【小説:羅山】片桐且元 | 関ヶ原の合戦を演出した小早川秀秋

【小説:羅山】片桐且元

 駿府に方広寺の梵鐘に刻まれた銘文の弁明
に来たのは銘文の作者、南禅寺の文英清韓長
老と方広寺の作事奉行を務めていた片桐且元
だった。
 且元は天正十一年(一五八三年)の賤ヶ岳
の戦いで武勲をあげ、賤ヶ岳の七本槍といわ
れた福島正則、加藤清正、加藤嘉明、脇坂安
治、平野長泰、糟屋武則といった面々の一人
に加えられた。
 関ヶ原の合戦には参加しなかったが家康に
人質を出したため、後に大和竜田、二万八千
石の所領を与えられ、豊臣家の家老に任命さ
れていた。
 先に方広寺の梵鐘に刻まれた銘文に問題が
あると知らされていたので且元は青ざめた顔
をしていたが、駿府で待っていた本多正純と
崇伝には意外にも快く迎えられた。
「清韓長老、且元殿、ご足労いただきかたじ
けない」
 正純は深々と頭を下げた。
 崇伝は南禅寺金地院を開いていたてまえ、
南禅寺の長老である清韓に軽く会釈した。し
かし清韓は表情を変えず目を合わせなかった。
 正純は険悪な雰囲気に弱り顔になり話を続
けた。
「こたびは方広寺の梵鐘のことで問いたいこ
とがありご足労いただいたのですが、それは
こちらの思い過ごしでした。このことで大御
所様には何の疑念もないということです。し
かし、こうしたことが起きるのはお互いに行
き来が乏しく、心を通わせることができない
からではないかと大御所様は嘆いておられま
す。そこでじゃ。秀頼殿には駿府の近くに移っ
てもらいたい。そうお伝え願えまいか」
 且元は徐々に威圧するような正純の言葉に
身をすくめながら答えた。
「おおせのことはごもっともと思いますが、
それならば秀頼様か淀殿が度々、駿府に赴け
ばすむのではないでしょうか」
「おお、それもよい考えじゃ。だがな、問題
はそれだけではないのじゃ。今、ようやく朝
鮮との交流が始まり、関係が修復されつつあ
る。いずれは明との交流も再開したいと思っ
ておるのじゃが、秀頼殿が大坂城においでで
は何かと不都合なのじゃ。そのことを表向き
の理由にすれば朝鮮出兵した諸大名に不満が
芽生えよう。それはなんとしても避けたいの
じゃ。このことは内密で何とか説得してもら
いたい。このとおり、よろしく頼む」
 正純は深々と頭を下げた。
「ははっ。この且元、微力ながら最善を尽く
してまいります」
 且元は正純よりもさらに深く平伏した。
 清韓と崇伝はあらぬ方向に話しがいき、立
場を失って気が抜けていた。