絲山秋子 『海の仙人』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

還暦過ぎの文庫三昧

 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。


 新潮文庫の1月新刊。この著者の作品を読むのは初めてだ。プロフィールを見ると、昨年の芥川賞を受賞しているのだが、1966年生まれとあるから、自分にとっては子供の世代である。年を取って各文学賞にも無関心になってきているが、それも止むを得ないことだろう。この作品にしても、新潮文庫だから手にしたのであって、他社の文庫なら読まずに終っただろうと思う。

 とある幸運から3億円の大金を手にして、東京のデパート勤務を辞め、いまは越前の敦賀で悠々と暮らす河野勝男のもとへ、神さまの親戚のようなものだというファンタジーが現れ、しばらく同居することになる。ファンタジーの予言めいた言葉通り、その後勝男は岐阜から来たという中村かりんと親しくなる。

 デパート時代の同期だった片桐妙子が休暇を利用して勝男のもとを訪れ、ファンタジーと3人で新潟へ旅行することになる。この部分は、映画のロードムーヴィーのような趣きで、風景描写は美しく、旅先で出会う妙子の友人は魅力ある個性を発揮し、何よりも3人の会話が洒落ていて、この作品の読ませどころだと思う。そして、勝男のトラウマとなっている少年時代のできごともここで明かされるのである。

 旅が終わり、ファンタジーも勝男から離れてゆき、その後はもっぱらかりんとの交際ぶりが綴られてゆく。かりんは転勤族で、水戸へ転居してゆくが、それでも遠距離の交際が続く。そして、かりんの乳癌の発病。名古屋近郊のホスピスに入院したかりんを勝男は献身的に看病するが、ついにかりんは死んでしまう。勝男のトラウマが原因で、二人は遂に清いままであった。 

 この後半部分は、小説としてはいささか陳腐な展開ではないだろうか。ファンタジーもチラリと顔を出すが、彼も前半ほどの冴えがない。

 物語の最後は、勝男が砂浜で雷に打たれて失明してしまい、それでも一人で生きているところへ、6年ぶりに妙子が訪ねてくるところだが、これもやや安直なストーリーと言いたくなってしまう。

 そもそもファンタジーという役立たずの神さまが人間の姿で現れ、話したり食事をしたりすることが、よくわからない。やはり、親子ほども年下の新進作家の作品を読むことは、還暦を過ぎた年寄りには無理があったのかも知れない。

  2007年1月11日 読了