【小説:羅山】武士の終焉 | 関ヶ原の合戦を演出した小早川秀秋

【小説:羅山】武士の終焉

 千が大坂城を出るのと入れ替わるように戦っ
ていた豊臣勢が戻ってきた。
 大野治長は真田隊の兵卒を見つけると声を
かけた。
「信繁殿はどこじゃ」
 兵卒は無言で泣きながら首を横にふった。
治長はその表情だけで十分察しがついた。
「そうか。ご苦労じゃが、山里曲輪に幸昌殿
がおられる。知らせに行ってくれ」
 兵卒は礼をして山里曲輪の方に向かった。
それを見送った治長の目に毛利勝永、勝家親
子が戻ってくるのが見えて、うれしさがこみ
上げてきた。
 勝永は疲れた顔はしていたが足取りは軽く、
治長に近づいた。
「勝永殿、信繁殿が……」
「戻る途中で聞きました。泣いてなどおれん。
すぐに徳川勢がやって来ますぞ。もはやこれ
まで、こちらの手はずはどうですか」
「整っております。では始めます」
 治長は台所で待ってた大角与左衛門の所に
急いだ。
「与左衛門殿、始めてくだされ」
「あい、分かった」
 与左衛門が下働きに命じて台所の周りに置
いた柴に火を点けさせると勢いよく燃え上がっ
た。
「ではわしらはこれで行きます」
「達者でな」
 与左衛門たちは向かって来ていた徳川勢の
もとに走り、予定通り火を点けたことを叫ん
だ。
 大坂城内から煙が上がり、やがて二の丸、
三の丸から炎が見えると、徳川勢は一気に城
内になだれ込んだ。
 松平忠昌も部隊を城内に向かわせようとし
たが、稲葉正成に止められた。
「若殿、ご覧ください。豊臣勢は敵味方かま
わず殺し合っております。これはもはや戦で
はありません。あの中に入っては出るのが難
しい」
「ではここに留まろう。しかし、奴らは何を
考えておるのじゃ」
「豊臣勢に多く残っているキリシタンは自ら
命を絶つことを戒められております。それで
相手を殺し、自分を殺させているのかもしれ
ません」
「淀と秀頼はそれを分かっていてキリシタン
を集めたのであろうか」
「それだけではないでしょう。目の前のだれ
かれかまわず斬るのは敵味方を確認する間が
必要ありませんから。もしやこれが真の遁甲
の陣かもしれません」
「とんこう」
「はい。本来、遁甲は遁れるための術ですが、
今起きているのは誰かを逃がすための犠牲に
なっておるように思います」
「それは淀と秀頼か」
「おそらく」
「では我らは淀と秀頼を捕まえようぞ」
「それはもはや手遅れかと思います。すでに
遁れておるか、すでに捕まらない手をうって
おりましょう」
「そのようなことができるのか。淀と秀頼、
恐ろしい者らじゃな」
「家臣に死をいとわなくさせる。それでこそ
名君と言えるでしょう。これは失礼。敵を褒
めてしまいました」
「よいよい。わしも肝に銘じよう」
 大坂城は炎に包まれ、その下は地獄と化し、
武士の時代が消え去ろうとしていた。