結城昌治 『魚たちと眠れ』 (光文社文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 光文社文庫の10月新刊。このところ同文庫から刊行されている「結城昌治コレクション」の4作目である。

 この作品は、「週刊文春」連載が1971年9月~72年5月、単行本初出が72年7月で、その後、77年7月には角川文庫にも収録された。自分は結城作品の大半をリアルタイムで読んでいて、このコレクションも再読の楽しみを求めてきたのだが、どうやらこの作品は読み逃していたらしく、今回が初読であった。好きな作家なので、発表から40年近くを経てようやく巡り合えたのは、得をした気分である。

 ファニー化粧品主催の洋上大学が開催され、25万通の応募者から選ばれた100人の美女と、5人の講師、それに会社側の事務局として2名も加わって、太平洋を豪華客船でハワイへと向かうことになった。ジャーナリストも2名が添乗を許され、週刊誌記者の矢野と、他社の女性週刊誌記者である黒木とが参加した。

 結城作品は一人称で書かれることが多く、この作品も、矢野の視点に沿って進行してゆく。矢野の場合、女性を読者とする週刊誌ではないので、取材を義務づけられているわけでもなく、慰労を兼ねて派遣されたのであり、気楽な船旅である。

 楽しいはずの太平洋クルーズであり、事実、各種のパーティなど船旅ならではの行事も紹介されてゆくのだが、出航第1日目には折戸玲子という生徒の財布盗難事件が起き、第2日目には、生徒のなかでも目立つ美女であった水島陽子が失踪してしまう。船客部長の協力を得て懸命に捜索するものの、彼女の行方はついにわからない。第4日目には、有田ミツ江のきものと庄野カオリのドレスが盗まれるという事件が起き、さらには、講師の砂井安次郎のキャビンで、同じく講師の及川弥生の全裸死体が発見される。及川弥生の後頭部には打撲傷があり、入り口の鍵がかかっていたので、密室殺人の様相であった。こうなると、水島陽子の死亡も推察されることから、船旅を楽しむという状況ではなくなってしまう。太平洋に浮かぶ船がすでに密室なのであって、二つの事件が殺人であるなら、犯人は必ずこの船内にいるし、次に被害に遭うのは自分かも知れないのだ。お互いが疑心暗鬼にならざるを得ないのである。

 矢野は、黒木と連携して、講師陣や生徒たちから情報を集め、犯人の追及に努めるが、どうやら彼は探偵役には不向きであって、あちこち動き回るだけで、ついに真実には到達しない。彼は、狂言回しの役割を担っていただけのようだ。事件の真相は、及川弥生の死で最も疑われる立場に立たされた砂井安次郎により、最後の10ページほどでバタバタと解き明かされる。350ページ以上を矢野に付きあってきた読者としては、強烈な肩すかしを喰わされた気分である。伏線が張られていたとは言い難く、最後に新事実を提示して犯人を示す形なのだ。結城昌治らしからぬアンフェアな結末のような気がする。

 優雅な船旅を描いてくれたことはいいのだが、推理小説としては、失敗作ではないのかと思う。それでも、ユーモラスな会話の妙とか、鬚へのこだわりとか、この著者らしい味わいは随所にあって、これはこれで楽しめたのだけれど。

  2008年10月28日  読了