幸田真音 『日銀券(上)』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

還暦過ぎの文庫三昧

 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。


 新潮文庫の4月新刊。「週刊新潮」に連載されていたのがついこの間のような気がするのに、早くも文庫化である。年月の経過はまことに早い。
 政府の銀行であり、銀行の銀行であり、通貨・物価の番人であるといわれる日本銀行の、しかもその舵取りを行う最高意思決定機関・政策委員会を舞台とした経済小説で、著者の得意とする分野であろうと思われる。
 日銀の政策委員会といえば、今年1月に短期金利の誘導目標を引き上げるかどうかで、テレビや新聞にも頻繁に登場したのが記憶に新しい。政府や与党の介入が日銀の独立性を妨げているのではないかという論議だった。我々庶民には雲の上の存在の政策委員会であるが、しかしそこでの決定は、実は我々の日々の暮らしにも直結しているのである。
 国際経済学者の中井昭夫が政策委員会の審議委員に選ばれ、休暇を利用してアフリカ旅行をする。その旅先で、若く美しい日本人女性と知り合い、中井はめくるめくような一夜を過ごすのだが、何と、彼女は後日日銀副総裁に就任してきた芦川笙子として中井の前にその姿を現わすのである。
 笙子は委員会の9人のメンバーのうち5人を取り合うゲームを示唆し、中井にパートナーになって欲しいと訴えてくる。中井は学者としての良識を捨てることはできず、笙子が示唆することの実体も掴めず、しかし笙子への想いは確実に募って、心の安定を欠くほどに悩むことになる。笙子はその間にも着実に手を打っているようで、メンバーの一人が任期満了で退任するに伴い、もう一人のパートナーであるという外国人を委員会に加えるのだ。彼女は低金利下ですっかり病んだ金融市場を治療したいと考えているようだが、その具体的な施策は、この上巻ではまだ明らかにされていない。
 金融経済の相当に専門的な話題も出てくるが、短資会社のベテランと新人とが登場して、そのやり取りが解説となっている。やや取って付けたような印象もあるが、そういう配慮がなされなかったなら、読者はそもそも日銀の経済運営がわからず、この作品もチンプンカンプンということになったかも知れない。 
 笙子の仕掛けるゲームは、決して私利私欲のためではなく、金融経済の正常化のためであろうと予測はするのだが、さて、どんなゲームが始まるのか、下巻が楽しみだ。
  2007年4月14日  読了