子母澤寛 『新選組始末記』 (中公文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 1977年3月初版発行、1996年12月改版発行の中公文庫。解説によると。そもそもの単行本は昭和3(1928)年8月万里閣書房刊とあるから、すでに90年余が経過していることになる。いまもなお版を重ねているのは、それだけ資料価値が高いからだろうか。それとも、読物として純粋に面白いからだろうか。自分がこの本を読むのは三度目のはずだが、思わず夢中になって読み進めてしまった。

 新選組の生い立ちから、近藤勇・土方歳三の死までを、関係者からの談話聞き取りや、残存する手紙などの採録により、ルポルタージュ風に纏めた作品と言えようか。一部に著者の創作が混入しているのではないかと疑義が出たこともあるようだが、大半は収集した史料の紹介であって、虚構とは思えない内容だと思う。もちろん、近藤や土方の遺族や、新選組の生き残りである永倉新八、あるいは途中で分派した御陵衛士の生存者である篠原泰之進などが語り残したなかにも、記憶間違いはあったやも知れず、この本に新選組の真実が凝縮しているとまでは言えないのかも知れないが、やはり、新選組を知りたい人には必読の書であろう。(司馬遼太郎も、新選組の小説化に際しては、この本の活用を著者に申し出て、快諾を得たと、どこかで読んだ記憶がある。)

 正直に言えば、前2回は、近藤勇の手紙など、漢字ばかりの史料を読み飛ばしたこともあったので、今回はなるべく丹念に読み解くことを心がけた。漢字ばかりとはいえ、漢文ではないので、一部に返り点を置くだけで、大半は理解可能であった。そして、その中から、お金の無心や、家族を気遣う言葉が滲んできて、生身の近藤勇が立ち現われてくるような臨場感を得た。新選組の京都における事績はどうしても殺伐としているので、そうした史料をじっくり読むことは、一種の潤いともなるわけで、この作品の印象をより豊かなものにしているようにも感じる。

 これも解説の受け売りになるが、著者の祖父は彰義隊崩れであり、著者の内部には、維新の動乱を藩閥政府から見ることに不満があって、維新史を捉え直してみたいという欲求があったのではないかということだ。実際、この本が生まれなかったら、勝てば官軍の歴史観のなかで、新選組も埋もれてしまったのかもしれないのである。

 「新選組は歴史の変転の中にむなしく潰え去ったグループにすぎない。そこに加わった人々は、それなりに志をたて、夢を抱き、必死の思いで白刃のもとをかいくぐたが、歴史の非情さは彼らの夢や志をふみにじってしまった。子母澤寛はその真実の姿を掘り起こし、再評価することによって、隊士たちの鎮魂と権利請求を願ったのではなかったか。」 

 長い引用になったが、尾崎秀樹氏の解説は当を得ていて、鋭いと思う。

 中公文庫からは、新選組三部作として、他に、『新選組遺聞』、『新選組物語』も出ている。引き続きそれらも読んでみたくなった。

   2015年1月27日  読了