【小早川秀秋幻記】其の21
秀秋は切なさと歯がゆさが込み上げてきた。
「三成殿。家康はいつ死んでもおかしくない
年寄りだ。仮に天下を取ったとしても跡継ぎ
にたいした者もおらんから必ず世は乱れる。
それに比べれば三成殿はまだ若い。ここは一
旦、秀頼様と共に身を引いて、しばらく我慢
して時期を待てば、豊臣家再興もできよう」
三成は青ざめた。
「そのようなことは毛頭考えの及ばぬこと。
私はこの一戦に全てを懸けています」
三成は落胆し、一礼して立ち去った。
秀秋は三成の帰っていく後姿が哀れでなら
なかった。
(恩はある。だが天下をとらんと意味がない
んだ)
慶長五年(千六百年)九月十五日
関ヶ原の朝。
しばらく降った雨がやみ、霧がゆっくりと
動き始めていた。
秀秋は関ヶ原の地形図を前に座っていた。
そこへ戦場を偵察していた兵卒が次々に戻
り、地形図に駒を置き、諸大名の布陣した様
子が徐々に明らかになっていった。
秀秋の側には、稲葉、平岡、杉原、松野が
控えていた。
みんな秀秋にすべてを託し戦った日々を思
い出していた。そして静かに死ぬ覚悟を決め、
それぞれが戦う相手を見定めようとしていた。
つづく