人生において大事なのは一事のみ。
それ以外の事は、どうでもいい。
その他のことは、全て天運に任せればいい。
仏法真理を学び、仏法真理を信じ、仏法真理を伝える。
その他に何を望むのか。
仕事が思うようにいかない。
そんな事は世に尽きない。
しかし、そんなことは天運に任せればいい。
家族が悩みの種となる。
気に入らないからといって取り替えるわけにはいかない。
そんなこと天運に任せればいい。
人間心で、あれこれ、いじくり回したところで、この世のことは、どうにもならない。
やるべき事は一事のみ。
確実にできる事は一事のみ。
この世で、様々な苦難を味わい続けるけれども、全ては仏法真理から始まり、仏法真理にて完了する。
私たち、この世でいろんな経験を積み、いろんな事で悩み、いろんな事で迷うけれども、それは一時的なもの。
たいして意味のない、小さな事だ。
この世で生まれた諸学問、諸思想も全て、あの世に起源がある。
人間の理性が生み出した思想など、何もない。
目で見えるもの、耳で聞こえるもの、全て実体のない空虚なものだ。
本質は、この世になく、あの世にある。
仏法真理もまた同じ。
仏法真理を生み出したのは、お釈迦様の理性が生み出したものではなく、お釈迦様の魂が生み出したものだ。
ここを間違えると、全ての学びは、空虚なものとなる。
その言葉に込められた祈るような気持ちを感じとることができるであろうか。
かくあるべしという、思いを受け止めることができるであろうか。
その言葉一つ一つに、
「苦しみの世界で煩悶し続けている人間たちへの限りない同情心が込めれている」
のを理解できるであろうか。
人生において、大事なのは一事のみ。
そこを突破できれば合格である。
それ以外は、どうでもいい。