父とは、よく家族旅行へも行きました。
父がスイスに似ていると愛した上高地。 修善寺から伊豆。 島根から松江、
岡山の寿司屋 (土門 拳さんの紹介の)へ寄り、倉敷へ。 そして、私が計画し
たのに、高熱を出して行けなかった松本・穂高への旅など・・・
20才の時は、「成人式の着物は要らないから、結婚前にヨーロッパへ旅行
させて下さい。 帰ってきたら、お見合いして結婚するから。」 と頼んだ時も、
父は自分の母校の神戸の関西学院大学 (関西大学にあらず!) のOB会に
頼んで、私の望みをきいてくれました。
実は私は、出発前夜に8度6分あり、それを隠して出発したので、フランスでは
40度の高熱でダウンしてしまい、どこもフランスを見れず、イギリスでも辛い思
いをしました。
その時、父の計らいでイギリス在住の若夫婦が、食欲のない私を日本料理屋
へ連れ出してくれ、冷奴と鮭茶漬けを食べさせてくれました。
父からは、奥さんに真珠のブローチをプレゼントしました。 父らしい配慮です。
父は、よく客人を連れて京都の 「一力」 や 有馬温泉の「瑞苑(ずいえん))
等へ招待してましたが、私の”懐石デビュー”も、近江・八日市の 「招福楼」 で
した。 もちろんM叔母さんもお誘いしてご一緒しました。
松阪から客人3組を連れて車3台で出発し、途中3か所、庭の景色の良いお寺
を巡りながら、夕刻、行燈がともされ水が涼しげに打ってある「招福楼」の玄関
に、たどり着きました。
一歩入ると、いいお香の香りが炊きしめられ、広い座敷で菊の花が浮かべて
ある風雅な菊酒から始まって、誰かのぞいているのかしら・・・と思う程の絶妙な
タイミングで、お料理が一品一品運ばれてくるのでした。
どれもこれも絶品でした。 夢のような一夜でした。゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
子供が生まれてからは、毎夏必ず「志摩観光ホテル」へ泊まりに連れって
くれました・・・。
加えて父は、いろんな方に私を会わせてくれました。
写真家の入江泰吉さん、岩宮武二さん、浜谷浩さん、そして会社関係の父の
友人等・・・。
それらの方々に会ったことは、私の精神的な財産になっています。
結婚後は、会社の外人の要人が来日すると、私が着物を着て通訳代わり
に表に出てくるのを父は望み、私はそれに答えました。
お蔭で、とても貴重な楽しい思い出が沢山残っています。
英語を話せるという、張り合いもありましたし・・・。
会社がどんどん大きく発展し、”六本木”や”新宿”にオープンする度に、父は
子供を連れて会社のオープニングパーティーに出席するよう勧めてくれました。
日頃、育児三昧の私には、いいリフレッシュになり、父の会社の発展を見るの
は、実に嬉しいものでした。
大学時代に会社のアルバイトをしていたので、親しい社員もいっぱいいました
し。