人は何も学びません。

問題に抵抗を持ってのぞむ者も、ほとんど何も学びません。

そういう人にあまり希望はありません。

しかし、何ごとにも心を開いて取り組み、自分の成長と安らぎと幸せになることを喜んで学ぼうとする人は、賢い人です。


私の言うことを、全面的に信じなさい、とは言いません。

それではあなたの思想の自由を侵害することになるからです。

しかし、私の言うことを疑ったり、抵抗したりしないようにしてほしいと思います。と言いますのは、そうすることによって、あなたが求めている助けが得られなくなるからです。あなたにとって、最高にためになる態度は次のようなものです。


「私はこれらの教えに対し、心を開き、中立的な姿勢で、自分が得られるものは全部吸収しよう。
そして、今現在、私に理解できない事実や、信じられない考え方や、主張があっても、そうだからといって、それが正しくないとは言えない」
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