【小説:羅山】糒倉 | 関ヶ原の合戦を演出した小早川秀秋

【小説:羅山】糒倉

 徳川勢が大坂城に突入した様子を見守って
いた秀忠のもとに千が現れた。
「千、無事であったか」
「父上様、もう戦はおやめください。これ以
上のむごい仕打ちは無益にございます」
「会ってそうそう何を申すか。それより秀頼
と淀はどうした」
「山里曲輪の糒倉におります。でも近づいて
はなりませぬ。近づけば火薬に火を点けると
申しておりました。そのこと御爺様にもお知
らせせねば。私を御爺様の所に行かせてくだ
さい」
「いや、お前はここに残れ。父上のもとには
別の者を行かせる」
「では私はこの場で舌を噛んで死にまする。
私が死ねば何もかも闇に葬ることになりましょ
う」
「お前、まだ何か隠しておると言うのか」
「では失礼いたします」
「いや、待て。分かった。父上のもとに行け」
 千は秀忠に礼をしてすぐに家康のもとに向
かった。
 家康は千の無事な様子を見て、泣いて喜ん
だ。
「千、生きておったか。良かった良かった」
「御爺様、国松と奈阿はすでに別の場所にか
くまわれております。今、戦をお止めになら
なければ徳川の負けになりましょう」
「そなた……。あい分かった。ちょうどよい。
もうすぐ日が暮れるから戦は止めじゃ」
「御爺様、ありがとうございます」
 徳川勢は一旦、荒れ果てた大坂城から退去
し城の事情に詳しい片桐且元に山里曲輪の糒
倉の場所を聞いて部隊を包囲させた。
 糒倉の中には大野治長と母の大蔵卿局、毛
利勝永、勝家の親子、真田幸昌と残った女ら
が淀の着物や秀頼の甲冑などを身につけ、大
量の火薬に囲まれて息をひそめていた。
 外で徳川勢の将兵がざわついているのが聞
こえると治長がニヤリと笑って言った。
「どうやらうまくいったようだ。ここを取り
囲んでいる」
 勝永も安堵して言った。
「いよいよ最後の大仕事ですな」
「しかし攻撃してこないところをみると、ま
だ千の方様の説得が続いているのかもしれん」
「では今宵一晩、待ちますか」
「気を抜かず待つしかありませんな」
 それを聞いて幸昌がつぶやくように言った。
「早く父上のもとに参りたい」
 横にいた勝家がなだめるように言った。
「そのようなことを言うては、そなたの父上
様が怒りましょう。我が子なら家康、秀忠の
首を取って参れ、とな」
「そう言うかもな。無茶をやって見せる父上
であった」
 勝家が幸昌の耳元でささやいた。
「お互い、良い父上のもとに生まれましたね」
 二人はくすくすと笑った。
 次の日。
 千の願いも空しく、家康は糒倉へ攻撃の準
備を命じた。その直後、糒倉は爆発、炎上し
て崩れ落ちた。
 すぐに火は消されて淀と秀頼の遺骸を捜し
たが、散らばった複数の遺骸の損傷が激しく
特定はできなかった。