丸谷才一 『猫のつもりが虎』 (文春文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。


 2009年7月発行の文春文庫。 主に「JAPAN AVENUE」という特定の読者に無料で配布された雑誌に掲載されたエッセイを集めたものである。同誌は「信木三郎さんの会社から出ていた」と注記にあるけれど、残念ながら自分にはどういう会社なのかわからない。ネット検索で同名の翻訳者がヒットしたが、関係があるのだろうか?
 わずか150ページほどの文庫本であるが、非常に贅沢な作りとなっている。何が贅沢かと言えば、和田誠氏のカラー挿画がふんだんに使われているからだ。まず各編のタイトルが画伯の絵で表示され、本文中にももう一枚挿入される。17編のエッセイ集であるから、計34枚の絵がすべてカラー印刷されているというわけだ。丸谷才一のエッセイ集に和田誠の絵が添えられるのはいつものことであるけれど、今回に限って言えば、エッセイよりも挿画が主役であると言いたいほどである。
 実際、エッセイそのものは、紙数の都合もあってか、本来の丸谷才一のものよりは軽いようだ。いつもならば、一つのことから次々と連想が湧き、本職の英米文学はもちろん、わが国の古典や、あるいはジャンルを越えた書物からも引用を試み、我々を知的興奮に導いてくれながら、ユーモアも忘れないという、縦横無尽のペン捌きを堪能できるのだが、今回は何度も話題を転調するほどの余裕もなく、軽妙洒脱に徹しようとしているようなのである。だが、軽いからすなわち手抜きであるとは言えないのであって、むしろ非凡な着眼が凝縮して惜しみなく披露展開されているから、肩肘張らずに楽しむことができる。相撲の話から、原稿を受取った編集者が作家にかける言葉へと移ってゆく『四十八手』など、誰が読んでも、思わずニヤリと笑ってしまうのではないだろうか。
 そしてそこに、本文を受けて描かれた和田誠のカラー画が挿入されているのだ。丸谷才一らしい人物が描かれたり、あるいは歴史上の著名人をイラスト化したりしつつ、画家の発想もまた自在なのである。ときには、和田誠が何故この絵を描いたのかと、その理由を確かめたくてもう一度エッセイに戻ったりして、「ああなるほど」と一人で悦に入ることになる。これがまた実に楽しいのだ。文章と絵画との相乗効果がこれほど贅沢に満喫できる例を自分はあまり知らない。
 文字も大きいので、すぐ読めてしまう本だが、急いでページをめくるのではなくて、一編一編の絵と文をゆっくり反芻しながら味わうのがふさわしい。
  2009年8月22日  読了