法と良心 | やまのブログ

法と良心

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写真のチョロQなどをバンコクから局止めで送っていました これから郵便局へとりにいきます 官憲が小包の中にチョロQが入っていることを知っているようなら私はそこで捕まるかもしれません さて 官憲はチョロQのことを知っているだろうかな

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「言葉は悪いかもしれませんが私はスポーツのようなものだと思っています 勝ち負けにこだわりますから」
01年に私の大麻所持事件の捜査を担当した村上検事が私にそう言いました 私はこう返しました
「かまいませんがフェアにお願いします」
村上検事は当然のように答えました
「法と良心ですね」 


さて
私の裁判記録を少し紹介しておきます 再審請求でのものです 私にとって3度目の再審請求でした これでもかというほどに私の字は下手糞なのでかなり読みづらいですが、、暇な方は字ではなく内容を見ていただけるとありがたいです 私の事件を担当する検事さんは暇でなくとも必見 
再審請求事件

少し解説(?)します 上の再審請求事件で検事から提出されてきた意見書は私にとって想定内のものでした 反対意見として理由がふたつ示されていますがどちらも法律論でしょ 私のほうも刑務所で借りた六法を見ながら再審請求を書いていてそのあたりのことは分かっていたので反論は楽でした 
でもダメなんですよね 裁判官は検事の主張を採用しました 
道理としては優っていても法令をどう適用するかは裁判官が握っています 筋の通らない法令適用をしてもそれが押し通されてしまうのが悲しいかな現在の司法です 特に誰も見ていないとなると恥知らずなことを平気でする いえ 正確に言うと誰も見ていないわけではなかった 担当検事が見ている 

意見書を作成した関善貴検事はどう思っただろう? 彼は私の主張を的確に捉えているし理解力がないわけではなさそう(当たり前かな 馬鹿にしてるわけじゃないよ) そんな彼が素人の私に見つけられる判例に気づかなかったとは考えにくいし、、、、負けを覚悟して書いたかなと思うのですが でも裁判官はその意見を採用した 彼は微妙なものを感じたんじゃないかと想像するのだけれどどうなんだろうな 
これを見ている検事さん あなたはどうですか 関検事の意見が通ったことを素直に喜べますか? 勝てばいいんだと喜べますか? 不条理を目の当たりにして平気ですか


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ちょっと小沢問題の話をしましょうか 
世間は検察対小沢一郎の闘いということでずいぶん盛り上がっていましたよね 私もわくわくしながら見てたんですけど 結局小沢さんは不起訴ということで 私は残念至極です

私は小沢さんが嫌いです 私はインドびいきでチベットびいき 中国政府がチベットやウイグルに何をしているのか 中国政府が天安門で人民に何をしたのか 私は中国政府が嫌いです その中国に擦り寄る小沢が嫌いなんです そしてもうひとつ小沢さんの法律に対する考え方が嫌いです

でも誤解しないでください 私は小沢さんが嫌いですが でもそれをもって検察が小沢を起訴しなかったことを残念などとは言いません 思っていても言いません それは私のプライドが許さない 私の美意識が赦さない そんなことで残念だなんて私は言わない そうじゃなくて そんなことじゃなくて、、、

報道によると検察は有罪に持ち込むための証拠が足りなかったので不起訴にせざるを得なかったということのようですが  
いいんですよ 有罪にできなくても この事件で検察がつかんだ事実を元に小沢一郎の真実を法廷であきらかにすればそれでよかったのに

「私は法律通りにやっている 違法なことは何もしていない」
と小沢さんは西松事件の時からずっと言ってたじゃないですか それが本当なら法治国家の日本では小沢さんを有罪にすることは難しい そんなことは百も承知で検察は小沢さんを捜査していたんじゃなかったんですか 私はてっきりそうだと思って検察も面白いことやりだしたなと公判での弁論を楽しみに待っていたんですが 証拠不十分で不起訴なんてあんた それじゃ何も進歩してない それじゃ茶番じゃないの
 
「みなさんは、本当の小沢さんを知らないんです」
という総務大臣の原口一博さんの言葉が週間現代の見出しにありました まったくその通りですよね 本当はどういう人なんだろう? それを知りたいんです 小沢さんが有罪か無罪かなんてどっちでもいいんです 小沢さんと利権などで関わりのある人たちはどっちでも良くないだろうけれど私らみたいな無党派層は結果なんかどっちでもいい 本当の小沢さんを知りたいんです

法律に触れるようなことはしていない だから私は悪くない という考え方は法律に触れなければ何をやってもOKというのが裏にありますよね 私はその考え方が嫌いです そして小沢一郎という人はその代表選手のように見える 検察はそこに切り込んだのかと思ってしまった すいませんね 私もやっぱり自分の価値観で物事を見てしまう 私が検事ならやるんですよ 証拠不十分 上等です メディアにいろいろリークされてたじゃないですか それで十分 法律を犯したという決定的な証拠がないなら有罪には出来ないかもしれません 疑わしきは罰せず ですからね でも大丈夫 負けるが勝ちというのを私は知っています 小沢一郎がまとっている欺瞞を暴くことで彼の真実をあらわにすればいい それで十分 裁判は公開です 小沢さんは公人で誰もがその裁判を注目する 小沢一郎の真実をあらわにしてしかし現行の法律では裁けないその法律の不備を訴えればいい 裁判を通して社会に訴えればいい 後は世論にまかせればいいんです  
できるものなら私が公判検事をやりたいものだと夢見るほどでした 私はこういう事件でなら面白い論告をしてみせる自信がある さていったい検察はどんな論告をするのだろうかと興味津々でした 不起訴は残念でなりません


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私ね いつも現実を物語的に見ています このブログも現実が物語的に見えるようにと意識して書いてるんですが分かります?

それを法廷でもやりたいんですよ

少数の例外を除いてほとんどの人は物語が好きでしょう どんな物語が好みかは人それぞれだろうけど悪代官に肩入れして物語を見る人はあまりいないでしょう いじめっ子に肩入れして見る人もほとんどいないでしょう 
物語の主人公たちはたいてい世間に媚びたりしないで自分の価値観で生きている 読者や視聴者はそういう物語の主人公に共鳴し感情移入していく ところがそういう物語好きの人たちが現実を見る時には逆になってしまっていることが多い 物語を見ている時は忌み嫌っている悪代官の手先に成り下がってしまう人が多そう 気づいていないのだと思います 現実は物語ではないと思い込んで現実の中の物語性が見えていないのだと思う その結果悪代官の手先に成り下がってしまうのだろうと思う 是非が分かって悪代官の手先になっている人はあまりいないはずだと思う 

私は教科書とか参考書とかが嫌いでした 六法だって必要があれば見るけれど必要がなければ見向きもしない なぜって面白くないからだよ でも物語は大好き だって面白いもの 物語はどうして面白いか 見ている私たちがそこに喜怒哀楽 感動というものを感じるからです 

この感動というものね それを感じているのは感じているその人自身でしょ そこにはその人自身がいるのね そしてさ そのときの自分は欲得から離れているんだよね そこにいるのはとてもピュアな自分なんだよ 私の言うこと分かる? ドラマを見ている時の自分 ドラマに引き込まれている時の自分というのは欲得から離れていてとてもピュアでしょ そういうピュアな自分 そういうピュアなあなたは分かるんだよね していいことと悪いことの違いが分かる 理屈じゃなく分かるんだ だからなんだ ドラマを見ているぼくらは悪代官の肩を持たない 悪代官の手先になったりしない 正義を愛し悪を憎むんだ ドラマに引き込まれている時のピュアな自分は正義を愛し悪を憎む だけどさ そのときの正義は法律とイコールじゃない 分かるかい?

法律とか道徳とかは社会を整然と平和に保つために大事なものだけれどさ でもそれは所詮他人の価値観なんだよ 分かるよね
ピュアなあなたは他人の価値観じゃないあなた自身の価値観を持ってる 現実生活のうえでは気づいていないかもしれないけれど深い感動を誘う物語に出会ったときにはピュアなあなた自身の価値観が動き出してるはずだよ 注意して自分を見てみて そこにあるのが良心というものじゃないかな


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裁判官が法律に依存したまま法令適用をすると応用が利かない 自分自身の価値観じゃないから的確に正邪を見分けることができないからだろうな そうなるとエゴによる法令適用しかできない それはほとんどの場合前例にあわせた無難を目指す ということだろうかな だから裁判官には良心が必要不可欠 良心は応用が利く それは理屈以前に分かるから その次に冷静な思考力 良心(直感)によってつかんだものに論理性を付与しなければいけないから そうしてはじめて的確な法令適用ができる しかるに現実は、、、

検事さん 見てますね 私の言いたいことは伝わったでしょうか 「続 終わりの前に」で馬鹿検事はごめんだ 理解力のある検事がいい 少々プライドの高い検事がいい と言った意味が見えてきたでしょうか?

「終わりの前に」以降の記事はみな裁判を意識して書いてます 担当検察官が見ることを意識して書いてるんですよ 何故かというと今度行われる私の裁判を「法と良心」の下に行われるものしたいからです そのために書いてきたんです 検事さん 私に協力してください

検事さん あなたが法と良心の下に私の裁判に全力で臨んでいただければ例え法律依存に前例依存の甚だしい糞裁判官に当たっても筋の通らない判決は出しにくくなる 大麻は本当はどういうものなのか その真実をあきらかにすることも可能になる それは社会に正確な大麻情報を提供することになり世の中にいい影響を及ぼすことになるでしょう 検事さん 私に協力してください

良心なんか クソ喰らえ 勝てばいいんだ 被告人を有罪にすればいいんだ とあなたが考えるなら 被告人の立場の私には対抗するのは難しいでしょう わざとくだらない質問や馬鹿な論告をして裁判を拡散させればいい 法律用語を連発するのも効果があるかもしれませんね そしてできるだけ早く裁判を終わらせるようにするんです そうなるとよほど優れた裁判官が担当しない限り真実に到達することなどできません 検事さん どうしますか?

検事さん よく考えて納得したならば私に協力してください 法と良心の下に全力で被告人の私を攻撃してくさい 全力で大麻の有害性をアピールしてください 私はそれを全力でつぶします 勝つか負けるかはわかりません でも全力で争えたならば納得のいく結果を得られるでしょう 大麻の真実を暴きそれを世に知らしめることができれば大麻にまつわる犯罪がぐんと減ることになるでしょう 検事さん 私に協力してください


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やまのブログを愛読してくださった皆様 ありがとうございました やまのブログは今回が最終回です
裁判がどうなるかは分かりませんが 首尾よく無罪を勝ち取ることができればそのときはまた復活します
復活目指して全力で戦います ファイト!