熊谷達也 『荒蝦夷』 (集英社文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 明けましておめでとうございます。連続9日間の年末年始の休暇なのに、遠出の予定はなく、本を読んで昼寝を楽しみ、夜は酒に浸るという繰り返しです。今年も拙い読書感想を綴ってゆきますので、よろしくお願いいたします。 

 さて、本書は集英社文庫12月の新刊。著者の作品を読むのは、『邂逅の森 』以来の2作目である。同作品にはすっかり感服し、同系列の『相剋の森 』を読みたいと思いつつも、1年間が過ぎてしまった。今回の作品は、マタギの生態に密着して迫力溢れる物語となっていた『邂逅の森』とは趣を異にして、陸奥を支配しようとする大和朝廷と、古くからその地を守ってきた北の民との軋轢を描く歴史小説であり、東北が舞台であるという共通項はあるものの、熊谷達也の別の面が窺える内容となっている。坂上田村麻呂が征夷代将軍として東北を鎮圧する以前の、荒蝦夷による反乱を生むに至る萌芽を描いた作品と言えばいいのだろうか。

 実は、古代史に熱中した時代があって、小説はもちろん歴史書も相当数を読んだのだが、どうしても都を中心とした記述に目を奪われてきて、辺境ともいえる東北の歴史にはあまり縁がなかった。ましてや武士が登場する以前の東北でどんなことがあったのか、全然知らなかった。坂上田村麻呂の名こそ、歴史教科書での知識と、京都清水寺の建立とで覚えているけれど、東北の鎮圧の詳細についてなど、想像すらもしたことがないのだ。

 この作品には、若き日の坂上田村麻呂と、彼と戦った反乱軍のリーダー・阿弖流為の誕生が描かれる。つまりは、阿弖流為の父親・伊冶公呰麻呂の世代を幅広く扱って、異色の歴史小説となっているのである。

 考えてみれば、大和朝廷側は征服者であって、征服される側の北の民にとっては迷惑な話だ。支配の象徴ともいうべき多賀城が建設され、蝦夷と呼ばれる彼等も従属と対立と様々な態度に分かれた。だが、表面的には支配を受け入れた部族からも、宇屈波宇のように造反する者が現れる。同じ蝦夷でも部族間では利害が異なるため、彼等は戦ったり手を結んだりを繰返すのだが、その中で、次第に頭角を現すのが伊冶公呰麻呂であった。彼は馬を育てることで強固な軍団を組織し、巧みな戦略で地歩を固め、ついには蝦夷の部族を一つに纏めて、多賀城を焼き討ちし、大和朝廷に牙を剥くのである。そして、思わぬ展開で、反乱軍のリーダーの地位は彼の息子である阿弖流伊へと引き継がれてゆくのだ。

 解説によると、この作品の4年前に発表された『まほろばの疾風 』が、時系列的にはこの作品のその後を描いた物語だということである。そちらも是非読んでみようと思う。

  2008年1月2日  読了