篠田節子 『ロズウェルなんか知らない』 (講談社文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 2008年7月発行の講談社文庫。自分には、ある作家が気に入ると、集中的に読みたい傾向があって、最近では、松井今朝子と、この篠田節子に嵌っているところである。

 前回読んだ角田光代は、女性を意識した作風であって、女性の気持ちを代弁しているような部分があるのではないかと思うのだが、同じ女流の直木賞作家であっても、篠田節子は根っからのストーリーテラーであるらしく、男も女も関係なしに、物語をぐいぐいと引っ張ってゆくという意味で、その資質には大きな差異があるようだ。作品を読むのは、『女たちのジハード 』『聖域 』に続いて3作目であるけれど、1作ごとに全く別の物語世界が構築されていることも特異的であって、ほぼ同一の視点から書き進めている角田光代とは対照的である。もちろんこれは良い悪いの問題ではないし、好き嫌いの問題でもないのかも知れない。読者としては、多様な作家の存在を喜んでいればそれでいいと思う。

 この作品は、過疎の町の観光振興をテーマとした作品である。タイトルにあるロズウェルとは、アメリカ・ニューメキシコ州の小さな町で、1947年に宇宙船が墜落したとして世界的に有名になったところであるが、この物語に登場する主人公たちは、文字通りそのことを知らぬままに、「日本の四次元地帯」としてわが町・駒木野を売り出そうとしてゆくのだ。その奮闘ぶりが面白おかしく、なおかつ切なく美しくて、独特の雰囲気を湛えた作品に仕上がっているのがうれしい。

 駒木野は最寄りの鉄道駅から車で一時間はかかるという東北の辺鄙な町だ。温泉もなく、およそ観光資源と呼べそうなものは何もない。以前はスキー場があり、併設して遊園地もあったが、撤退後は廃墟として残されたままだ。旅館や民宿は、ダム工事などの作業員の飯場代わりに安い値段で部屋と食事を提供して息をつないでいる状態である。

 過疎であるだけに、星空には恵まれていて、ときどき若者が来ては、夜空を眺めている。彼らはUFOとの遭遇も期待しているようで、ネットには駒木野の情報も溢れている。そして、そこに注目したのが、旅館「きぬたや」の太田靖男以下のメンバーたちである。彼らは駒木野をUFOに会える町として売り出そうとするのだ。

 彼らは手作りで遊園地を改造したり、ストーンサークルらしきものをスキー場跡に並べたりして、キャンペーンを打つ。役場の手を借りれば、国から補助金が来るかも知れないが、どこにでもある箱物を作って終ってしまって、効果がない。彼らはあくまで自分たちだけで行動を起こすのだ。

 最初のキャンペーンは失敗に終ったが、人気のロック歌手が賛同してくれたこともあり、駒木野は不思議ゾーンとして脚光を集め、次第に観光客が集まるようになる。しかし、そうなると今度は、マスコミがネガティブな報道を始める。なにしろ、何もないところに、子供だましのような施設があるだけなのだ。だが、パッシングが駒木野の知名度を上げたことも事実で、過疎の町に賑わいが戻ってくるのである。

 何といっても、若者たちの奮闘ぶりが面白い。身勝手な観光客に振り回され、頭の固い年寄りの民宿経営者や融通の効かない役場職員の白眼視を受けつつも、彼らはとにかく突き進んでゆくのだ。挫折や悩みも含まれているけれど、彼らにすれば、何もしなければやがて町は消滅してしまうという危機感で一杯なのである。

 駒木野が偽物だというならば、どこぞのテーマパークだって偽物ではないかと、著者の皮肉な眼差しも潜んでいるようで、観光地のありようも考えさせられる作品ともなっている。ユニークな着眼による痛快な長編作品であった。

  2009年6月23日  読了