【小説:羅山】連絡 | 関ヶ原の合戦を演出した小早川秀秋

【小説:羅山】連絡

 林羅山から稲葉正成のことを聞かれ、これ
までのことを思い出していた藤原惺窩が暗い
表情を浮かべながら口を開いた。
「あれはいつだったか、私のところに不意に
訪ねて来た。お福さんが乳母となって、稲葉
殿は五人の子を養うのに難儀しておると。ま
だ仕官の口が見つかっていないようだった」
「私のせいでしょうか」
 林羅山も顔を曇らせた。
「狂った主を見限って早々と逃げ出したのが
心証を悪くしたようだ。他の者が大方、仕官
できたのは狂った主を見捨てず、その忠義に
同情したこともあるからな」
「稲葉にはなんとしても報いてやらねば」
「そんなに心配することもあるまい。稲葉殿
はただの知恵者ではない。目先の利益にとら
われずもっと大きなものをつかもうと考えて
おられるのだ」
「そうでしょうか」
「その証にお福さんは秀忠様のお子がもう乳
離れしてるにもかかわらずまだ乳母としてと
どまっておる。私には稲葉殿がなにか知恵を
授けて少しでも永くとどまるようにしたとし
か思えん。それであんたは兄さんのところに
行き、お福さんと連絡をとろうとしているの
だろ」
「先生には何も隠せませんね。でも兄に会っ
て福と連絡がとれるかどうかまだ分かりませ
んけど。とりあえず行って参ります」
 羅山は惺窩のもとを去ると京の東山にある
兄、木下長嘯子の庵を訪ねた。
 長嘯子は羅山の顔を見ると喜んで迎え入れ
た。
「やあ、誰かと思えばどこかでお会いしたよ
うな懐かしさがあるが誰でしたかな」
「分からないのに笑顔で迎え入れるとは無用
心な。私です秀秋です。今は林羅山を名乗っ
ています。これからは羅山とお呼びください」
「おうおう、そうそう、すっかり変わってし
もうて見違えた。じゃが殺気はせんかったぞ。
そなたが陽気な顔をして来たからわしもつら
れて笑ったのじゃ」
「とりあえずお元気そうでなによりです。と
ころで早速ですが兄上は幕府の方とも親交を
深めていらっしゃるご様子。清原秀賢殿をご
存知ありませんか」
「何度かお目にかかったことはあるが、親し
く話しをしたことはない」
「今度、その者らに私は学問の知識を試され
るのです。今、私の仮の弟になっています信
澄と清原殿は何度か会っているので私のこと
も知っているはずなのですが最近はなかなか
会えず、どのような問答をされるのか聞き出
せないのです。そこで兄上にそれとなく聞き
出していただきたいのです」
「ふん。やってみよう。また一人友が増える
な」
「私の羅山の名を出せば何を聞きたいのか察
しはつくと思います。よろしくお願いいたし
ます。それと、福を覚えておいでですか」
「おお、覚えておるというより会った。秀忠
殿のお子の乳母になっておるらしいな」
「そうですか。また会う機会がありましたら、
羅山から稲葉殿らは達者でやっていると聞い
たとお伝えください」
「あい分かった」
「兄上にはこれからもご面倒をおかけします
がよろしくお願いいたします」
「なにを他人行儀な。わしがこうして生き永
らえているのも秀…、いや羅山のおかげじゃ」
 二人はしばらく子供の頃の話しをすると別
れた。