畠中恵 『ねこのばば』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。


 新潮文庫12月の新刊。『しゃばけ 』シリーズの3作目であるが、帯に同シリーズの累計が100万部を突破したと書いてあって、そんなに売れているのかと、驚いてしまった。

 基本的に妖怪ものは好まないのに、このシリーズにここまでつきあってきたのは、第1作が意外な面白さに溢れていたからである。妖(あやかし)とは言うものの、森羅万象に神が宿るという古来の思想が生きていて、主人公の若だんな・一太郎はそれらの神と親しい間柄とも読めたのである。

 率直に言って、2作目からは連作小説となって、妖怪たちへの敬虔さは薄れ、その分だけ味が薄くなったような気がする。若だんなの身の回りにいる妖怪たちを自在に操って事件を解決してゆくという推理帖になってしまって、いくらファンタジーとは言え、「そんなバカな!」と思うようなご都合主義が罷り通り過ぎではないだろうか。

 この連作集には、表題作の『ねこのばば』の他に、『茶巾たまご』『花かんざし』『産土』『たまやたまや』の4編が収められている。

 中で、『産土』が最も面白かった。他の作品が何らかの事件解決の物語であるのに対して、この『産土』は長崎屋の手代であり同時に一太郎のお目付け役でもある佐助の物語である。シリーズ2作目『ぬしさまへ 』で同じお目付け役の仁吉を描いた『仁吉の思い人』と対をなす作品であるようだ。佐助は犬神という妖怪であり、その彼が長崎屋以前に入り込んでいた商家での出来事が描かれる。そこにも若だんながいて、やはり佐助は若だんなを守りたいと努力するのだが、身体を乗っ取ろうという木偶のためについに守りきれなかったのだ。

 人の身体を乗っ取る木偶も不気味だが、佐助と若だんなの関係が現在の一太郎との関係と重なるので、不思議な感覚の読み物となっている。「いつもの一太郎とは違うなあ」と思いつつ読み進むうち、あれよあれよと若だんなの死まで行ってしまって、最後に佐助の過去の話だとわかる仕組みなのだ。コロッと騙された感じであり、愉快である。

 他の4編には、あまり感心できませんでした。

  2007年1月27日 読了