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私の提示する神学がらみでいらっしゃった方はこの記事からお入りくだされば迷わなくてすむかもしれません

コンシャスネス トーク その2

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2016-06-16 03:51:10

民主主義のために その4 法治主義の考え方 薬物問題を例に

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「法律で国民を縛れるのだから 憲法に国民の義務を増やすべきではない」
 というような意見を憲法改正論議でよく見かけます 憲法に国民の義務を増やすべきでないことには私も同意見なのですが 前段の部分に? なのですよ

 確かに法律はこの国に居る人を縛るといっても直ちに間違いとは言いにくいのですが だからと言って「法律は人を縛るもの」と定義すると民主主義を掲げる国では変ですよね だって国民のための政治をするのが民主主義でしょ 



 一見すると法律は人を縛るようにも見えなくはありませんが でも本当は別にちゃんとした目的があるはずなんですよね
 分かりやすいので言えば窃盗罪や殺人罪等 それらは盗むな殺すなと人を縛っていますがそれは縛るのが本来の目的ではないでしょう 説明するのもバカバカしいですが窃盗を禁じているのは窃盗者から私達の財産を守るためであり殺人を禁じているのも殺人者から私達の生命を守るためです そうでしょ

 <これは考え方の問題なだけで現実的にはどちらでも一緒じゃないか>
 と思う人がいるかもしれませんがこの考え方によって国家権力の方向性の違いが分かれます これ重要なことだと思うよ 法律を人を縛るために制定するのは独裁国家であり民主主義を掲げるなら人民を守るために制定するものでしょう 違うの?



 さてところで前回の記事をお読みいただけたならば自然権に善悪の別がないことはご理解いただけたと思います また私達の誰もが自然権を持っているので 他者に絡む言動をする時は常に誰かを傷つける可能性があるわけですね そのためにトラブルも起こってしまう 見知らぬ他人同士が暮らす社会ではなおさらです だから政治が必要になる 政治は社会の交通整理のようなものです

 できるだけトラブルが発生しないように それでも起きた場合には出来るだけ円滑に解決できるように それが政治の目的でしょう 法律もその目的のために制定されてるはずですよね

 法治主義という言葉をご存じですよね これは国家権力を担う者が恣意的に権力行使するのを防ぐためにある つまり法律は権力を縛るためにこそある それが法治主義の考え方ですね このことはみんな分かってるはずなのですが ところがね 変なことがあるんですよね 

 薬物の所持使用問題です 

 非合法とされている薬物がありますよね 先だって清原の覚醒剤所持使用が世間で騒がれましたが 私は違和感ありまくりです でも世間一般はそうでもないようです 私はそれこそが問題だと思っています

 清原に限らずまた覚醒剤にも限らず非合法薬物の所持使用を犯罪として弾劾するのは民主主義の下での法治主義の趣旨に添わない
 だってそれは個人の問題です 自己使用のための薬物所持では誰も他者を傷つけていないからです 傷ついているとすれば当人ですよ それを犯罪として非難し場合によっては刑務所へ放り込む おかしくないですか? 政治が個人の領域に入り込んで犯罪としてるんですよ

 おかしいと思わないのですか?



 とても残念なことに 世間ではこれをおかしいと思わない人が多数のようです なぜだろう?
非合法薬物は悪いものだと思いこんでるんでしょうか
それとも法律を破るのは悪い人だと思い込んでるんですか
おそらくその両方がないまぜになってるんでしょうね 

 あなたに訊きたいのです
あなたは非合法薬物をどのぐらいご存じなのですか?
あなたには清原が裁判に付さねばならない悪人に見えるのですか?

 何年か前に10代の我が子が大麻を吸っていたのを知って警察に通報した親がいたようです 私はそのニュースを見て情けなくなりました その親には我が子が警察に突き出さねばならない悪人に見えたのか どんな親子関係してたんだ?

 非合法薬物を擁護するわけではありません(注 私は大麻大好き人間なので大麻なら擁護する気満々ですがここではそれは置いときます) 薬物規制に反対するのではありません 薬物には間違った使用をすると危ないものが少なくないようなので規制は必要でしょう でもその規制は国民を守るためじゃないのですか?

 非合法薬物の密売人を犯罪として規制するのは分かりますが 自己使用者を犯罪人扱いしてどうしたいの? もし彼(彼女)が薬物によって傷ついているなら救わなければいけないでしょう 
 なのに前科をつけて刑務所に放り込んでどうしたいんですか? 前科なんかついたら就職もままならないし薬物で傷ついた人をさらに社会的に葬っているんですよ 法律が人を守るのでなく人を地獄に追いやってるんです このこと分かってますか?



 ハームリダクションという考え方があります 欧米は薬物問題ではこのハームリダクションにシフトしていってるようです 民主主義を掲げるならこれが正しい方向でしょう ハームリダクションをご存じない方は是非検索して調べてみてください 

 もっとも法律に違反する人が悪いのだとしか考えない人には理解できないかもですけどね そういう人は結局のところ都知事を辞職することになった舛添さんと同類なんですよ
 あなたはどうなのでしょうか?

 
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2016-05-29 07:23:49

民主主義のために その3 主権と人権

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 中学生の頃に漫画専門誌と銘打たれたCOMという雑誌を見つけました そこに「火の鳥」が連載されてた 私が読み始めた時は黎明編の最終回で続いて未来編が始まりました 未来編ではコンピューター(AIですね)同士の諍いから核戦争が起こり人類が滅亡してしまうのですが 火の鳥により不死になった主人公の目線で地球に新たな生命が生まれ進化していくのを見ていくというストーリーでした
 そのなかで私には三つのことが印象に残っています 一つはコンピューターを信じ自らで考えることをしない人間の愚かさ 二つめは孤独 話し相手が誰もいない世界で何千年、何万年と遥かな時を生き続けなければならない孤独感 そして三つめが宇宙の構造でした
 火の鳥に導かれた主人公が肉体を離れ意識のみの存在となって素粒子などのミクロの世界を見ていくんですよ そして次にはマクロの世界を見るんだ 太陽系から銀河系へさらにその向こう、、、ミクロの世界もマクロの世界も似た様な構造で出来ていて 私は面白いなと思ったものです



 さて 前回の記事でも話した麻生結氏に貰った憲法の本は人権の話が中心になってました その人権ついてはスラスラ理解できたんですよ
 というのも小学生の時に読んだ鉄腕アトムの「青騎士の巻」が頭にあったからでしょうね それはロボットたちが人間に対して権利を求めて立ち上がる話で要するに公民権運動が下地になってました アトムは迷いながらもそれに加わるのですけどね アトムの目線で見ていた私はその物語のおかげで人権概念の基本がすんなり頭に入っていたようです 手塚治虫は偉大な導き手です

 ところで麻生結氏に憲法(人権)の本を貰った後に同じ著者(名前は憶えてない)によるもう一冊の憲法(統治)を自分で買って読んだんです それで三権分立についてはそれなりに理解したつもりなのですが それら2冊を通じてもよく分からなかったのが主権の概念でした 

 その憲法の本には国民の総体がどうたらこうたらと主権について複数の考え方が提示されていたようですが私は憶えていません 私の頭が悪いからなのでしょうが こう言ってよければ私程度の頭脳ではすんなり納得し理解できるものではなかったということでもあります さて それで、、、、

 さて それで 私は自分が納得できる主権の概念を考え始めました そこで思い出したのが冒頭で紹介した火の鳥(未来編)での宇宙の構造です

 主権の構造も基本的に同じなんじゃないか ミクロとマクロの違いはあっても基本的に同じ構造で出来ているんじゃないだろうか
 何がって? 主権と人権がです

 火の鳥が示してくれたのは宇宙の外見的な構造でしたが 内面的な構造を考えれば 主権と人権はほぼ同じなんじゃないかと考えだしました だってこれは人間の内宇宙の問題ですからね 

 ここで注意しておかなければならないのは主権というのは一般的に国家主権のことですよね 時には地域主権という言い方もあるようですが いずれにしても主権はその社会の主体的な言動を指しているようです 対して人権は個人としての主体的な言動を指します だからマクロとミクロの違いはありますが基本的な構造は同じはずです

  <ちょっと待てよ!>
 って声がありそうです 
 <人権を個人の主体的な言動と定義すると すべてが人権になってしまう そんなことは認められない>
 はい その通りですね 分かってます 分かってるんですが 今はこのまま話を進めさせてください 後で説明します

 まず人権の話をします 人権には2種類あります 国家が制定した人権と国家が制定したのではない人権です

 国家が制定した人権として代表的なのが選挙権でしょうかね また日本国憲法第25条も同じくですね 生活保護は25条の下にあるわけですが国家がなければ選挙権も生活保護もあり得ません また国家が存在してもそれらの権利を制定しなければ存在しない 中国や北朝鮮を見れば分かりますよね 選挙権も憲法25条も日本国家がそれを制定しているからこそ権利として存在するんです  

 一方で国家が制定したのではない人権があります 自然権あるいは天賦人権と呼ばれるものがそれです 人が生まれながらに持つ権利と定義されます 表現の自由も移動の自由も信教の自由も職業選択の自由もみんなみんなこれなんです これらの権利は国家が制定したものではないゆえに国家があろうがなかろうが存在します 

<ちょっと待てよ!>
 って声がここでもある?かな 
<中国や北朝鮮みたいに表現の自由等の人権の無い国がいっぱいあるじゃないか>
 そうですね その意見は一般的な会話や言論の中では特に目くじら立てるほどのことではないかもしれませんが正しくはありません
 正確に言えばそれらの国では表現の自由等の人権が無いのではなく国家権力によって侵害されているんです 表現の自由等は自然権であり持って生まれたものです 国家が自然権に対して出来ることはそれらを尊重し保護するかあるいは侵害するかのどちらかなのです 国家と個人ではその力の差が月とスッポンなので、、、 自然権をどう扱うかにはその国家主権者の性格が出てくるんですよね 

 2種類の人権の違いについては国家が崩壊した場合を考えてみると分かりやすいです
 選挙権や憲法25条の様な国家が制定した権利は国家の崩壊と共に消滅します 当たり前だよね 
 けれども表現の自由等の自然権は国家が崩壊しても消滅しないでしょ 国家が崩壊すれば自然権に対して国家権力による保護も侵害もなくなりますからその影響は少なくないでしょうが消滅はしない 自然権は国家が与えることも奪うことも出来ない そういうものなんです

 選挙権等の国家が制定した権利と国家が制定したのではない自然権の違いをご理解いただけたでしょうか この違いをご理解いただいてはじめて当記事の本題に入ることが出来ます



 先ほど主権と人権が同じ構造で出来ている と言ったのは人権の中でも自然権についてのものです 

 そしてここが大事なところなのですが自然権自体に善悪はないんです

 持って生まれた自然権に善悪の別はありません 我々はしようと思えば誰かを殺すこともできるし助けることもできる 盗むこともできるし与えることもできるんです そうですよね?
 自然権の下に我々はどんなことでもできる 我々が主体的に為す言動のすべては持って生まれた自然権があるゆえなんですよ

 この自然権については個人のそれであろうが国家主権のそれであろうが同じです 国家主権とは言ってもそれをおこなっているのは人間なのですからね 

 例えば民主主義を掲げている国家では権力者がいかに望もうとも北の将軍様のように気に入らない人間を表立って粛清することは出来ません これは国家のトップに立ち国家主権を行使する人間にしてみれば権力保持のための粛清権が侵害されているということです(是非は別ですよ) 個人レベルで言えば殺人を犯罪として規制するのは人を殺す権利を侵害してるってことです(もちろん是非は別)

 ちょっと極端な例を並べてしまいましたね 微妙な例を挙げるなら例えば表現の自由
 最近日本ではヘイトスピーチを規制する法律が制定されたようですが それって言うならばその部分について表現の自由が侵害されているってことですよね 私達が悪口を言えるのも自然権があるゆえですから

 報道の自由って言葉がありますよね 2ちゃんねるなんかを見てると「報道しない自由」なんて言葉をちょくちょく見かけますが的を得た表現でしょう
 そうなんですよね 何を報道し何を報道しないかも自然権があるから出来ることです それを利用すれば読者や視聴者を報道する側が好きなようにあやつれる 報道の自由ではなく洗脳の自由とでも呼びたい気がします(もちろんこれは皮肉ですよ)

 繰り返しますが自然権そのものに善悪の別はありません 個人のそれであろうが国家主権のそれであろうが同じです 

 善悪の別は我々の心の中にあるんです



 自然権は老若男女を問わず誰もが持っているものです 時々一方的に表現の自由等の権利主張する人を見かけますがその主張が他の誰にも関わっていないなら それはあなたの自由でしょう(内心の自由がその典型かな)

 例えば信教の自由があなたの内心で止まっているなら誰にも迷惑はかからないし何の問題もありませんが それが外に現れたなら全くの無問題とは言えなくなるかもしれません その現れ方によっては他者の人権を傷つけるかもしれないからです 
 こんなこと分かってる人には当たり前のことでしょうけれど
 世の中には相手の意見には一切耳を貸さず一方的に自分の主張だけを押し通そうとする人も少なからずいるようです どうすればいいんでしょうね

 くどいですが自然権自体に善悪の別はありません 善悪の区別をつけるのは我々の心なんです 善くも悪くも人間です  ほぼ本能で行動する動物と比べて我々人類の特徴はこの自然権にあると言えそうです 

 しかし我々が持って生まれたものは自然権だけではありません 思考力や想像力も持っているでしょう だからあなたも私も考えることが出来る 

 そして我々が考えた善悪を基準に法律を制定し社会を統治していくわけですが さて では

 ではその善悪は何によって決するか
 これについての説明はしません めんどくさいし説教くさくなるし 私そういうの嫌いなので、、、申し訳ありませんが善悪の捉え方については読者の皆様それぞれでお考え下さいますようお願いします

この記事を描いてるときに岡林信康の歌を思い出してましたので貼っておきます



考えることを放棄して法律やら常識やらだけで言動してると火の鳥の未来編同様にいずれ人類は自らを滅ぼしてしまうでしょうね 
 
 
 
 

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2016-05-03 05:47:10

民主主義のために その2 憲法の本質

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 90年代の半ば頃です バシストで白人の友人2人とチラムを回している時にラジカセ(懐かしいね)からビートルズのレボルーションが流れてきました 




 英語は得意じゃないのですが それでもこの歌が暴力的な革命を主張する人達を揶揄してるらしいってのは分かってましたがそのうちにこんな歌詞が出てきたんだ
You say you'll change the constitution 
で 私はなにげなく尋ねたんですよ constitutionって何? そばにいたのはイギリス人とイタリア人だったのですが私の英語が拙いということもあり2人とも説明に困っていたようでした イタリア人のミケルは両手を組み合わせながら何かと何かが組み合わさってなんたらと言ってたようですが私にはさっぱり分からなかった イギリス人のショーンはconstitutionって言葉は俺たちのところから現れたもので日本にはこれを意味する言葉はないかもしれないって言ってたのを憶えてます 

 さてところで 2001年に争うためにわざと大麻所持で捕まった時にカンナビストの麻生結氏が憲法の本を差し入れてくれたんですよ 法学部の教材用に作られてる本でした まともに日本国憲法を読んだのはその時が初めてです そこで憲法を英語ではconstitutionと言うのだと知ったのですが でも ちょっと待って! 

 constitutionは憲法とも訳されることがありますがconstitution即ち憲法と単純に捉えると私たちは勘違いします 

 constitutionの本来の意味は構成や構造あるいは気質などを指しているんですよね 辞書を見ても憲法という訳が出てくるのはずっと後の方です みなさんの辞書でもそうなってると思います ミケルの言うのが正しかったんです

 そしてもう一つ この記事を描いてる今になってショーンがconstitutionに相当する言葉は日本にはないかもしれない と言った意味が分かった気がしています だってショーンの母国であるイギリスには成文憲法はないのですから 日本人の私達とは捉え方が違うのかもしれません ここ大事なところですよ



 麻生結氏にもらった憲法の本からはもう一つの大事なサジェスチョンがありました 憲法と憲法条規は違うということです 憲法を英語では「constitution」となりますが憲法条規については「constitution law」となり厳密に分けられているようです lawは法や法律の意味で分かりやすいものです つまりね 憲法は憲法条規や法律とは性質の違うものだってことです 
 
 憲法は法律とは違っていくつかの基本要件で構成されているということです 
 私達の日本国憲法で言えば国民主権と基本的人権の尊重そして平和主義の三つがこれにあたります 日本では前文と呼ばれているものが本来の憲法なんですね

 憲法条規はその憲法の下に国体の基本となるところを定めているんですね 
 日本国憲法の条規で言えば天皇の地位や三権分立や議員内閣制である等々がそれです

 大事なことなので繰り返します 憲法は憲法条規や法律とはその性質が違います 憲法は複数の基本要件で構成されているんです だから

 だから 憲法に合致しているかどうか 違憲ではないかを考える際には道義を見極めなければならないと言うことです 分かりますでしょうか?

 以下憲法条規の第9条を例に具体的に述べてゆきますが 現実の国際情勢は無視して純粋に理論的なことだけに限って述べますのでそのつもりで吟味していただけますようお願いします(現実を考えながらやると話が長くなるしこの記事の本題から外れるのであしからず)

 さて 安保法制が議題にあがった際にほとんどの憲法学者は違憲だと考えたようです 9条の下に考えればその通りでしょう そもそも自衛隊そのものが9条に反している でもね

 でもね 私に言わせればその9条自体が憲法に違反している可能性が高いのです どういうことかを次に説明します

 9条は日本国憲法の3要件のひとつである平和主義の下にあるでしょう 戦争なんかしたくないし起こってほしくもありません しかしながら日本国憲法が効力を持つのは日本に対してであって外国にはその効力がありません なので日本国憲法により日本が他国を武力で攻めることを規制することは出来ても他国が日本を武力で攻めることを規制することは出来ません

 で 他国が日本に武力で攻めてきたならばどうするか 選択肢は二つ 抵抗するか受け入れるかです 

 相手は武力で攻めてきているのですから抵抗するとなるとこちらも武力を使わざるを得なくなるでしょう そうなると双方に死人が出るのは避けられない 残念ながら日本の平和主義は崩れます

 あくまで平和主義を守りたい 他国が武力で攻めてきたからといってこちらも武力で対抗しては死人が増えるだけだ 他国が武力侵攻してきたら逆らわずに素直に従うべきだ と考える人もいるでしょうね 例え殺されても殺さないという考え方は崇高なものかもしれません 究極の平和主義かもしれません ただし

 ただし あくまで平和主義を守るために武力を使わない選択をした場合には日本国憲法の基本要件である平和主義以外の他の二つが崩れます 

 他国の武力侵攻に対し武力抵抗をせずに受け入れるのですから当然日本は占領されるわけです そうなると国民主権は崩れ基本的人権の保護も保障されません

 さて他国が武力侵攻してきた際に抵抗するか受け入れるか あなたはどちらの選択をしますか?

 私は前者の選択をします 後者を選択すると言うことは正当防衛を認めないのと道義ですしね 私はそれが当然だろうと思っているので9条は違憲だと考えています
 しかし日本には9条を守れと主張する人が存在しますでしょ 殺されても殺すなという崇高な人達がいるということですね 主権なんかいらない奴隷でもいいから平和主義を貫くという、、、 私の様な俗人には及びもつかない聖人なんでしょうか

 9条は憲法に比べれば一段低い憲法条規であるとはいえ国体の基本を形作るものですから重いものであることに違いはありません どうするのかは国民投票で決するべきだろうと考えています その時あなたはどちらを選択しますか?



 なお ここで描いたような憲法と憲法条規を分けて考えるのは日本では私だけかもしれません(麻生結氏に貰った本でもサジェスチョンはありましたがそれ以上に踏み込んではいなかった) 皆様の意見をいただければ幸いです




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