The Yoga Life Society Bija(ザ・ヨーガ・ライフ・ソサエティ・ビージャ)

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ヨーガを愛する皆さんの生活の起点。
心の拠り所の【場】です。



ザ・ヨーガ・ライフ・ソサエティ(Y.L.S.)の静岡地区を担当し、ヨーガ / ヨガ の教室を運営しています。
ヨーガの哲学から基礎知識を備えるまでの育成・養成コースや、育成コース卒業後のビジネス的なサポートまでを一つのヨーガ的な考え方から導きだしお教えしております。
また、通常の教室は楽しく運営しております。

「全ては皆様の幸せな暮らしの為に。」ヨーガの指導にはY.L.S.運営部の加藤照美が、様々な講師で編成する「チームBija(ビージャ)」を率いて指導にあたります。

こちらも是非、見て下さいね♪ → http://ylsbija.i-ra.jp/

FaceBookもやっています♪ → https://www.facebook.com/yogaspacebijamishima

【Bija認定ヨーガ指導者育成コース】6月生募集開始です!→ http://ameblo.jp/yogabija/entry-12160317055.html


The Yoga Life Society Bija(ビージャ)は
ヨーガを総合的に学んでいます。
アーサナのクラスだけではなく、学習会も行っています。


The Yoga Life Society Bija(ビージャ)は
静岡県東部<三島市・沼津市・伊豆市・伊豆の国市・伊東市・長泉町・清水町・熱海市>にて出張レッスンを行っています。


The Yoga Life Society Bija(ビージャ)のレッスンスケジュール
→ http://ameblo.jp/yogabija/theme-10043124712.html


The Yoga Life Society Bija(ビージャ)の場所
→ 静岡県駿東郡清水町新宿257-1 analog 2階
  http://ameblo.jp/yogabija/entry-12034324043.html


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【その他】
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The Yoga Life Society Bija(ビージャ)
主宰 加藤

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 雨の多い秋ですね。ひろみです。

無執着、無慾のシヴァ-ナンダさん。今の日本の断捨離ブーム、どう思われますか?

持たないことの快適さ、そこから私たちも執着、欲望を手放すことを学んでおります。

 

 あるとき、信者の一人が、シヴァ-ナンダ自身のミルク代として5ルピーくれたことがありました。シヴァ-ナンダはしかし、このお金は神からの贈りものだと考えて、別なことに使うことにしました。そのお金は、シヴァ-ナンダにとっては最初の小冊子『ブラフマ・ヴィディヤー』の印刷代に使われたのです。この小冊子は、彼のところに来た人たちに配られました。これを読んだ人たちはたいへん喜び、スヴァーミージーに、費用は出すから、もっといろいろなものを印刷してほしいとせきたてました。そうして二冊目が作られ、やがて三冊目、四冊目が作られました。

 

 シヴァ-ナンダのこの頃の生活を、早くからの修行仲間であるシュリー・ラージギリは次のように語っています。

「極端なほどの無執着、無慾がシヴァ-ナンダの特徴でもありました。彼は生きていくための最小限の必需品しか持っていませんでした。食事は堅くなったチャパティをガンジスの水に浸して軟らかくしてから食べていました。衣服もたった二枚のドーティしかなく、部屋には、毛布と水を入れる粗末な器以外、家具らしいものはありませんでした。あるとき、その毛布さえも貧しい巡礼者にあげてしまい、旅人に姿を変えた神が新しい毛布を置いていってくれるまで、彼は薄い木綿のドーティをまとって震えていたということがありました。

 彼はまた、ジャパをするためによく夜明け前のガンジス河に腰まで浸かり、陽が昇るまでマントラを唱えるという苦行をしていました。昇ってくる太陽に礼拝すると、ようやく冷たいガンジス河から上がるのです。このような厳しい修行のために、彼は慢性的な下痢や腹痛を引き起こすようになってしまいました」

 

 シヴァ-ナンダの最初の弟子であるパラマーナンダも、シヴァ-ナンダの部屋に初めて入ったときのことを思い出して、次のように語っています。

「部屋の隅には乾いて堅くなったチャパティや束になった紙類、薬のびんの入った箱が積み重ねられていました。スヴァーミージーはわたしにビスケットとアーモンドをくださいました。そのビスケットのおいしさは一生忘れられません。わたしははじめ、部屋の隅に積み重ねられた堅くなったチャパティとおいしいビスケットの関係が理解できませんでしたが、次の日にその疑問を解くことができました。それはスヴァーミージーと一緒に給食所に行ったときのことです。他の修行者たちはチャパティやダールを入れるための小さな器を二つだけ持ってきているのに対し、スヴァーミージーは三つも四つも持ってきては、ミルクやヨーグルトをいっぱい入れるのです。正直言って、一緒にいたわたしは少し恥ずかしく思いました。スヴァーミージーはしかし、それらをラクシュマン・ジューラーに持ってゆくと、病気の聖者たちに配りはじめたのです。ビスケットやアーモンド、ミルクやヨーグルトは、身体が弱った人たちのためのものだったのです。スヴァーミージーが食べるものといえば、堅くなったチャパティだけでした。そのときわたしは確信しました。スヴァーミージーの心には慈悲深さと憐れみが満ちあふれているということを。スヴァーミージーの部屋にあったものはみな、貧しい人や病気の人たちのためのものだったのです。スヴァーミージーのそばですごしたことのない人たちは、贅沢好きなスヴァーミーと思ったかもしれませんが、それは大きな間違いです。スヴァーミージーほど、無執着、無慾に徹した人はいません。もし、何も知らない人たちがスヴァーミージーの堅くなったチャパティとガンジスの水だけの夜の食事を見たならば、きっと驚くことでしょう」

 

愛と奉仕に生きた聖者の教え

『シヴァーナンダ・ヨーガ』   成瀬貴良 編訳より

ひろみ

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【岡田虎二郎】 おかだ とらじろう 1872~1920

「岡田式静坐法」の創始者。もとは農業指導者。30歳のときに欧米を旅行し、帰国後は静坐の指導をする。日本中に静坐法を広めるが、本人が若くして亡くなると静坐も下火になっていった。しかし、岡田虎二郎の霊性や精神を見ていた人たちには彼を師と仰ぐものも多い。佐保田鶴治博士も影響を受けたという。岸本英夫の父・能武太も岡田式静坐法を学んでいる。


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成瀬貴良:編著 『ヨーガ事典』より
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こんにちは、Emiですニコ

一昨日9月8日はシヴァーナンダさんのお誕生日でした。

世界のあちこちでお祝いの行事がされたんだろうなぁプレゼント

今回もシヴァーナンダさんの修行と奉仕の日々が続きます。

 

 

スヴァルガ・アーシュラム

 シヴァーナンダのリシケーシでの最初の二、三年間は、住むところも定まらない状態が続き、今日はここに、明日はあそこにというありさまでした。それを見ていたスヴァルガ・アーシュラムの長老たちは、シヴァーナンダに小さな小屋を贈りました。

 スヴァルガ・アーシュラムの小屋に移ると、シヴァーナンダの存在はすぐに皆に知られるようになり、アーシュラムの長老たちも会う人ごとに、シヴァーナンダに会って教えを受けるようにと勧めました。

 シヴァーナンダは自叙伝の中で、スヴァルガ・アーシュラム時代のことを次のように語っています。

「わたしは歯を磨いたり、身体を洗ったり、服を洗濯したりすることに多くの時間を取るようなことはしませんでした。時間が惜しかったのです。それらを手早く済ませてしまうと、あまった時間を修行にあてました。かと言って、身の回りのことを弟子や信者に頼るということは決してしませんでした。その頃のわたしは、修行や托鉢、手紙を書く時間など、きちんとスケジュールを決めていたのですが、徐々に多くの人たちがわたしに会いにくるようになり、わたしのスケジュールに少なからず影響が出てくるようになりました。そこでわたしは、アーシュラムの長老たちに許可をもらって、小屋の周りに柵をめぐらすようにしました。訪ねてくる人たちの前では、高度な哲学の話をしたり、知識を見せつけるようなことは決してせず、実践的なヒントを与え、一人、五分以内で終わらせるようにしました。入り口には『お会いするのは夕方四~五時までにしてください。一人、五分以内にお願いします』と掲示しました。

 冬の間は訪れてくる人があまり多くなかったので、瞑想に多くの時間をかけたり、散歩やキールタンにあてました。そして、二週間から一ヶ月ほど、スヴァルガ・アーシュラムを離れ、二枚の衣服と毛布を持ち、ガンジスの河原をさまよい歩くのです。家から家へと訪ね歩いては食料をもらいましたが沈黙の行をしていたので、村人とは話もしませんでした。

 それからしばらくして、わたしは部屋からもまったく出ないで、食事もそれまでの托鉢でとっておいた堅くなったチャパティだけを食べるようにしました。そして、夜、ガンジス河のほとりや岩の上に坐って自然と一体となることが、当時のわたしにとって名状しがたいほどの歓びでした」

 

 シヴァーナンダは身体を健康に保つために、アーサナ、プラーナーヤーマ、ハタ・ヨーガの浄化法などを行なっていました。これらに加え、わずかにランニングなどの運動もしていました。

 規則的なプラーナーヤーマは、スヴァーミージーに無尽蔵のエネルギー、驚異的な記憶力、力強い声を与えてくれました。また、プラーナーヤーマによって患部にプラーナ・エネルギーを送り、素早く治すことができるようにもなりました。

 シヴァーナンダはたいへん厳しい修行生活を送っていました。朝四時に起きると、凍るようなガンジス河に腰まで浸かり、陽が昇るまでジャパを唱え続けました。昇ってくる太陽(神)に礼拝すると、ようやく河から上がり、急いで部屋に戻ると瞑想をし、九時になると部屋から出て、彼を待つ病人のところに行きました。彼らの世話をした後、素早く身体を洗い、あまり人の通らない道をクシェートラ(給食所)まで行き、食料をもらうと、帰りもなるべく人に会わないようにして戻りました。その間、ジャパやプラーナーヤーマをすることができました。

 食事を持ち帰ると、自分の食べる分は部屋に残したままで、まずラクシュマン・ジューラーに行き、サードゥたちに配りました。それが終わるとまた部屋に戻ってきて、やっと自分の食事をとりました。

 午後はしばしば、巡礼船でガンジス河を渡り、ラーマ・アーシュラムの図書館に行きました(雨期は船が出ないので、遠回りしてラクシュマン・ジューラーを渡りました)。彼はいつも辞書を持っていて、解らない言葉はすぐに調べるようにしていました。たくさんの本の中でも、『ウパニシャッド』 『ヴィヴェーカチュンダーマニ』 『ヨーガ・ヴァシシュタ』 『アヴァドゥータ・ギーター』などがお気に入りで、中でも『ヴェーダンタ』は、彼の好みの書物でした。

 シヴァーナンダは、一日のスケジュールに、自分の考えやアイデアや経験をまとめたり記録したりする時間をきちんと割り当てていました。しかし、わずかなお金さえも病人や困った人たちのために使ってしまっていたので、何か書きとめるにしても、捨てられていた紙くずや封筒を裏返しにしたものを使っていました。インクを買うお金もありませんでした。紙とインクがあったとしても、夕暮れになり明かりが必要になると、あきらめなくてはなりませんでした。ランプにあまり油がなかったのです。

 

 

愛と奉仕に生きた聖者の教え

『シヴァーナンダ・ヨーガ』   成瀬貴良 編訳より

Emi

 

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 ラーマクリシュナとの出会い

 一八八一年十一月、知人のスレーンドラナート・ミトラ家に讃美歌の歌手として招かれたナレーンはそこで、図らずもラーマクリシュナと出会います。その後、この二人の間に起こるさまざまな出来事を思うと本当に運命的なものを感じます。

 このとき、ナレーンをひと目見たラーマクリシュナは、ナレーンの心が決して満たされていないことを直感します。そして、ぜひダクシネーシュヴァラに訪ねてくるようスレーンドラナート・ミトラを介して伝えてもらいました。数日してナレーンは従兄弟や数人の仲間と一緒にラーマクリシュナを訪ねますが、そこに待っていたのは狂人とも思えるラーマクリシュナの態度でした。ナレーンに讃美歌を歌わせ、深いサマーディに入ったラーマクリシュナは、ナレーンが歌い終わると彼ひとりを北側のベランダに連れ出して戸を閉めると、泣きながらこう言いました。

「どうしてもっと早く来てくれなかったのだい。なぜこんなにわたしを待たせたのだい。もう待ちくたびれてしまったよ。わたしの耳は世間の人のくだらないおしゃべりで汚れてしまったよ。わたしの本当の気持ちを分かってくれるおまえをずっと待っていたよ」

 そしてナレーンに、君はナーラーヤナ神の生まれ変わりだとも言い、まるで神に対するかのごとく振る舞い、部屋から菓子をもってくると、それをナレーンに食べさせようとナレーンの口もとにもっていきました。ナレーンは丁寧に断りました。

「お菓子は結構です、食べたければ自分で食べます。それにわたしはナーラーヤナなどではなく、ナレーンドラナータ・ダッタといいます」

 狂人とも思えるラーマクリシュナの態度から一刻も早く逃れたいと思ったナレーンは、もう一度今度はひとりで訪ねてくるようにと言うラーマクリシュナに、本心ではもう二度と来たくないと思いながらもまた来ることを約束します。

 みなの前に戻ったラーマクリシュナはいつもの明るい無邪気な彼に戻っていました。そこでナレーンは例の質問をします。「あなたは神をご覧になったことがありますか」と。ラーマクリシュナの答えは今までのだれとも異なり、とてもはっきりしていました。

「いま、わたしはこうしてあなたを見ているように神を見ています。あなたと同じように神を見、神に語りかけることができます」

 ラーマクリシュナの言葉に嘘のないことを直感したナレーンは心を強く動かされ、そして心が妙に安らぐのを感じました。しかし、ラーマクリシュナの子供のような無邪気な態度と、神を見たと言ったときの誠実さとに大きな隔たりがあり、ナレーンの頭は混乱してしまいました。また、偶像崇拝的なラーマクリシュナの信仰態度に必ずしも賛成ではありませんでした。若くて行動的なナレーンにとっては、一心に神を思って生きるよりも、社会改革のほうに強い関心があったのです。

 友人たちとダクシネーシュヴァラを訪ねてから一ヵ月近くたちましたが、ラーマクリシュナのことが気になって仕方がありません。そこで、約束したとおりにたったひとりでダクシネーシュヴァラを再び訪問します。ラーマクリシュナはナレーンを歓迎してベットの端に腰掛けさせ、喜びを満面に湛えてナレーンを見つめたかと思うと、片足を彼の身体の上に乗せました。すると、ナレーンはしっかりと目を開けていたにもかかわらず、部屋も家具も壁も、そして自我意識さえもが虚空の中に消え去っていくのを感じました。このまま死んでしまうのかと思ったナレーンは大きな声でやめてくれるように叫びました。ラーマクリシュナはにっこり笑って彼の胸に手を触れ、普通の状態に戻しました。

 西洋科学の知識もあるナレーンはラーマクリシュナのしたことを催眠術だと考え、知性も意思も人より数段強いと思っていた自分が簡単に催眠をかけられたことを不可解に思いました。そして、もう二度とかからないようにと注意をし、一週間後に再びラーマクリシュナを訪れました。今度は前のようにはなるまいと細心の注意をして、ラーマクリシュナにはあまり近寄らないでいましたが、ちょっとしたすきに、しかも以前よりもさらに簡単に手を触れられただけで意識を失ってしまいました。

 後日、ラーマクリシュナはこのとき、失神しているナレーンにいくつかの質問をしたことを告白しています。その内容は、ナレーンの素性、この世における任務や寿命などでしたが、ナレーンはこれらの質問に適切に答えたということです。彼の答えはかつてラーマクリシュナが深いサマーディに入ったときに見たヴィジョンと全く一致していました。

 ナレーンはラーマクリシュナに魅かれながらも、彼の弟子になってその教えを受けるということはありませんでした。ナレーンの知性がラーマクリシュナの感情的な態度や教えを素直に受け入れることを拒絶していたのです。大勢の弟子や信者の中でラーマクリシュナの言うことにいちいち疑問を投げかけ、議論を吹っかけてくるのはナレーンだけでした。「女神の石像なんて拝んで、いったいどんな効果があるというのですか」「あなたは神を見たと語ったというが、それは一種の幻覚なのではないのですか」などと、とても辛辣なものでした。

 しかし、そのようなナレーンの態度を見て、ラーマクリシュナは怒るどころかとても喜びました。そのうえ、ナレーンに対するラーマクリシュナの態度は弟子に対するものではなく尊敬に近いもので、むしろナレーンのほうが戸惑うほどでした。

 あるとき、ダクシネーシュヴァラを訪れたケーシャブ・チャンドラ・セーンが帰った後で、弟子たちに向かってこう言いました「ケーシャブの智慧の光はローソクのようだが、ナレーンの智慧の光は太陽のようだ」と。これを聞いたナレーンは師であるラーマクリシュナに、そのようなことは二度と口にしないようにと食ってかかりました。しかし、ナレーンのことで頭がいっぱいのラーマクリシュナにはそんな言葉は耳に入らず、恍惚の状態でさらにナレーンを讃美します。「ナレーンはなんという洞察力を持っていることか。それは浜辺のない光の海のように無限だ」「ナレーンは十八の異常な力を持っている。そのうちの一つか二つだけでも世界的に有名になるには十分だ」「彼はすべて不純なものを灰に変えてしまう炎だ」と、赤ん坊のように無邪気で、言いたいことを言い、思うように振る舞うラーマクリシュナに、ナレーンのほうが振り回されているかのようでした。

 ナレーンはカルカッタで両親と暮らしながら週に何日かラーマクリシュナのもとに通っていましたが、ナレーンがしばらく見えないとラーマクリシュナは落ち着きをなくし、カルカッタの町中、ナレーンのいそうなところを探し歩きました。礼拝中の寺院に入ったために大騒ぎになったこともありました。

 

 

 

**********


『いまに生きる インドの叡智』
ヨーガの源流から現代の聖者まで
著者:成瀬貴良 より

コスモス Hiromi コスモス

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9月のプラーナーヤーマは、完全呼吸です。

 

以下 成瀬貴良編著 『ヨーガ事典』 より引用

 

【完全呼吸】

 

完全呼吸という呼吸の仕方はどのヨーガの原典にも見られない。
完全呼吸という名前から、どうしても「数ある呼吸の中でも完璧な呼吸の方法」という印象を受けるが、これは呼吸の際に肺全体(=完全に)を使うところからこう呼ばれているのであって、決してヨーガの中の最高の呼吸という意味ではない。

また、肺全体を使うところから「全体呼吸」と呼ばれたり、肺の下部(横隔膜)・中部(肋間筋)・上部を次々に使っていくところから「三段呼吸」と呼ばれたりする。

 

この呼吸の練習法としてはまず、

 

1.肺の下部を使う練習

 

仰向けか楽な姿勢で坐わり、横隔膜を使って正しく呼吸できているかを確認する(いわゆる腹式呼吸)。

 

2.肺の中部を使う練習

    楽な姿勢で坐わり、手を胸の横にあてて呼吸の際に胸部の動きを観察し、肋間筋を使って呼吸している
    ことを確認する。横隔膜を使っての呼吸との違いも観察する。

 

 

3.肺の上部を使う練習

 

 

楽な姿勢で坐わり、両手を上に伸ばし肺の上部だけの浅い呼吸を観察する。上の二つの大きなゆったりとした呼吸とは違うことを確認。

 

 


この三つの呼吸を個々に練習してそれぞれの違いを理解してから、最後に三つ全体を使う呼吸を行う。

 

ぜひ、お試しください。

 

なみ子

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