【小説:羅山】目指す世 | 関ヶ原の合戦を演出した小早川秀秋

【小説:羅山】目指す世

 道春は自害した忠長の旧邸から大きな屋敷
を家光から与えられ、私塾の先聖殿近くに移
築して塾生たちの寮とした。
 六月になって家光が京に向かうのに道春も
同行した。
 京、二条城に入った家光は朝廷との関係改
善を願い、公家、諸大名らを招待して盛大な
宴を催した。道春はその様子を「寛永甲戌御
入洛記」にまとめた。そして京都所司代、板
倉重宗に寄せられた訴訟の協議にも加わるな
ど多忙を極めた。
 一通りの行事を終えて大坂城に入った家光
のもとに江戸城、西の丸が火事になり全焼し
たという知らせが入った。西の丸は家光自身
もそこで過ごし、亡き秀忠も住まいしていた
思いの強い場所。過失による出火という知ら
せだったが、キリシタンなどの不穏な動きを
警戒して急きょ、江戸に戻ることになった。
この時、かねてから決まっていた譜代大名の
妻子を江戸に住まわせる幕命を発した。これ
は道春の家族も対象になり、譜代扱いされる
ようになっていた。
 道春は家族と一緒に江戸に向かうことを決
め、家光が江戸に向かった後も京に留まり、
引越しの準備をした。この間、道春と東舟は
藤原惺窩の門下で四天王と呼ばれていたその
ひとり、堀杏庵の邸宅で行われる詩歌会に呼
ばれ、那波活所、松永貞徳、安楽庵策伝らが
居並ぶ中、木下長嘯子とも久しぶりに会った。
 詩歌会では長嘯子が題を出し、貞徳、策伝
ら歌人は和歌を道春ら儒者は漢詩を作って楽
しんだ。
 一息つくと皆、家光に重用されるようになっ
た道春に今後、家光がこの世をどうしていく
のか聞きたがった。
「私はまだまだ上様に重用されているとはい
えません。その上、稲葉正成殿、正勝殿が亡
くなり、後ろ盾を失いました。残るは福のみ
ですが、こちらは兄のほうがお詳しいでしょ
う。頻繁に会っていると噂に聞きます」
 長嘯子がむせるように咳を一つした。
「そのような噂があるのか。これは参った。
しかし、やましい事は何もしておらんぞ」
「分かっております」
「福、いや春日局は密かに娘を多数集め、奥
御殿を大きな勢力とされておるようです。大
御所様がなくなり上様は正室の孝子様をまっ
たく受け付けなくなっておられるご様子。し
かし朝廷との関係を保つため離縁はされませ
んでしょう。問題は世継ぎです。春日局が密
かに娘を多数集めておるのもそのため。これ
らの娘の中から側室を選ばれるようにしてお
ると申しておりました」
「以前、上様は私に『民と結ばれるのが天下
泰平を万民に行き渡らせることになる』と申
されました。大御所様がご存命の時にはその
ようなことは到底出来ませんでしたが、今は
誰も止める者はおりません。いよいよ実行に
うつされるのでしょう。もはやキリシタンも
その力は尽き、異国との交流も限られたもの
となりつつあります。これはまさに桃源郷で
はありませんか」