佐江衆一 『士魂商才ー五代友厚』 (講談社文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

還暦過ぎの文庫三昧

 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。


 2009年10月発行の講談社文庫。薩摩藩の出身で、維新後大阪商工会議所の初代会頭となった五代友厚の生涯を描いた歴史小説である。

 佐江衆一という作家は、『黄落 』などの老境を描いた現代小説があり、『江戸職人綺譚 』などの職人気質と人情を絡めた時代小説があり、自分はそれぞれに愛着を抱いているのだが、今度のこの作品は史実に沿った正統の歴史小説となっていて、幅の広さを感じさせる。プロの小説家というイメージがする。この作品では、丹念に史実を積み重ねるという吉村昭的な手法を採用し、豊かな想像力でケレン味たっぷりに描く司馬遼太郎的な方法は排除しているようだ。

 先に五代友厚の生涯と書いたが、どうしても幕末動乱期が中心となり、維新後は軽く流す感じとなるので、半生記と言ったほうが正確かも知れない。それにしても、幕末から維新にかけて人材が輩出した薩摩藩にあって、五代才助(のちの友厚)は異色の経歴である。西郷隆盛や大久保利通と同時代人でありながら、彼は討幕運動に一切関わっていないし、明治政府の官に籍を置いたこともなかった。才助は長崎伝習所で蒸気船の操船技術を学ぶうちに経済に目覚め、殖産や貿易での立国の重要性を認識し、広く世界へ雄飛していったのである。 

 彼は薩英戦争でみずから捕虜になり、逃亡生活を送った後、国禁を犯して薩摩藩英国留学性をひきいて渡欧した。ベルギーとの合弁商社設立を企画し、パリの万国博覧会には薩摩藩として出展している。幕末の血なまぐさい戦乱の最中であるはずなのに、一方でこういう活躍をしていた日本人がいたことに、快哉を叫ばずにはいられない。琉球交易で巨利を得ていたとしても、才助を支える薩摩藩の経済力は桁はずれであるし、もう一つは、これを許可推進したのが島津久光であることで、自分はともすれば斉彬が開明的で英明な藩主であったのに対し、久光は保守固陋であったと思いがちであったけれど、久光も海外から吸収するにやぶさかではなかったわけで、認識を改める必要がありそうである。

 才助の半生を辿ることは、通常描かれるものとはおよそ異質の維新史を見るごとくだ。とは言え、同藩の大久保利通は当然のことながら、勝海舟、高杉晋作、坂本竜馬などとの交流も描かれていて、彼はまぎれもなくこの時代の人であった。彼は攘夷運動の愚かしさを熟知していた人物であり、むしろ、政治的には疎外されていたことが、幸運であったのかも知れない。そして、維新後は経済通として重きをなしてゆくのである。

 自分としては、グラバーやモンブラン伯爵など、アクの強い政商と渡り合う才助が特に痛快であった。ベルギーやパリでの行動も堂々としている。万国博など、幕府はすっかり後手を引いての出展で、ここでも薩摩藩の進取の気概がよく窺えて、面白い。

 五代友厚の名はこの作品で初めて知ったのだが、彼の伝記がそのまま幕末史の側面を知ることに結びつき、とても有意義な読書であった。

  2009年12月6日  読了