横浜刑務所物語 第五話 試金石 | やまのブログ

横浜刑務所物語 第五話 試金石

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 2011年10月6日 1横浜刑務所1舎1階12室に新入があり 作業終了後にいつものように自己紹介があった
「片野です よろしくお願いします」
「長いの?」 と北正文
「いえ 今回は仮釈の取り消しなんで、、、来年の1月12日が満期になります」
「なんだ じゃ やまちゃんより早いじゃない」 (私の満期は1月22日)
「どうして取り消しになったの?」 と私
「口論で警察に引っ張られちゃって」
「それだけで?」
「身元引受人がいなかったんで、、、、」
 刑務所に入るような人には人間関係の途絶えている者が少なくない 三村さんがそうだし斉藤さんもそうだった 片野君もそうなのだろうか 彼は37歳 12室では最年少だった 彼の私物棚には官物以外には何も並んでいなかった ボールペンの1本もない 所持金もほとんど持っていないようだった

 彼は真面目に掃除していた トイレでも洗面台でも非常に丁寧に掃除していた
「片野さんが2,3人いるとこの部屋はピカピカになりそうだね」 と私
「いえ そんなことないですよ」 と片野君
 彼は作業を難なくこなしていた さらに人間関係も難なくこなしている 彼は真面目であるだけでなく控えめだった 
 初犯は滋賀刑務所 前刑の青森刑務所では炊場にいたと言う 保釈も貰っているし模範囚だったのだろう 横浜刑務所でも所持金の少ないことから「炊場におりるか?」と打診されたり(炊場は刑務所作業の中では比較的作業賞預金が高い、、と言ってもしれてるけど)就労支援の世話をされたりと官の側からも目をかけられているように思われた まあ、、、若いから期待されるんだね

 「片野君は女の娘にもてそうだね」 と私
「いえ そんなことないですよ 普通です」
いや そんなことある こいつはもてると私は思った 彼はルックスもさることながら言動に嫌味がない 周りから好感を持たれるタイプだと思われる 彼は娑婆では風俗産業の裏方の仕事を転々としているらしい こんなことを言っていた
「俺の付き合ったのって風俗の娘ばかりなんですよ 素人の娘と付き合ってみたいですよね」
「、、、、、、」 

 不正交談で片野君と私が正担に引っ張られる事件があった
12室での作業はそれぞれが別の工程を受け持って次の工程に渡していく流れ作業をしていた 私は二番席で片野君は五番席 私の位置からは彼が最も遠かった 私は彼に問うた
「材料まだある?」
「まだ十分あります」
片野君が私に答えたときそれを1舎1階の正担に見咎められたらしい
「作業中の交談は禁止だ 分かんないのか スリッパ持って出て来い!」 正担が片野君に言うのが聞こえた
え? ちょっと待て なんだよ それは 私は席を立って正担に近づいて言った
「今のは私が聞いたことに片野君が答えただけですよ」
「なら二人ともスリッパ持って出て来い!」 
私は頭にきた それから廊下の担当台のところまで行き そこで私と正担の口論が始まった
「不正交談と言っても雑談してたわけじゃない 作業上のものですよ それをどうこう言うのは違うんじゃないですか」
「こちらでは作業上のものか雑談かの区別はつかない だから交談するときは許可をとれと言ってるんだ」
「材料ある?って聞くだけのために報知器おろして職員がやってくるのを待てって言うんですか 現実的じゃないでしょう」
「企業なら作業効率が一番だろうがここでは効率より規則を守ることが一番なんだ」
「どうしてですか?」
「規則を守らないで自分たちで勝手にやって喧嘩になってしまう事だってあるんだ だから規則を守るんだ」
「私たちは喧嘩なんかしてませんよ あなたは見てわからないんですか?」
「だから そうなることもあるから規則を守れと言ってるんだ」
くだらない内容でした 正担は規則を正当化するために屁理屈を並べ立てる 私と片野君は別々のの職員により本部の調べ室まで連行されました 

 片野君には悪いことをしたかなと思っていた 私が正担と口論しなければあっさり放免されていたかも知れないからね 調べ室にベテラン職員と思しき人が入ってきた <この人がコアラだ> 一目でピンときた(横浜刑務所には受刑者たちの間でコアラと呼ばれている職員がいると有名) その後にもう一人のっぽの職員もきた(こののっぽの職員とは後に不服申し立ての際に何度も顔を合わすことになる) 正担とよりはまともな話になった 私の主張は実際的にはなんら悪いことなどしていないのに規則をたてにこちらに不利益を強要するのはおかしいだろうと言うもの 彼らといろいろ話したが結局特にお咎めはなく1舎に戻ることになった
 12室に戻ってから片野君に言った
「悪かったね 私が反論に出たので事が大きくなってかえってあなたに迷惑をかけちゃったね」
「いえ なんてことなかったです 調べ室では誰も来なくてずっと待ってるだけだったんですよ 来たと思ったらなんかニコニコしててもういいよって感じだったんですよね」
「その間ずっと私のところへ来てたんだよ まあいろいろ言ってたけど 論理的には向こうも強く出らない こっちも規則違反は確かだしでまあまあこの辺でってところかな」

 しばらくたってから片野君が私に言った
「やっぱりあれは俺が悪かったんです あの時 山崎さんに材料のこと聞かれて俺が答えたときに一度注意くらって オヤジが往ったと思って<今の作業上の話なのにねえ>って言ったのを見られて呼び出しくらったんです だからやっぱりあれは俺から話しかけてるんで俺が悪かったんです」
そうだったんだ 私は作業に集中していて気づいてなかった ふうーん 律儀だね

 片野君を見ていると人として何の問題もないように思えた だからかえって気になって尋ねた
「片野さん 今回は仮釈の取り消しだけど前刑は何で捕まってたの?」
「傷害と恐喝 それに窃盗です」
「、、、、、、、」
そんな風に見えなかった 窃盗は魔が差すと言うことがあるかもしれない 傷害も頭にきて喧嘩したあげくの結果なら誰にでも起こりうるかもしれない でも恐喝はどう考えればいいか分からない 私は片野君を見ていて危険なところを感じないしずる賢いようにも見えないのだが、、、、そういえば仮釈取り消しのきっかけは口論で引っ張られたことだと言うけど警察に引っ張られるほどの口論ってどんなだ? 彼は切れやすいタイプには見えないのだけれど、、、 分からない 『うちの子に限って』とか『まさかあの人が』とかいう人の気持ちはこのようなものだろうか と思ってしまう


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 10月18日に布団が一組入った 布団が入るということは新入があるということだ ここでは四六時中一緒にすごすわけだからどんな人物が入ってくるかはそのまま私たちの生活に影響する 新入のあるときはいつも多少の緊張感を覚える 自己紹介等を通じて相手を知っていくことで緊張感は解けていくのだけれど この日やってきた新入は特別だった 自己紹介される前に私の緊張は解けた 一目で分かった この人は大丈夫 この人に危険なところはない なぜかと言うと この人はとってもスローモーだったから、、、、、
 この人の名前は矢田さん(仮名です)40代前半 刑期は8ヶ月 罪名は脅迫だった 
[脅迫?」え?と言う感じだった
「<そんなら チャカ持ってくるぞ> って言ったら警察呼ばれちゃってさ」 と矢田さんはスローモーに話す
「チャカ持ってくるぞ ですか」私には冗談にしか聞こえなかった
「うん そんなことぐらいで起訴になると思わなかったからさ 警察で「言ったのか」聞かれて「言った 言った」って言ったら起訴になっちゃった」とスローモーに話す矢田さん
「恐喝と脅迫はどう違うの?」と私は北正文に聞いた
「恐喝は脅してものになるもの 脅迫は単に脅しただけ」と北正文
矢田さんでもうひとつ驚いたのは刑務所は今回が7回目だということ 嘘だろうと言いたくなるのを危うく抑えた

 仮就寝の時間になり矢田さんが六番席で布団を敷きパジャマに着替えるとき彼の背中を見て私の目が点になった 刺青がある この人ヤクザなのか!

 心の底から優しい顔をする人はその心情によっては厳しい顔にもなり怖い顔にもなることを私は経験から知っています そんな人だとヤクザであってもヤクザに見えないことがあるだろうと思います 新宿で会った次郎長さん(私が勝手にそう呼んでます 本名は言えません)がそうでした 他にも数人ヤクザに見えないヤクザに出会ってます でも 矢田さんは彼らとはちょっと違うように、、、、、、

 「刑務所7回目ならこの作業も経験あるかと思うんですけど」と矢田さんに言った すると
「やまちゃん ものには言い方ってもんがあるだろうがよ」と北正文から言われた
その後にもやはり作業関連のことで再度北正文に言われた
「やまちゃん ものには言い方ってもんがあるだろうがよ」
? 分からなかった そんなにきついことを言ったつもりはないのだが、、、、

 矢田さんはその言動と同様に作業もスローモーでした まもなくその影響が瀬川さんと三村さんにあらわれてきた 瀬川さんの作業ペースがガクンと落ちました 三村さんの作業から気負いが消えました
 12室では一番席と二番席つまり北正文と私の作業ペースが速かったのですが それは私が北正文に影響を与えていたようです 北正文が言いました
「俺はやる気なかったんだよ <これは俺やらねえ>って言ったら<じゃ俺やるよ>って長尾さんがやっててさ 俺は簡単なことしかやらない ところがやまちゃんは最初から全部やるじゃん で俺もやりだしたんだよ」
そうなんだろうなと合点した 当初の彼は作業なんかやる気なかったもの それが私をライバル視することで動き出したんだろうな 彼は公言していたもの
「俺はやまちゃんを(作業で)いじめるのが楽しみなんだ」
それで私のほうにどんどん仕事を回そうと自分の仕事をペースアップしてきたんだろうね
 一番席二番席が速いので三番席の瀬川さんも負けまいと飛ばしていた でもちょっと無理しているように見えた 私は東京拘置所にいるときからこの作業をしていたしもっと言えば府中刑務所にいた3年間はずっと昼夜独居にいて似たような作業をしていたから慣れている 私は自分のペースで仕事をしているだけ 
「急がなくてもいいよ マイペースでやればいいよ」 と何度か言ったけれど素直に受け取れなかったのだろうな それが矢田さんの作業を見て それでもいいんだ と了承したのだと思う
 似たようなことが三村さんにも起こった 自分より仕事の出来ない矢田さんを見て楽になったのだと思う まあ その気持ちは分かる 人間ってそんなものだと思う 

 矢田さんが来て最も影響を受けたのは片野君だったと思う 作業時の片野君には特に変化はなかったけれど(彼はそつなく仕事をこなしていた)余暇時間にそれが表れていた 彼は矢田さんと話すのが楽しそうだった
「矢田さん 娑婆出たら一緒に飲みにいきましょうよ いい店知ってたら連れてってくださいよ」
「うん いこうか」
「矢田さん 俺 女には言っちゃうんですよ 悪いことして刑務所に入ってたこともあるんだ でも今は真面目になったんだって そしたらけっこう親密に話できたりするんですよ」
「うん」
「矢田さん 女とは年の差幾つぐらいがいいですか 俺は10歳下ぐらいがちょうどいいんですよ あんまり下すぎると話合わないですもんねえ 矢田さん もてるでしょ 俺にも女紹介してくださいよ」
話の内容はともかくその口調は私たちに対するのと違って思い切りリラックスしていた そして私は「試金石」という言葉を思い出した

 20年ほど前になるんだけれど私にこう言った人がいた
「やまちゃんは試金石なんだよ やまちゃんには独特のにおいのようなものがあってさ それがやまちゃんを好きな人と嫌いな人に分けちゃうんだよ」
そうかも知れないとは思っていた 出会っていくらもたたないのに私に好意を示してくる人がいる一方で逆に露骨な敵意を示してくる人がいる 私にはなぜなのか分からない 好意を示してくる人にも敵意を示してくる人にも私から特に何かをした覚えがない 私が持っているらしいにおい?に人が反応しているとしか思えなかった
 矢田さんもそうなのだ 私とタイプは違うかも知れないけれど彼も試金石なのだと思う 自分のにおいは自分では分からない でも人のにおいは分かるもの 矢田さんのにおいと言うか特性はそのテンポ そのスピードだ 周りの人たちと比べて格段にスローモーな矢田さんのテンポに人の反応が別れるんだ ホッとする人とイライラする人に

 周りと違う特性を持つ人は誰でも何かしらの試金石となるのかもしれません 場面が少し跳びますが12室を出て二ヵ月後 私が昼夜独居にいた頃のこと 入浴場への行き帰りの行進でとても目立つ受刑者がいました 「ヒダリ!ヒダリ!ヒダリミギ!」 職員の号令にロボットのように手足をぶんぶん振り回していました 規則としてはそれでいいのだけれどここでそんなことする奴はいない 思い切り場違いでどうも、、、 いわゆる知的障害を抱えている人と思われます その彼が風呂場でカランの調整がうまく出来なかったようなんだ 突然 手を挙げてこう言った
「先生! お湯が出ません!」
すぐに職員がやってきてカランを調整しそして言った
「赤い方の蛇口をひねらないとお湯は出ないだろう」
職員はその場を離れ同僚職員にはき捨てるように言った
「本当に頭悪いんだから」
他人事ながらむかついた せめて当人に聞こえないところで言うぐらいの気遣いないのかと思った 
 そして次の入浴のときのこと 知的障害らしい彼の隣に座った背中に般若の青年がカランの調整をこっそり手伝っていた 「こっそり」といったのは受刑者同士でそういうことをして職員に見られると怒鳴られるからです その後はその知的障害らしい彼も一人でカランの調整が出来るようになっていました
 読者の皆様 これは刑務所の中でのエピソードです そこにいるのは職員と受刑者だけです 他には誰も見ていない だからこそ人の本質が分かりやすいといえるかも知れませんよね 知的障害らしい彼は試金石となって人を分類したようです 冷たい人とやさしい人に

 話を戻します 
1舎1階12室は矢田さんが入ったことで五割ほど明るさを増した 12室での主な話し手として北正文と三村さんに片野君が加わった(私と瀬川さんそれに矢田さんはたいてい聞き役) 片野君は矢田さん相手に気安い話をしていたのが他の人にも話が広がっていった
「瀬川さん その木更津の**寿司行って瀬川さんのボトルで飲んでってもいいんですか」
「どうぞ」
「いいんですか 俺 本当にいきますよ」
「いいですよ どうぞ」
「矢田さん 生きましょう 瀬川さん いくらぐらいが許容範囲ですか?」
「いくらでもどうぞ」
「ほんとですかあ 気前いいなあ いや 俺らだってそんな無茶苦茶な使い方しませんけどね でも楽しみだなあ」
といった具合でどこまでまともに聞いていいのか分からない話が多かったですが 私のことでこんな話もあった
「山崎さん 初犯で府中なんて珍しいですねえ」
「そんなことねえよ 俺だって初犯高松だったけど あそこも再犯(刑務所)だぜ」とこれは北正文
「いや 北さんなら分かるんですよ だって北さん現役(のヤクザ)じゃないですか でも 山崎さん堅気でしょう 堅気の初犯で府中なんて聞いたことなかった」
 同様のことは他でも言われた 東京拘置所で移送待ちをしていたころ 私が初犯で府中へいったと知ったヤクザのヤスさんはこう言った 「ゴクアクニ~ン」、、、、、ヤスさんは40代物腰穏やかでスマートでね ちょっとヤクザには見えない でもヤクザなんだね 彼の話もすごいんだけどそれははいつか機会があればということにして そのヤスさんは府中へ行きたがっていたんだけれど、、、、、、 府中刑務所って、、、、、、

 「ずいぶん楽しそうじゃないか」
室内体操時の私たちを見て正担がそう言ったことがありました 私は答えました
「はい 楽しんでいます」
そのときの正担が忌々しそうな顔をしているように見えたのは私の邪心によるものでしょうかね なんにしろ そのころの12室は非常にいい雰囲気でした 

 そして11月1日 職員より北正文と私に明日から工場出役する旨の告知がありました 12室ともこれでお別れです、、、、、、



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 第六話は懲役9年 覚せい剤の売人の話です お楽しみに