久間十義 『刑事たちの夏(上)』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 2009年2月発行の新潮文庫新刊。とは言え、単行本初出は1998年7月、2000年に幻冬舎文庫に収録されたものの再文庫化ということであり、大蔵省の名が登場するあたり、時代を感じないでもない。今月の新潮文庫は警察小説に注力していて、その一環ということのようだ。なお、自分が久間十義という作家に接するのは、この作品が初めてである。

 プロローグは、大蔵省のキャリア官僚が高層ホテルの一室から墜落死するシーンである。以下、目次を見ると、七月九日(水)から十四日(月)までの日付が章立てとなっている。ちなみに下巻は十五日(火)~十九日(土)となっており、最後に短いエピローグが続いている。この作品は、真夏の10日間ほどを時間軸に沿って描き、さながら群像劇と呼びたいほど多彩な人物がめまぐるしく登場し、巨悪を摘発しようとする正義感溢れる刑事たちと、権力の中枢で利権を維持したい高級官僚や警察中枢部との闘いを、テンポよく、しかも濃密度に追い続けてゆくのである。

 死亡したキャリア官僚の白鳥靖男は、灰色高官として有名な人物で、北海道富産別町のリゾート開発に纏わる詐欺事件や、それに関連した明和銀行の巨額不正融資事件など、大蔵省の疑惑といえば必ず名前が上がる人物であった。果たしてその死は自殺なのか他殺なのか? 淀橋署に緊急招集され捜査一課強行犯六係・松浦洋右は、他殺の状況証拠を得るが、その直後、上層部からの圧力があったらしく、白鳥の死は自殺と断定され、捜査は中止となってしまう。

 偶然にも白鳥が死の直前に残した2通の手紙を手にした洋右は、毎朝新聞にリークし、自らも単独捜査を進めてゆく。白鳥は自分が拘わった不正についてメモを残しており、それさえ入手できれば、政官財を巻き込んだ巨悪を正すことができるかも知れない。学生時代からの友人である女性検事・古沢美由紀が彼の協力者だ。洋右は白鳥殺害の容疑者を佐々岡と特定するに至るが、すでに佐々岡は逃亡してしまっていた。その佐々岡も富産別町の利権で活躍した前歴を持つ男である。美由紀は、佐々岡の身柄を確保するため淀橋暑の刑事を北海道に派遣する一方、札幌の元刑事・大和田に協力を依頼するが、一足違いで、佐々岡は何者かに殺害されてしまう。

 一方、階級社会の警察で、上司の指示に背いて捜査を続ける洋右には、尾行がつき、徹底的な監視下に置かれてしまう。どうやら警視総監までもが背後で暗躍しているらしく、その意を受けた上司の羽田管理官はあの手この手で洋右を排除しようとするのだ。

 とにかく、登場人物が多岐に渡り、ここでは整理しきれないほどであるし、洋右らの活動に比べて、それを阻止しようとする勢力のほうが圧倒的に強大である。明和銀行の不正融資では、大蔵省、警察、銀行の三者で隠蔽工作をしたフシがあるし、上層部は公安をも自由に操ることができるのだ。洋右や美由紀は、この困難な闘いに勝ち残ることができるのか、全く予断を許さないのである。淀橋署の赤松刑事が内偵しているゲーム賭博業者と警察との癒着問題が突破口になるような気もするが、それも下巻を読んでみなければ分からない。

 よく練られた作品であり、複雑に錯綜する展開はとても興味をそそるのである。こうなれば、早く物語の着地点へ到達したいものだ。急いで下巻に取り掛かることにしたい。

  2009年2月18日  読了