1992年8月発行の新潮文庫。
丸谷才一のエッセイ集には、雑誌なり新聞なりに定期連載したものを一冊にまとめたものが多いと思うのだが、この『男ごころ』は、あちこちで少しずつ発表した短文を集めたもののようで、テーマとしては、何となく寄せ鍋風である。試みに目次を開いてみても、
Ⅰ 男ごころ
Ⅱ 外食評論
Ⅲ かなり文学的
Ⅳ 寝言だって日本語
Ⅴ どの部屋にも本
Ⅵ これはおまけです
となっていて、ⅢとⅣについては、収録作のページを明示してあるけれど、他はあまりに短文であるせいか、タイトルを羅列してあるに過ぎない。かなり異例の構成だと思う。
とは言え、そこは丸谷才一であるから、どの一編も、我々の知的好奇心をくすぐり、それをユーモアたっぷりに語ってゆくので、すなわち、ためになって面白い。こういうネタを仕入れておいて、例えば酒席などで披露できたら、どんなに愉快だろうと想像する。残念ながら、せっかくのネタもすぐに忘れてしまうし、酒とともに知的会話を楽しむような友人知己に恵まれてもいないけれど。
なかでも、つい笑い転げてしまったのは、『かなり文学的』の中に収録されている『じっと絵を見る』であった。山藤章二氏との対話に始まり、似顔絵を描かれる方の反応に話が及んでゆく。周知のように、同氏の似顔絵は本人の特徴を実によく捉えているし、やや毒気も加味されているように見えるので、描かれた当人としては、冗談だと笑って済ますこともできないようである。描かれる立場の丸谷才一とのギャップが、機微溢れる掛合いとなっていて、どうにも笑えてしまう。
余談になるが、予想通り丸谷才一の個人全集が文藝春秋から刊行となり、書店でその現物と全容を確認してみたものの、やはり自分が愛するこうした雑文類の収録は少ないようで、残念な気がした。もちろん小説家・評論家としての顔が表であろうけれど、著者は雑文家・エッセイストとしても類まれな才能を発揮し、全力で傾注していたとも思う。それらが全集から洩れて、やがて散逸してゆくとしたら、あまりにも惜しいことだと思うのだ。
おかげさまで、わが家には相当数の文庫本が残っているので、折に触れて楽しみたいと思う。
2014年1月12日 読了