ヘブンプラン | 関ヶ原の合戦を演出した小早川秀秋

ヘブンプラン

「もしもし、私(わたくし)、満月銀行の藤
中と申します。お世話になっております。い
つも当行をご利用いただきましてありがとう
ございます」
「はい、こちらこそ」
「奥様でいらっしゃいますか」
「ええ、そうです」
「あのですね。大変申し訳ないんですが、当
行に預金されていらっしゃる方の個人情報が
漏洩(ろうえい)いたしまして、お客様の預
金が引き出される恐れがあるんです。そこで、
後日、新しい口座を開設いたしますので、と
りあえず今すぐ、指定の口座に全額振り替え
させていただきたいんです」
「はい。いいですよ」
「今から、こちらの口座番号と暗証番号を言
いますから控えておいて下さい」
「はい。分かりました」
「よろしいですか、口座番号は……」
「……」
「はい。全額振り替え、完了いたしました。
確認のために、以前の口座番号と暗証番号を
照合させて下さい。口座番号からお願いいた
します」
「はい。……」
 銀行員になりすました22歳の城谷幸樹が、
携帯電話を次々にかけまくり、数人から口座
番号と暗証番号を聞きだした。
 空家にいた幸樹は、使い終わった携帯電話
を壊し、隅にたまっているゴミの中に捨て、
出て行った。

 昼過ぎ。

 銀行のATMで偽造キャッシュカードを使
い、300万円を引き出す幸樹。
 そこを出ると、白い乗用車に乗り、別の銀
行のATMをはしごし、総額5400万円を
引き出した。

 乗用車の助手席にお札の入った紙袋を置き、
平然と運転している幸樹。
 しばらく走って、マンションの駐車場に乗
用車を止め、手ぶらで降り、鼻歌を唄いなが
ら、エレベータで上がった。
 3階の1室に向かい、チャイムを鳴らすと、
ドアが開き、風俗に勤めている19歳の井藤
由真が顔をのぞかせた。
 幸樹は、いきなりキスをし、興奮を抑えき
れず、その場で由真のパンティを脱がした。

 夕暮れ。

「おい、時間だ」
 幸樹は、布団を被って寝ている由真を揺り
起こした。
 寝ぼけ眼で起きる由真。
 幸樹は、脱ぎ捨てた服を着ながら、置いて
あったハンドバッグを由真に渡した。
「今いくらある」
 由真は、ハンドバッグから財布を取り出し、
お札を10枚ぐらいつかんで、幸樹に手渡し
た。
「店まで送って行ってやるよ」
「お腹すいた」
「途中で喰って行こ」
「ふ~ん」
「下で車、出しとくから早く来いよ」
 そう言って、幸樹は部屋を出た。
 だるそうに布団から出る由真。

 幸樹は、マンションの駐車場から乗用車を
出し、助手席に置いてあった、お札の入った
紙袋をトランクに持って行き、押し込んだ。
 ペタペタ、小走りに派手な服を着た由真が
やって来る。
 二人は乗用車に乗ってマンションを後にし
た。

 風俗店の並ぶ繁華街。

 幸樹と由真は、腕を組んでブラブラと歩い
てやって来て、由真の勤めている風俗店の前
で別れた。
 幸樹は、由真が店の中まで入るのを見届け
て、そそくさと来た道を戻った。
 道路の端に駐車していた乗用車に乗り込む
幸樹。
 静かに乗用車を発進させた。

 幸樹の乗った乗用車は、官公庁のビルが立
ち並ぶビジネス街の地下駐車場に入って行く。
 乗用車から降りた幸樹は、トランクからお
札の入った紙袋を取り出し、少し離れた場所
に駐車している黒塗りのワゴン車に乗り込ん
だ。そして、車内でヒップホップ系の服に着
替え、手ぶらで降りて行く。

 開店前のクラブに、幸樹が入って来て、店
長にあいさつし、DJブースで機材のチェッ
クをする。

 開店して、にぎやかになった店内。
 DJになりきり、はでなパフォーマンスを
している幸樹。
 トリッキーなスクラッチに盛り上がる客。
 幸樹は、ひと盛り上がりさせて交代し、ク
ラブを後にした。
 すぐにワゴン車に戻り、服を着替えて、駐
車場を出る。
 
 明け方のまだ自動車のあまり通っていない
道路を幸樹の乗ったワゴン車が走る。

 エピクロス総合病院の駐車場に、幸樹の乗っ
たワゴン車がやって来て、止まった。
 エピクロス総合病院は、予防医療を得意と
し、フィットネスクラブやエステサロンも併
設していた。
 幸樹は、お札の入った紙袋を持って降り、
病院に入った。
 朝早く、誰もいない受付を素通りして、エ
レベーターで5階(最上階)まで上がり、個
室に入った。
 病室というより、ホテルのような室内。
 幸樹は、鍵を取り出し、鍵のかかったドア
を開けた。
 小さな小部屋に、お札の入った紙袋が何袋
も無造作に置いてあり、幸樹は、持っていた
紙袋を置いてドアを閉め、鍵をかけた。
 それから個室を出て、フィットネスクラブ
に行き、誰もいない場所でひとり、ウエイト
トレーニングや水泳をして汗を流した。

 幸樹がサッパリして個室に戻ってくると、
看護婦の樋口綾香が待っていた。
 綾香は、28歳、幸樹の秘書のような存在
だった。
「どぉ、理事長家族は口説けた」
 幸樹がそう言いながら服を着替え始める。
「いえ、まだです。お食事、お持ちしました」
 綾香は、事務的な返事をした。
 幸樹は、ベットの横に置かれたトーストを
つまんでほおばり、ベットに座った。
「ふん、そうか。他の先生はどんな様子」
「皆さん、こちらに協力的です」
「そりゃいいね。じゃ、もう少しがんばって
みてよ。家族のひとりでもこっちの味方になっ
てくれたら、やりやすいから」
「はい。分かりました」
 綾香は、立ち去ろうと、ドアまで行った。
「無理言ってごめんね。期待してるよ」
 幸樹は、優しく声をかけた。
 綾香は幸樹に、お辞儀をしてドアを閉めた。
 
 幸樹は、朝食を終えると、スーツを着て、
部屋を出た。
 病院を出て駐車場に向かい、ワゴン車に乗っ
て出かけた。

 幸樹は、乗用車を止めているビジネス街の
地下駐車場に入り、いつもの場所にワゴン車
を止めて乗用車に乗り換えた。
 地下駐車場から出る乗用車。間もなく、近
くの超高層ビルの駐車場に入って行った。

 超高層ビルのエレベーターで、上がって行
く幸樹。
 フロア全体を借りて、介護サービスのネッ
トワークを展開している憩いクラブのオフィ
スに入った。
 すたすたと、他の社員に目もくれず、社長
室に入って行く。
 社長室で、パソコンとにらめっこしている
草岡琢磨。
 幸樹と同い年の琢磨は、高校時代からの親
友だった。
「コンコン」
 幸樹は、ノックの音を真似てみた。
「キツネかよ」
「どう調子は」
「うまくいき過ぎて不安になってくるよ。大
丈夫なのか本当に」
「心配しなくても大丈夫だよ。資金が足りな
くなったら言ってくれ」
 幸樹は、そう言いながらソファーに寝そべっ
た。
 幸樹をチラッと見て、心配そうな琢磨は、
「そっちはどうなんだよ」
「あとちょっとだ。理事長はもうすぐ、この
世から引退する。長男は、他の医者と仲が悪
いからすぐに追い出せるよ。問題は次男なん
だ。人当たりもいいし、腕も確かだからなん
とか引き入れたいんだけど」
「こっちのペースを落とそうか」
「いや、その調子でどんどんやってくれ」
 幸樹は、大きなあくびをし、パッと起き上
がって、
「じゃ、まかしたぜ」
と言って、社長室を出て行った。
 琢磨は、電話をかけて、
「ああ、俺だ。例の郵便局、OKだから乗り
込んでいいよ。……そう、じゃあ」
と言って、またパソコンに向かう。

 その頃、エピクロス総合病院では、トラブ
ルが発生していた。
 理事長の長男が、医療報酬の使い込みをし
ていたことが、他の医者達に知られ、辞任要
求が出された。
 肝心の理事長は、高齢で現在は療養中のた
め、次男が問題の収拾にあたっていた。
 タイミングよく、看護婦の樋口綾香が次男
に、憩いクラブから業務提携をしたいという
申し出があったことを伝えた。
 次男の指示で綾香がすぐに連絡をとると、
憩いクラブの営業課長として幸樹が現れた。
 他の医者達は幸樹のことを知っていたが次
男は、幸樹がいる病室とは別棟で仕事をして
いたので、以前からこの病院に乗り込んでい
たことを知らなかった。
 幸樹は、そ知らぬ顔で、
「当社は、介護ネットワークに医療診断の付
加価値を組み入れたシステムを構築したいと
考えております。そのシステム構築にかかる
諸費用は当社が全額負担いたします。先生に
は医療診断の対応で、ご協力をお願いいたし
ます」
と言い、業務提携への協力謝礼として、現金
2000万円を差し出した。
 次男は、この急場を乗り切るためにやむを
得ず、幸樹の申し出を受け入れた。

 エピクロス総合病院は、理事長の長男が辞
任し、次男が理事長代理となって憩いクラブ
と提携した。

 憩いクラブではすでに、過疎地にある経営
不振で閉鎖予定の郵便局を手当たりしだい買
収し、介護センターにする計画を進めていた。
 これと、エピクロス総合病院が提携するこ
とで、医療サービスが充実し、独居老人でも
不自由なく生活できる介護ネットワークが完
成する。
 計画はすぐに実行され、老人の住む家に、
ペット型サポートロボットをレンタルし、生
活の様子をモニタすることで、健康診断や犯
罪など異常時の対応をしたり、近くの介護セ
ンターから担当者を訪問させることでコミュ
ニケーションをとり、生活全般を管理する体
制を整えていった。
 やがて、この介護システムの評価が高くな
り、独居老人だけではなく、一般家庭にも波
及していった。

 幸樹と琢磨は、投資ファンドから資金を調
達して、映画やテレビ番組、イベントなどの
コンテンツを借り、介護ネットワークを利用
して提供した。さらに、エンターテイメント
やネットショップにも進出した。

 ある日。
 幸樹は、携帯電話を取り出し、画面を見な
がらササッと入力する。
 介護ネットワークには、巧妙な仕組みがあ
り、国民健康保険の管理システム経由で、銀
行のホストコンピュータに侵入し、すべての
口座から1円だけ引き出して、預金データを
書き換えることが出来た。
 たった1円でも個人や企業の預金すべてか
ら引き出せば、巨額になる。
 最近はネットバンキングの利用が急増し、
預金データは24時間処理されていた。その
変動の流れの中で書き換えるため誰にも気づ
かれなかった。
 幸樹は、携帯電話を1回操作するだけで、
億単位の金を手にした。
 井藤由真のマンションの駐車場に止めた乗
用車の中で、携帯電話を使い終わると収納ボッ
クスに携帯電話を放り込み、降りた。
 由真の部屋のチャイムを鳴らすと、ドアが
開き、由真が顔をのぞかせた。
 入ってドアを閉める幸樹。
 抱きついてキスをせがむ由真に幸樹が、
「今いくら持ってる」

 エピクロス総合病院の看護婦だった樋口綾
香は、現在、アメリカ大使館で勤務している。

終わり