作:沢木 耕太郎 挿絵:中田春彌 1/16(282)~2/26(322)
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感想
ひょんな事から、広岡たち老人の中に入り込んで来た若者。
単なる老人ホームドラマでは終わらない雰囲気が出て来て、まあホッとしている。
クロス・カウンターと言えば、何と言っても「あしたのジョー」。このキーワードにはどうしても反応してしまうナー・・・・
あらすじ
新しい人1~41
引っ越し祝いの宴会をやろう、という藤原の提案で駅に着いた四人。先に待っていた佳菜子と合流し、進藤の紹介してくれた店に向かった。
だがその店はあいにく満席で、謝る佳菜子に気を使わせず、自分らの勘でいい店を捜そうということに。そして見つけた焼き鳥屋。一番奥のテーブルが一つだけ空いていた。
とりあえず一杯目の酒で「全員集合に乾杯!」
星が、あの家に入居する順がジムの合宿所に入る順と同じだったと言って面白がった。
順に出て来る料理。星がまた「仁はうまい、とは絶対に言わない」と言ってからかった。あの頃と変わらない、と言いかけて旧い話で申し訳ないと佳菜子に謝る藤原。
それを受けて星が、何の注釈もなく「あの頃」と言って通じ合える相手が居るのは幸せな事なんだと話す。
その言葉に心を動かされると共に、その過ぎ去った時間を取り戻したいのだろうか、と自問する広岡。
宴もたけなわになった頃、星があの家で暮らすにあたっての費用負担について聞いた。家賃と光熱費は自分で持つから、とりあえず各自二万ずつ出し、後はカステラ方式でやろうかと話す広岡。
「カステラ方式?」とつぶやく佳菜子。
ジムの合宿所での暮らし。食事、部屋代については無料だったが、共同生活で必要なもの(トイレットペーパー、洗剤等)は別途必要だった。そこで会長の真田が毎月決まった額を箱に入れ、必要に応じて各人が共用と思われるものをその金で買い、釣銭とレシートをそこに入れた。月末になると広岡がそのレシートと金を照合し、精算して封筒に入れた。それを見て真田が次の金を入れるというパターン。その箱がカステラの箱だった。
星がさりげなく皆に金が払えそうか尋ねた。
星自身は妻が残した蓄えと保険金。藤原は働くと言い、佐瀬は母親が掛けてくれていた年金があると言う。続けて広岡に聞く星。
ロサンゼルスでの住まいを売った金が百万ドル。
それを聞いても、誰も羨むような気配はなかった。実際にはそれ以外に所有している二つのホテルからの収入があるが、多分その事を話しても皆の反応は変わらないだろう。
店の席が空き、そこにチンピラ風の若い四人連れが席に着いた。
何となくその中の二人の柄が悪そうなのを気にする広岡。
だが料理が運ばれ皆と話しているうちに意識から離れて行った。
家で食べる食事の献立から、佳奈子の話題で皆が笑うと、その四人組の一人が「うるせーな」と舌打ち。
藤原が彼らを睨み付けるのを見てまずいな、と思う広岡。
佐瀬が機転を利かせて、家の表札の話を始める。そこから家に名前をつけようという話へ。佐瀬が提案した「チャンプの家」。
今まで自分は負け犬だと思っていたが、我々は一度でもリングに上がって足を踏み出したボクサー。
それだけでも特別な男、チャンプと呼んでもいいのでは、と。
佳菜子の賛同で名前が決まり、表札は刑務所で木工をやっていた藤原が「作る」と申し出た。
これから何をしたらいいか、と呟く藤原。
佐瀬は野菜を作ると言った。星は女房の散骨に行きたいと。
星に問われた広岡にも、何も見つかっていなかった。
広岡は三人に向かって、会長の墓参りに行かないか、と提案。
そんな時に例の四人の一人が佳菜子に、ジイさんの相手よりこっちに来て飲もうと誘う。
無視する佳菜子。藤原が「ガキは早く家に帰れ」と声を荒げた。
佳菜子がタイミング良く「そろそろ出ましょうか」と皆を促す。
捨てゼリフを言う若者に、粋がるのはやめろと強く言う星。
広岡は手早く勘定を済ませた。
飲み直そうと歩き始めた広岡たちを追って、さっきの四人組が追いかけて来た。
容赦しないという声に笑いながら「どうすれば許してくれるんだ」と言うと、土下座しろと言う。
自分らは引退したとはいえ元ボクサー。
チンピラに負けるわけがない。
藤原、佐瀬とも相手の言葉を茶化した。だが藤原は出所したばかりなので関わらせる訳には行かない。
広岡はこんな局面になった事をどこかで楽しんでいる自分に気付いた。それは他の三人も同じ。
いよいよとなって、サングラスの男が星の胸倉をつかんで殴りかかろうとした瞬間、呻き声を上げて倒れた。
星の見事なフックが若者の脇腹に食い込んだのだ。
次に胸をはだけた若者が星に向かって行こうとした時、佐瀬が遮った。サングラスの若者が倒れたので、やや警戒するも、結局佐瀬に向かってパンチを突き出した。
軽いジャブ3発でその男は尻餅をついた。
それまで事のなりゆきを見ていた白いTシャツの男が出て来て、広岡の前でファイティング・ポーズを取った。
残りの一人が「ショーゴ、やめろ。ライセンスが」と囁いた。
「プロならやめておけ」と言う広岡に、じりじりと迫る若者。
この若者と向かい合い、奇妙な感覚を覚える広岡。
若者の鋭いパンチ。かろうじてよけるが、このまま続けば打ち返すことになる。
「やめろ!」の言葉にもどんどんパンチを繰り出す若者。
いきなり右のフックが放たれた瞬間、道路に昏倒したのは若者の方だった。広岡のクロス・カウンター。
だが若者が倒れる時、アスファルトに頭を打った様な音がした。
そこにパトカーのサイレンの音。殴られた男二人は慌てふためいて逃げ去った。警察沙汰になると、藤原にとっても都合が悪い。
パトカーから離れる方へ逃げようとする時、広岡は若者が頭を打った事を気にしていた。
星は放っとけと言ったが、広岡は藤原に頼んで若者を抱え、タクシーが拾える通りまで出た。先の車で星、佐瀬、佳奈子を乗せ、後続の車に広岡、藤原、若者が乗った。
タクシーの中では意外なほど素直な若者。脳が心配になった広岡は運転手に頼んで市民病院へ向かってもらった。
市民病院でCTを撮ってもらい、一応大丈夫とは確認されたが、早く横になって休むべきだと医師が言った。
若者に金の持ち合わせがなかったので広岡が支払った。家を聞くと「平井」だと言う。広岡の知らない地名だった。
藤原が「泊めるか」と広岡に言った。
家に戻り、驚く星らに状況を説明する広岡。
若者の話では、高校の時の友達に呼び出され、ヤクザ風の二人とは初めて会ったと言う。
ライセンスを持っている。万一の時はあの二人を止めようと思ったらしい。
なんで広岡に向かって行ったのか「・・・わからない」。
促されて、佳菜子が準備した部屋に入って行く若者。
思いがけず遅くまで残ってしまった佳菜子。12時に近い。
佐瀬が「泊まっていくといい」という言葉に喜ぶ佳菜子。
一階の客間。
朝、ベッドで目覚めた広岡。食堂の様子を何となく感じている。
佳菜子がコーヒーを淹れていた。そこへ入って来た若者。
佳菜子がコーヒーを勧めるが、飲まないというのでオレンジジュースを出した。
例の四人や、この家の事について佳菜子から聞く若者。
藤原の声。コーヒーを「うまい!」と言って飲む。
藤原との話で、彼を倒した広岡のパンチがクロス・カウンターだった事を知る。
続いて佐瀬、星が部屋に入って来た。仁がまだ寝ている、と星。
寝かせておいてやろうという佐瀬の言葉で出難くなってしまった広岡。
星が若者に名前を聞くと、青年は黒木翔吾と名乗った。
驚く佐瀬。ボクシング雑誌を以前から立ち読みしている情報では、高校三冠という経歴でプロ・デビューしたが、日本タイトル挑戦の前に手を痛め、プッツリと出て来なくなったという。
頃合いを見て食堂に顔を出した広岡。佳菜子が泊めてもらったお礼に朝食を作るという。皆がテーブルのセットをする中で呆然としている若者。
「皿を並べろ!」と藤原に怒鳴られ、慌てて配り始める。
若い声があるというだけで、この広間の音の響きがこんなに変わる事を、不思議に思う広岡。