【小説:羅山】江戸 | 関ヶ原の合戦を演出した小早川秀秋

【小説:羅山】江戸

 慶長十二年(一六〇七年)四月
 道春は家康に呼ばれた。
「道春どうじゃ。少しは慣れたか」
「はっ。慣れましてございます。少し領地を
巡りましたが、見るもの何もかも目を見張る
ものばかりで、大御所様のご意思がよく反映
されていると思います」
「そうかそうか。火箭には驚いたろう」
「ご存知でしたか」
「わしは何でも知りたがる癖があってのぅ。
道春もそれを分かって領地を見て回ったと思
うが」
「恐れ入ります。何もかもお見通しで」
「それはそうと近く江戸に向かう。道春も同
道せい」
「はっ」
「竹千代の様子も気になるところじゃが、道
春には秀忠に会ってもらう。あれはどうも頼
りがない。道春の知恵を少し分けてほしいも
のじゃ」
「恐れおおいことにございます。上様に拝謁
する栄誉をお与えいただき、ありがたき幸せ
にございます。大御所様のご懸念が少しでも
なくせるよう微力ながら尽くしてまいりたい
と思います」
「よろしく頼む」
 それからすぐに江戸に向かい三日後の四月
十六日に到着した。そして翌日、道春は江戸
城に入り、秀忠に拝謁した。
 平伏した道春の遠く前に秀忠は着座した。
「苦しゅうない。面を上げい」
「はっ」
 秀忠は道春に手招きして近くに来るように
促した。
 道春は側に置いた沢山の書物をかかえて、
座ったままにじり寄ったが、秀忠の手招きが
早くなり、立って近づいた。
 秀忠は儒者の頭巾を被った道春の顔を怪訝
そうに眺め、何度か会ったことのある小早川
秀秋の顔を思い出し、見比べていた。
 二人の間にしばらく沈黙があり、たまりか
ねた道春が書物の一つを選んでいると秀忠が
唐突な質問をした。
「何があった。なぁ、何があったのじゃ」
「お恐れながら、何がと申されますと」
「関ヶ原でじゃ。東軍が勝ったのじゃろ。な
のになぜ父上は負けたような剣幕で怒っておっ
たのじゃ。なにも私はわざと遅れたわけでは
ない。知らせが届いた時にはすでに間に合わ
なかった。しかも父上から預かった大砲が天
候悪化のぬかるみで思うように進めなかった
のじゃ。それなのに…。誰も本当のことを口
にしようとはせん」
「負けたのです。大御所様は負けを認められ
たのです。俗人は潔く負けを認めず、そのた
め反省もいたしません。だから同じ過ちを繰
り返すのです。しかし、大御所様は違います。
素直に負けを認め、そのどこに問題があるの
かを調べ、常に反省し改めておられます。か
つて大御所様は三方ヶ原の戦いで武田信玄に
完敗しましたがそのおり、ご自身の苦悩した
姿の絵を描かせ、負けたことを忘れないよう
に常に見ておられるのは上様もご存知のこと
と思います。だからこそ天下を治めることが
できたのです。それが大御所様の偉大なとこ
ろなのですが、俗人にはそれがまったく理解
できないのです」
「そなたにはそれが分かったということか」
「あっ、いえ。私もなかなか負けを認めるこ
とができず。同じ過ちを繰り返す日々にござ
います」
「そっか、それでそなたは父上を助ける気に
なったということか」
「……」
「よう分かった。これですっきりした。そな
たの言うことはもっともじゃ。私も父上に見
習うことにしよう。道春か良い号じゃな」
「はっ」
 二人の間にあった壁が崩れるように打ち解
けあった。