有川浩 『レインツリーの国』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 2009年7月発行の新潮文庫。

 有川浩はいま旬の作家であるらしく、読書ブログを閲覧していても、実に多くの方が彼女の作品を紹介しておいでである。だが、正直に言えば、自分の嗜好とは合わない作家であろうと勝手に思いこんでいて、読んでみようとは思わなかった。電撃小説大賞受賞作『塩の街』でデビューと言われても、電撃小説なるものには全く興味が湧かないのである。

 自分が有川浩の作品を読んだのは、『Story Seller (新潮文庫) 』というアンソロジー所収の『ストーリーセラー』が最初であった。これが意外に(と言っては失礼だが)よくできた中編で、後半部分ではホロリと泣かされたりもして、ちょっと注目したのである。だが、続く『Story Seller〈2〉 』に収録の『ヒトモドキ』については、描かれている人物がグロテスクで、こんな小説は読みたくないという内容であった。で、迷った末に選んでみたのが、新潮文庫。かねがね文芸出版ではやはり新潮社が秀でていると思うし、それは同社が優れた編集者を多く抱えているからであろうと思っているからだ。

 ところで、著者の「あとがき」よると、この『レインツリーの国』は『図書館戦争』シリーズの2作目『図書館内乱』と一部リンクしているということである。と言っても、自分は『図書館戦争』シリーズを読んでいないし、おそらくこれからも読まないと思うので、『レインツリーの国』を独立した一つの作品として読むより他になかったのだけれど。

 タイトルの『レインツリーの国』とは、「ひとみ」という女性が管理するブログのタイトル名である。関西の大学を卒業し、上京して入社3年目の向坂伸行が、パソコン購入を機会に、中学の頃に読んだライトノベルのタイトルを検索し、このブログに到達し、やがてメールの交換が始まり、それが恋愛に発展してゆくという物語なのだ。仮想空間とリアルとが交錯してゆくという、言ってみれば、それだけの話なのである。

 ただ、「ひとみ」には聴覚障害があり、それがコミュニケーションを妨げる部分があって、二人の恋愛はスムーズには進まない。著者はこの聴覚障害については相当に取材を重ねたようで、その一点に関しては非常にシリアスな記述となっている。しかし、小説のテーマはあくまで恋愛であろうと思うし、当初はハンドルネームだけでデートを開始した二人が、ぶつかったり、傷つけあったりしながら、それでも愛を確認して、リアルでの関係へと発展してゆくというストーリーは、それなりに読者をひきつけてゆく。

 しかし、自分にはどうしても物足りなさが抜けなかった。一つは、会話だけでなく、メールにまで使用される伸行の関西弁のせいであっただろうか? どうしても文章が雑な感じになってしまうのだ。それとも、この作品そのものがライトノベル=軽い小説の手法で描かれていて、肌に合わないということだったのだろうか? 小説といものが、軽くスラスラと読めればそれでいいとは、自分は全然思わないのである。

 若い人に愛される作品が我々年輩者の好みとは分かれるとしても、それは止むを得ないことであろう。新聞紙上で『阪急電車 』の書評が好意的であったように記憶しているので、それが文庫化されるまで、著者の作品からは遠ざかっていようと思う。

  2010年3月30日  読了