【小早川秀秋幻記】其の14 | 関ヶ原の合戦を演出した小早川秀秋

【小早川秀秋幻記】其の14

秀秋の理想の国が実現するかどうか分らな

かったが、桃源郷の響きは、誰の耳にも心地

よかった。

それから間もなく、秀秋の居城、名島城に

三成の使者がやって来た。

にわかに城内が慌しくなり、秀秋のもとに

杉原、稲葉が駆け込んだ。

秀秋は少し横になり、だらしない格好で老

子の書に目をとおしていた。

 老子は明国から伝わった哲学書で、混乱の

時代を生き抜く知恵が集められていた。

 今まで書物に興味など示したことのない秀

秋でさえ、時代の変化を前に判断のよりどこ

ろとして、兵法書や哲学書を読んでいたのだ。

 秀秋の傍らには明国の兵法書、孫子や呉子、

哲学書の荘子などが無造作に置かれていた。

秀秋を見つけた杉原は一礼して座り、稲葉

もゆっくりと座った。

杉原は荒れた息を整えようと深く息を吸っ

て秀秋に聞いた。

「家康殿が動きました。先ほどの三成殿の使

者はそのことで来たのですか?」

秀秋は老子の書を流し読みしながら体を起

こした。

「ああ、伏見城攻めに加わるよう、言ってき

た」

伏見城は秀吉の居城だったが、その死後、

家康が移り、政務を取り仕切っていた。

ところがこの時期に家康は上杉景勝の討伐

という名目で伏見城を出て江戸城へ入城した
のだ。
                 つづく